「それは……そうだね…」
そう答えるしか、無かった。その答えに、レイクは途端に難しい顔になる。
「う~ん…そしたらこれ付けてないと、僕は周りから浮いちゃいますね…」
レイクは何てこと無い感じでそう言うと、再びボタンを押して、紛い物のヘイローを映し出した。その行為に、ウタハは思わず目を丸くする。
「…?どうしたんですか、ウタハ先輩…?僕の顔に、何か付いてます…?」
「い、いや…何でも無いよ…」
ウタハは珍しくその飄々とした態度を崩し、慌てた様子で首を横に振った。
(驚いたな…てっきり、自分が私達とは異なる存在だということに気付いて落ち込んでしまったものだと思ったのだが…)
今日の早朝にエリドゥで行われた会合の内容は、ヒマリを通じてエンジニア部にも共有されている。ヘイローを持たず、より純粋な兵器として生み出されたとされるレイク。「君は本質的には私達ではなく、どちらかというとロボットに近い存在なんだよ」という事実を早くも突き付けなければならないと思ったウタハにとって、今のレイクの態度は完全に拍子抜けだった。
(レイク、君は一体…)
ウイルスの感染に伴って、アリス奪還作戦の際の傍若無人で尊大な性格が記憶と共に消え去り、人畜無害な雰囲気の少年となった理由は、ヒマリもリオもアリスも先生も分からないという。それに加え、今の態度に見られる、自分という存在に対してあまり興味を示さないような様子。
「彼はまだこの世界のことを何も知らないんだから、そんな態度になるのも無理はない」そう強引に片付けることも出来る。だがウタハは今の態度に、何か得体の知れないものを感じずにはいられなかった。
「えっと、もう遅いから今日の作業はここまでにしよう。パッキンは私が取り付けておくから、君はもう寝て、明日寝袋の感想を是非聞かせて欲しい」
ウタハはわざとらしく壁に掛かった時計を眺めた。
「そうですね…そしたら僕、体を綺麗する為にさっき教えて貰ったシャワーというものを使って来ます。改めて、今日はありがとうございました!おやすみなさい!」
「うん、おやすみ」
レイクはウタハにぺこりとお辞儀をすると、制服の入った紙袋を持って、先程教えて貰ったシャワールームの方に駆けていった。広いガレージで一人になったウタハはそこで、戦車の近くに設置された作業台の上にペンシルノヴァが残っていることに気付く。
「……」
ウタハは作業台に歩み寄ると、類まれな技術力を宿すその手でノヴァの銃身をそっとなぞり、そしてこんなことを呟いた。
「さっき君に充填されたエネルギーは、本当にソーラーシステムを用いて生み出されたものだったのかい?」
翌日、珍しく早起きをしたモモイ達は早速ガレージで待つレイクを迎えに行った。
「皆さん、おはようございます」
朗らかに朝の挨拶をしたレイクは、真新しい制服にヘイロープロジェクターを起動した、”見た目”だけなら完璧なミレニアムの生徒になっていた。
「レイクにヘイローがあります!どうやって手に入れたんですか!?」
アリスはレイクの周囲をくるくる歩き回りながら、彼の頭に浮かぶものを前後左右から眺め始める。
「実は首にあるこれが映し出しているんです!ヒビキ先輩がプレゼントしてくれたんですよ!」
これで姉と同じになれたと思っているのか、プロジェクターのことを少し鬱陶しそうにしていた昨夜とは異なり、レイクは少し自慢げに、首に付けた黒い帯を指さした。
「へぇ、エンジニア部こんなの作ってたんだ!チョーカーみたいでおしゃれじゃん!」
「お姉ちゃん、チョーカーなんてファッションアイテム知ってたんだ。なんか意外」
「し、失礼な我が妹よ…!私だって女の子なんだからね!?」
「でも良かった…。ヘイローが無いと、他の人とも馴染みにくいだろうし…」
「レイクの新しいアクセサリー、とっても似合っています!これでレイクは正真正銘私達の仲間です!」
4人に囲まれてくすぐったそうに笑うレイクを少し離れていたところで見ていたウタハは、自嘲を含んだ溜め息を吐いた。
(流石はモモイ達だね。昨晩の働きぶりでマイスターになる道を考えたりなんかしてみたが、やはり彼は、このままゲーム開発部にいたほうが幸せそうだ)
ウタハがそんな事を考えていたその時、ユズのスマホからモモトークの通知音が響いた。
「わわっ…!こんな朝に、誰から…?」
ユズはスマホを取り出す。その画面を、モモイは覗き込んだ。
「ヒマリ先輩からだ。レイクのことかな?トーク画面開いてみて」
「うん」
ロックを解除し、ヒマリとの個人チャット画面を開く。
「えっと、今日の10時にレイクを第三校舎3階のC教室に案内して欲しいだって。レイクと二人きりで話したいことがあるって……って、モモイどうしたの…?」
モモイは、そのメッセージを目を皿のようにして見つめる。そして、まん丸になった目をこれでもかと輝かせ、声高々にこう叫んだ。
「これ、告白だよ!絶対に告白だッ!!」
その言葉に、ウタハを含めた全ての女子が頬を赤らめる。
「こ、告白…?告白って、恋愛ゲームで出て来るあの…?」
「そうだよユズ!!ヒマリ先輩、レイクのこと好きになったんだ!あの先生に似てるんだもの、一目惚れしてもおかしくないって!」
「ま、待ってお姉ちゃん!流石に飛躍し過ぎじゃない!?ただ単に調子はどうかとか、そういうことを聞きたいだけかもしれないし…」
「だったら二人っきりで話したいなんて普通言わなくない!?それにユズにわざわざモモトークを送ったのも、ユズなら他の人に余計なこと言わずにレイクを素直に案内してくれると思ったからだよ!」
「う、う~ん…確かにそう言われれば、そうかも…?」
姉妹として同じ血が流れているからなのか、それとも姉以上に恋愛ゲームをやり込んでいるからなのか、ミドリはモモイの理屈をあっさりと受け入れてしまった。仲間を得たモモイは、にんまりとした笑みを浮かべる。どうやら、調子に乗り始めたようだ。
「ねねっ!ウタハ先輩はどう思う!?」
「ヒマリ先輩恋する乙女になった説」の新たな支持者を求め、モモイは今度はウタハに話を振った。
「う、う~ん…」
ウタハは難しい顔で、指に顎を当てた。
(正直、”あれ”がそう簡単に恋に落ちるとは、とても思えないんだが…)
モモイにマウントを取るつもりは決して無いが、同じ3年生として、ウタハはモモイよりもずっと、明星ヒマリという人物を知っている。「全知」という称号に裏付けされた己の知能に絶対的な自信とプライドを持ち、自分が好きで堪らない彼女が、先生に外見が少々似ているというだけの少年に一目惚れするなんて、まずあり得ないと考えるのが妥当だ。
(ただ、それはそれとして…)
ウタハはそこで、自分に期待の眼差しを向けるモモイをチラッと見た。
(万が一モモイの言う事が本当なら、同級生として、応援しないという選択は無いね)
ヒマリのそれに負けずとも劣らないウタハの脳細胞に、若干の下世話が混じった電気信号が駆け巡った。
「…そうだね。ヒマリがどういう意図でレイクと二人きりになりたいのかは、私にも分からない。ただ、それが色恋に関わるのだとしたら、それは実に素晴らしいことだ」
その言葉を受けたモモイは、気持ちいい位のしたり顔で、ウタハと共に力強く頷いた。
「い、一体何が…」
その様子を見ていたレイクは思わず生唾を飲み込んだ。彼女達のやり取りの意味を殆ど理解していないレイクだったが、それでもこれから何かが起きるということは、彼にも容易に想像できた。
「し、失礼します…」
案内された教室の前でモモイ達と別れたレイクは、緊張に満ちた面持ちで教室の扉を開く。別れ際にモモイ達に渡された、一凛の向日葵の造花を握って。
「スー…スー…」
レースカーテン越しに優しい陽の光が入る空き教室。ヒマリはそんな教室の窓際で、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
(ヒマリ先輩、寝てる…)
レイクはそっと扉を閉めると、忍び足でヒマリの前に立った。向日葵を胸に抱えながら、レイクは涎の跡が口元に付いたその寝顔を覗き込む。
(僕に…初めて話しかけてくれた人…)
呑気な寝顔を見て、レイクはふと、あの冷たい精神世界を思い出した。寒くて、一人ぼっちで、でも凍り付いた草原を歩く度胸も勇気も無く、氷を張った石盆の前から動けずにいた自分を、ヒマリは戸惑いつつも心配してくれた。あの時、ヒマリ達があの場に来てくれなかったら、自分はきっとまだ、あの大きな椅子の上で凍えていただろう。
「ヒマリ先輩、ありがとう…」
自然と零れたその言葉に、レイクは慌てて口を一文字に結ぶ。だが声が小さかったお陰で、ヒマリが目覚めることは無かった。
(どうしよう…起こすのも何だか悪いし…とりあえず、このお花を先に渡そうかな…)
レイクは腿の上に置かれたヒマリの両手の間に、向日葵をそっと差し込んだ。まるで向日葵を握ったまま眠りに付いたような姿になったヒマリ。「ヒマリとヒマワリで名前が似てるし、告白の返事としてはバッチリだよ!」という適当極まりないモモイの案で選ばれた花ではあったが、ヒマリ自身が白を基調とした寒色で身を固めていることもあり、明るい黄色の向日葵は、造花とはいえ彼女に良く似合っていた。
(ヒマリ先輩、テイルズ・サガ・クロニクルに出て来たお姫様みたいだ…あっちは魔王の娘で勇者の幼馴染だったけど…)
レイクがTSC2の滅茶苦茶な設定の一つを思い出したその時、
「ん、うぅん…」
能天気な声を出しながら、ヒマリが目覚めた。両目をぽやぽやと瞬かせながら、ヒマリは自分の前に立つレイクを見た。
「あら、貴方は…」
眠気眼でレイクを見つめるヒマリはそこで、自分の手に添えられているものに気付く。
「これは、ヒマワリ…?」
(…!今だ…!)
ヒマリが向日葵の存在を確かめたのを見た途端、レイクはウタハの指示通りに、背筋をピンと伸ばし、右の掌を左胸に当てる。そして、同じくウタハに教わったそのセリフを、一字一句間違えること無くヒマリに伝えた。
「えっと、ヒマリ先輩。その花の意味、ヒマリ先輩なら分かる筈です」
ヒマリはキョトンとした顔でレイクを見つめていたが、やがてその顔を、ピンと立った耳の先まで真っ赤に染め上げた。
一凛の向日葵。それは花言葉で、「あなたに一目惚れ」や「あなたこそが運命の人」と言う意味を、持っていた。