「あの、さっきは本当にごめんなさい…まさか、ユズさんが僕のことを怖がっていたなんて知らなくて…」
「うぅんうぅん…!わ、私の方こそごめんなさい…!」
夕陽が僅かに差し込む、機械油の臭いが立ち込めるガレージの中、ユズとレイクは互いに平謝りを始めた。その様子を、モモイ達から事情を聞いたウタハが興味深そうに眺める。
「…なるほどね。君達の部室に入ったその瞬間から、彼はユズの存在に気付いていた、と」
「うん。ロッカーの中の温度が、ユズの体温と一緒だったから分かったんだって。だけどユズはそこにいるのが気楽なんだなって思って、話しかけなかったって」
「熱を探知する能力、か。確かに”暴れん坊”だった時の彼も、こちらの存在にいち早く気付くような素振りを何度も見せていた…」
その発言に、モモイ達の顔からサッと血の気が引いた。
「ど、どうしよう…やっぱりレイクは目覚めさせちゃいけなかったんじゃ…」
「うーん…」と唸りながら、ウタハは顎に指を添える。
「今の情報だけじゃ、何とも言えないね。会長の発見した観測不可能領域の有無にかかわらず、彼にはそういう能力がデフォルトで備わっていると考えることも出来る。それこそ、ネットワークが機能していないのに今の人格が表層化しているのと同じようにね」
「なんか、答えになってるようなないような…」
ウタハは小さく息を吐いた。
「私達の専門はあくまでハードウェアだからね。会長やヒマリ程の存在をして完全な解析が出来ないというのなら、私達に分かることは極めて少ないと言わざるを得ないよ。それよりも…」
ウタハはくるりと後ろを振り向く。その視線の先には、大量の銃器を抱えてガレージの奥から出て来る後輩達の姿があった。
「折角こうして来てくれたんだ、そろそろ本題に入ろう。アリスと同じように、彼に合う武器を、私達エンジニア部が選んであげるよ」
ガチャガチャッ!ドサッ!ドサッ!
コトリ達が持って来た銃を床に広げた音に、ユズとレイクはびっくりしてその場で小さく跳びはねた。
「お待たせしました、レイクさん!私達の試作品の数々を、時間の許す限り試して行って下さいね!」
「試し撃ちをしたければ、あそこにあるジャンクに発砲してね。アバンギャルド君と激闘を繰り広げた君に似合う武器があれば良いんだけど…」
「ちょ、ちょっとヒビキ…!会長達と戦ってたことはレイクに内緒にしてるから…!」
「あ、そうなんだ…」
そんなヒビキとミドリのやり取りを背に、レイクは興味深々といった様子で、銃器の山に手を伸ばした。
「これは…?」
レイクが金属の山から引っ張り出したのは、銃身の下部に取り付けられた大きなシリンダーが特徴の、連発可能なグレネードランチャーだった。
「お!お目が高いですね!そのグレネードランチャーはついこの間私達が完成させた『スーパージャミングスター』です!中には着弾時に通常のスモークグレネードの約10倍の煙幕に加え、電子機器にジャミングを行う特殊な金属片をばら撒く擲弾が装填されている、敵のかく乱に特化した…」
カションッ!
コトリご自慢の説明は、間の抜けたその発砲音によって遮られた。
「…へ?」
レイクが放ったその擲弾は、綺麗な放物線を描いて、ヒビキが指定した
「うわぁッ!!煙スゴッ!?」
ガレージを一瞬にして包んだ大量の白煙に、モモイは堪らず悲鳴を上げた。
「ゲホッ!ゴホッ!な、なにこれ、体中がチクチクする…!」
「良くぞ聞いてくれましたユズさん!それはたった今私が説明した金属片のせいで…ゲホゲホッ!」
「ま、待っていてくれ…!今、換気扇を手動操作で…」
ウタハが苦しそうにそう告げた数十秒後、嵐のような轟音と共にガレージ全ての換気扇が、まき散らされた煙と金属片を屋外に排出してくれた。
『皆さん大丈夫ですか!?』
煙が去った後も皆が膝を付いて咳き込む中、煙の影響を一切受けなかったアリスとレイクが、あわあわと右往左往していた。
「だ、大丈夫だよ…それにしても、君達ゲーム開発部はここに来る度に素敵なサプライズをしてくれるね…」
『ご、ごめんなさい…!!』
アリスとレイクは、ウタハに深々と頭を下げた。
「え、なんで姉さんも謝るんですか…?」
「アリスも以前、天井を光の剣で吹き飛ばしてしまったので…」
アリスはそう言って、背負ったレールガンを申し訳なさそうに見つめた。
「まぁ二人共顔を上げてくれ。このくらいのトラブル、私達にとっては日常茶飯事だ。さ、武器選びを再開しよう」
ウタハに従い、二人はおずおずと顔を上げる。だが顔を上げたその時、レイクの視線はウタハの奥にあるものに、釘付けとなった。
(あれは…)
レイクが興味を示したもの、それは被っていた大きな白布をマントのようにはためかせる、アバンギャルド君だった。どうやら布を被せて隠していたものが、換気扇がフル回転したことで露わになったようだ。
レイクはアバンギャルド君の足元まで歩み寄ると、その顔をジッと見上げた。かつて彼によって大破に追い込まれ、そのお返しとして彼を天高く殴り飛ばしたアバンギャルド君。しかしそんな因縁の相手を前にしても、アバンギャルド君は当然、そのシュールな顔を崩すことは無かった。
「これが、気になるのかい?」
ウタハが、レイクの横に並び立った。レイクはアバンギャルド君から視線を外さないまま、小さく頷いた。
「はい。何だか、不思議な機械ですね…腕にあるのは、これも武器ですか…?」
ウタハは、レイクを見下ろした。
(アバンギャルド君を見てもこの反応…やはり、何も覚えていないのか…)
アバンギャルド君をまるで博物館の展示物のように眺めるレイク。自分達エンジニア部はおろか、これほどインパクトの強いロボットを前にしても、彼は凍結以前の記憶を取り戻すような様子を見せない。
「あぁ、その通りだよ。それに取り付けられているのは、君のお姉さんが装備しているものと同じ、大型のレールガンだ」
左腕に装備されたレールガンを指さして、ウタハは言った。
「姉さんと、同じ…」
それを聞いた途端、レイクの両目がキラキラと輝き出す。
(アリスの兄妹機……か。だったら妹と似たものを装備させないと、彼の認識がどうあれ、お兄さんとしてのプライドが立たないね…)
そう思ったウタハは、徐にレイクの肩に手を置いた。
「ちょっと待ってて欲しい。君に、見せたいものがあるんだ」
それから数分後。ウタハが持ち出して来たのは、ちょうどアバンギャルド君のレールガンをそのまま小さくしたような銃だった。無骨なアバンギャルド君のものとは異なり、こちらは光の剣と同じ塗装が施されている。
「名付けて光の短剣:ペンシルノヴァ。アリスの戦闘データを元に、ごく普通の生徒でも扱えることをコンセプトに開発した、携行タイプの小型レールガンさ。光の剣から威力を削いだ代わりに重量が飛躍的に軽くなり、速射性能も格段に高まっている。まぁ、威力が控えめになったと言っても、普通に対物ライフルレベルの破壊力と反動があるから、元々のコンセプトからは結局大きくズレてしまった訳だが…」
「なにそれ!それじゃあ意味無いじゃん!」
「そんなことは無いよ。レールガンという代物をここまで小型化出来た、というだけで十分な進歩。宇宙戦艦が完成したら、乗組員にこのペンシルノヴァを標準装備として配るつもりだし」
「なんか、力を入れるべきところを悉く間違えている気がするのは私の気のせい…?」
ミドリのそのボヤきは露ほど聞こえなかったのか、ウタハはレイクに、意気揚々とペンシルノヴァを差し出した。
「どうだろうか?アリスの弟に相応しい武器だと、私は思うんだが…」
返事をする代わりに、レイクはペンシルノヴァにそっと受け取った。かつてアリスが光の剣を前にしてそうなったように、緑色の瞳をこれでもかと輝かせて。
「トリガーとハンドグリップは銃身下方のハンドガードの中にある。手を入れてごらん」
「はい!」
レイクは言われた通りに、銃の後ろにぽっかりと空いた穴に手を通した。そして内部にある持ち手を握ったまま、ペンシルノヴァを天高く掲げた。
「光の短剣、装着!」
その勇ましい姿に、真っ先にアリスが歓声を上げた。
「凄いです!これでレイクも、勇者ですね!」
するとレイクは照れくさそうに、腕からペンシルノヴァを外してしまった。
「それは、どうでしょう…?確かにカッコいい武器ですけど、短剣なら勇者より盗賊とかの方が似合う気が…」
「勇者もスキルを得る為に盗賊に転職することもありますし、ゲームの中には正義の為に盗みをする義賊も沢山登場します!だから、短剣を装備しているからと言って勇者の資格が無い訳では決してありません!」
「そう、なんですか…?え、へへ…それは、嬉しいことです…」
アリスに励まされ、レイクは不器用に笑った。その様子を、モモイ達とエンジニア部は微笑ましそうに見つめる。何だか本当に、世話焼きな姉と人懐っこい弟を見ているみたいだ。
「さて、気に入って貰えて何よりだよ。ただ光の剣同様、それは私達エンジニア部にとって特別な武器だ。だから、このままタダで渡す訳にはいかないな」
「ゲッ…!ま、まさかウタハ先輩…」
ウタハはポケットから、いつも持っているモンキーレンチを取り出すと、その先端をレイクに向けた。
「少々手厳しいことを言うが、どれだけ良い武器を持っていたとしても、それを使いこなせるだけの腕が伴っていないと宝の持ち腐れ。だから、君にそれだけの資格があるか、確かめさせてもらうよ」
それから数分後。広いガレージの中心にはペンシルノヴァを装備したレイクと、彼と対峙する計5台の雷君が設置されていた。
「まぁ試しといっても、そこまで難しいものじゃないよ。君には今から、この雷君をペンシルノヴァで破壊して貰う。一応反撃として雷君達も射撃を行うけど、射撃の頻度は最低に設定してあるから、大きな怪我をすることはあり得ない。だから、肩肘張らずに戦ってくれ」
「な~んだ!アリスの時よりもずっと簡単じゃん!これなら楽勝だね!」
「頑張って下さ~い!」
「レイク頑張れ~!」
「が、がんばれ~…!」
ゲーム部の応援を受けながら、レイクは緊張した面持ちでペンシルノヴァを構える。
「レイク、準備完了です…!」
「良し。それじゃ、始めるよ!雷君全機、起動!」
5台の雷君が勢いよく展開し、中から二門の銃口が飛び出して来た。
(先ずは、一つ…!)
レイクは中央の雷君に照準を合わせて、引き金を引く。ところが
『警告、エネルギー不足により射撃を行うことが出来ません。速やかな充電か、バッテリーの交換を行って下さい』
引き金を引いて出て来たのは、対物ライフルに匹敵する威力の弾丸などではなく、冷たく無機質な機械音声だった。