AL-1Sの兄   作:空を飛ぶジンベエザメ

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氷海地域探査編
1話 特異現象捜査部


大きな石の水盆に、氷が張られている。その直ぐ傍に置かれた、古い大きな椅子の上に、レイクは座っている。

 

(これは…夢だ…)

 

今見ている光景が夢だということに、レイクは気付いていた。そのせいだろうか、雪原と見紛う程の霜が降りた、冷たい草原の様子を呈した精神世界に戻って来てしまったというのに、レイクはいやに冷静な態度で、足元の水盆を見下ろしていた。

 

〈二人目の王子が、神秘と無事に接触した〉

 

〈神秘達は新たな王子を受け入れ、王女もまた王子を認めた〉

 

〈他者との関わりによる自己証明。それを、王子は学びつつある〉

 

〈そうして生まれる洗練された人格こそ、我々が手綱をかけるに相応しい存在だ〉

 

氷の向こう側、水盆の中から、不意にそんな声が聞こえて来た。

 

(なんか、懐かしいな…)

 

無機質で抑揚の無いその声が、レイクは不思議と懐かしく感じられた。

 

〈王子よ、神秘と共に生き、王女を姉と慕い続けよ〉

 

〈そして神秘達の関わりの中で、この氷を融かし、砕く術を得るのだ〉

 

〈それが成された時に、お前は真に完成するだろう〉

 

〈そうなれば、我々は初めてお前を価値あるものとして肯定する〉

 

「はい…LE-Y9はそれを、とても喜ばしく思います…」

 

誰が、一体どうやって水盆の中から話しているかも分からないのに、レイクの口は勝手に動いていた。

 

〈ちょっとレイク!何時まで寝てるつもりなの!?〉

 

「…え?」

 

 

 

突然目の前が真っ暗になる。そして気付いた時には、レイクはゲーム開発部の狭い部室の中で、モモイに肩を力強く揺すられていた。

 

「あ…っと、おはよう、ございます…やっぱりこのブランケット、一回洗濯した方が良いですよ…?僕が他の洗濯物と一緒にランドリーまで持っていくんで…」

 

レイクは大きな欠伸をしながら、仰向けの姿勢のまま身体に被せているブランケットを掲げた。

 

「そ、そう…?やっぱりちょっとカビ臭かったかな~…って、それよりも!!レイク時間見て!」

 

「時…間…?」

 

レイクはぼんやりと、壁に掛かった時計を見る。そして二本の針が示す時間に、眠気が一瞬で吹き飛んだ。

 

「って、もうこんな時間!?どうしてもっと早く起こしてくれなかったんですか!?」

 

レイクはバネのような勢いで起き上がった。

 

「それは夜中の3時までゲームしてたせいで私もさっき起きたからだよ~」

 

モモイは意気揚々と、目の下の隈を指さす。

 

「寮、戻って無かったんですね。変な夢見てたのは、モモイが横でゲームやってたせいか…」

 

「私の悪口はいいからさっさと起きる!今日はヒマリ先輩とデートなんでしょ!?なのにしょっぱなから寝坊なんてボーイフレンド失格だよ!」

 

ボーイフレンド。その言葉を聞いた途端、レイクは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

「もう一週間経ったのにまだそれ擦りますか。ヒマリ先輩とはそういう関係じゃないって、何回言えば…」

 

ただ言われるがままに花を渡し、それからずっと顔を赤くしていたヒマリから告げられた「これから私達の部活に入って欲しい」という願い出を了承したレイクは、その後何食わぬ顔で部室に戻り、そしてそこで初めて自分がしたことの重大さを知った。

 

「それでヒマリ先輩なんて言ったの!?」と目をギラつかせながら迫って来るモモイの誤解を解く為に、ヒマリに呼び出された本当の理由を伝えたくて堪らなかったレイクだったが、「特異現象捜査部は表沙汰に出来ない部活だから、今日話した内容はゲーム開発部にも教えてはならない」という言いつけがあった手前でそんな行為に及ぶ度胸は無かった。

 

そしてそのせいで、レイクはこの一週間何度も何度も弁解をしたにもかかわらず、「ヒマリ大先輩のお眼鏡に叶った存在」としての扱いを主にモモイから受けていた。何も知らずに告白をさせられたたレイクは勿論、根も葉もない色恋沙汰に巻き込まれたヒマリもいい迷惑である。

 

「って、ブーブー言ってる場合じゃなかった…とりあえず顔洗って、髪だけでも直さなきゃ…」

 

ヒマリに指定された約束の時間まではまだ余裕があるが、それは身だしなみを一切整えず、寝起きの姿のままで外に飛び出した場合の話だ。今から諸々の準備を全てしたのでは、流石に間に合わない。

 

「そしたらこれ貸してあげる!」

 

するとモモイは自分のロッカーを開き、そこから取り出したものをレイクに向かって放り投げた。フリスビーのように回転しながら飛んで来たそれを、レイクは両手でキャッチした。

 

「帽子…ですか?」

 

レイクが受け取ったのは平つば型の白いキャップだった。つばの上にはミレニアムの校章と、「Millennium Price Special Award」の文字が刺繍されている。

 

「そう!こないだのミレニアムプライスで特別賞を取った記念にって、審査委員会の人がプレゼントしてくれたんだ!それ被ってれば、寝ぐせは誤魔化せるでしょ?」

 

「えぇ…そんな大切なもの、借りられないですよ…」

 

「良いの良いの!私達普段帽子なんて使わないし、その帽子もロッカーの中に引き籠ってるくらいなら誰かに被って貰ったほうが幸せだって!」

 

「う~ん……でも今から髪直してたら時間ギリギリになっちゃうし…」

 

腑に落ちない様子のレイクだったが、背に腹は代えられない。結局レイクはモモイに礼を言うと、寝ぐせで更にボリューミーになった巻き髪を帽子の中にぎゅっと収めた。

 

「うんうん!男の子だからキャップも似合うね!そしたら歯だけ磨いて行ってらっしゃい!お土産は駅前のケーキ屋さんで良いからね!」

 

「ちゃっかりしてるんだから…それじゃ行ってきます」

 

悪びれるどころか世話好きのお姉ちゃんのようなことを言い出したモモイに最後まで口を尖らせながら、レイクは自分のロッカーから昨晩しっかり乾燥させた歯ブラシとプラコップ、そしてペンシルノヴァを取り出した後に部室を後にした。

 

 

 

「到着したよ、ここが私達特異現象捜査部の部室」

 

エイミに連れられ、迷路のような道筋を辿った後、レイクは遂にそこへ辿り着いた。金庫のように分厚い扉を潜った先に広がる、部屋中にところ狭しと設置されたモニターの群れに、レイクは釘付けになった。

 

「一週間ぶりですね、あれから元気にしていましたか?」

 

二人が来たことに気付き、部屋の奥にいたヒマリとトキ、そして先生がこちらに振り向いた。ヒマリの左胸にあの向日葵が刺さっているのを見た途端、レイクの眉間に皺が寄る。

 

「おや、レイク。お腹でも痛いのですか?そんなに顔をしかめて」

 

「からかわないで下さい。ヒマリ先輩だって被害者なんですよ?」

 

レイクはヒマリにつかつかと歩み寄ると、彼女の胸から向日葵を奪おうとする。しかしそうして伸ばして来た手を、ヒマリは上品に払いのけた。

 

「おや、随分と大胆なアプローチですね?ですが流石にボディータッチはまだ早いと思いますよ?」

 

「ぬぅ~…!ヒマリ先輩まで…!」

 

一週間前の照れっぷりは何処へやら、「レイクが自分に異性としての好意を寄せている訳では無い」ということを彼自身の口から知ったヒマリは一転して、自分に告白をして来たレイクを嬉々として茶化すようになっていた。

 

「ヒマリ先輩は良いんですか!?もしモモイが口を滑らせでもしたら、ヒマリ先輩だって堂々と学校を歩けなくなるでしょう!?」

 

「いいえ、私は特段構いませんよ。明朗快活な貴方と病弱系美少女の私は傍から見れば寧ろ素敵なコンビに見えるでしょう」

 

「リオ会長と反省部屋で恋愛映画観た位には動揺してた癖に」

 

「その話は二度としないと誓った筈です、エイミ。あの時の私は本当にどうかしていました」

 

調子に乗り出したヒマリに、エイミが何時ものように釘を刺した。

 

「そういえばそのリオ会長ですが、会長にはデカグラマトン本体の末路を共有していないと聞きましたが」

 

トキの問いに、ヒマリは「えぇ、仰る通りです」と頷いた。

 

「勿論廃墟での出来事を話しても良かったのですが、リオ自身の口から『やり方は貴女に任せる』という言葉を頂いているので、暫くは部長として伸び伸びとやらせて貰おうと思いました。それにあの人なら私が真実を伝えずとも、いずれ自力でそれに辿り着くでしょう。水と油が混ざり合うのは、その時でも遅くはありません」

 

「それは良かったです。リオ様にはもう少し、羽を伸ばして欲しいと思っていたので」

 

「あれがリオなりの羽の伸ばし方なのかも、しれませんけどね」

 

反省部屋でもリオがワーカホリックになっている事を知っているトキは、「デカグラマトンは廃墟の爆発と、それによって発生したダムの氾濫によって破壊された」ということを敢えてリオに伝えなかったヒマリの意図にいち早く気付いた。

 

「そしたら皆、そろそろ始めようか」

 

余談が続く部室の面子に、先生が閑話休題を求めた。

 

「そうですね。それではエイミ、すり合わせの為にも再度事実確認をお願いします」

 

「了解、部長。でもその前にレイク借りるね」

 

エイミはそう言うと、横に立っていたレイクを有無を言わさず自分のお腹に引き寄せた。途端に頬を赤らめるレイクの頭上でエイミは「うん、やっぱりひんやりしてて気持ちいい」と満足げに声を漏らす。

 

「彼の部員としての役割は今のところ、エイミの冷却材ですね。お陰で部屋を冷蔵庫にされる心配が無くなりました」

 

「ほっぺがこんなに赤いのに不思議だよね」

 

「エイミさん、ほっぺた突っつかないで下さい…」

 

この一週間で、レイクにはもう一つ特殊な力があることが分かった。それは彼の皮膚に触れ続けていると、触れた側の熱が徐々に奪われていく、というものだ。ただ、奪う速度は触れた側の持つ熱量に正比例するようで、モモイやアリスがどれだけ密着してもちっとも体が冷えないのに対し、暑がりなエイミが触れたところ、その体温が僅か数分で常人の平均的な体温にまで下がってしまったのだ。

 

”他者からモノを奪い、吸収する”という特性から、ヒマリとリオは観測不可能領域との関連性を直ぐに疑ったが、エネルギーの動きを追ったところ、吸収した熱は領域に繋がるネットワークまでには届かなかったこと、仮に吸収した熱が凍結解除を目的として使われたとしても、生徒一人が生み出す程度の熱エネルギーに負ける程ミスターフリーズの感染力は弱くないこと、そしてなにより、「決して温くなることの無い、大きな歩く冷却材」として絶大な価値を見出したエイミがレイクと一緒に居る時は頑なに彼を離さなくなったことから、結局はこの能力についても黙認されることになった。

 

「それじゃ皆、メインモニターに注目」

 

部屋で一番大きなモニターに、海の上に浮かぶ巨大な氷の大地を写した航空写真が表示された。

 

「私達はこれからこの氷海地域で、発信されたデカグラマトンの信号の正体を探す。この信号が新しい預言者か、それとも別の何かなのかはここからじゃ分からない。だから、直接行って確かめる…」

 

〈ピン…ピピン…ピン…〉

 

不意に聞こえたその声に、エイミは自分の胸の下を覗き込む。見ると、先程まで嫌そうに顔をもぞもぞ動かしていたレイクが真剣な表情で画面を見つめつつ、モニターから響く信号の発信音に合わせ、僅かに唇を動かしていた。

 

(……)

 

エイミはそれに言及しようかと思ったが、止めた。きっと口笛を吹くのと同じように、そうしているのが心地よいのだろう。根拠は無いが、何となくそう思ったからだ。そしてエイミは代わりに、レイクにこんなことを言った。

 

「それに今回はレイクの初戦闘だから、頑張らなくちゃね」

 

「え…?」

 

その言葉にレイクは唇の動きを止め、首を器用に回してエイミを見上げた。

 

「そうだね。今回レイクはトキとエイミのバックアップとして、後方からの援護射撃をお願いしようと思ってる。そのレールガンなら、狙撃手としての役目は十分に果たせるはずだから」

 

先生はレイクを見下ろしながら、彼の腰にそれこそ剣のようにぶら下がっているペンシルノヴァに小さくサムズアップを向けた。

 

「…はい!難しいことはまだ全然分からないですけど、先輩達と先生の力になれることなら、全力で頑張りたいと思います!」

 

声に若干の震えが混じりつつも、レイクは威勢よく答える。新たに仲間として加わった元気な弟分に、皆は優しく微笑んだ。

 

「…?どうかしましたか?」

 

レイクに視線を合わせたその時、エイミに捕まったままの彼が不思議そうに自分を見つめているのに気付いたトキは、小さく首を傾げた。

 

「あ、いえ…良ければお名前を教えて頂ければと思いまして…エイミさんとヒマリ先輩には前から会っているんですけど、アナタとは初めましてですから…」

 

「……!」

 

エリドゥでの戦闘やそこで出会った人物達のことを、レイクは何一つとして覚えていない。トキはようやくその事実に気付いた。

 

「…そうでしたね。では自己紹介の方をさせて頂きます。私は飛鳥馬トキ。C&Cに所属する、最強にして最も可憐なパーフェクトメイドです。ピースピース」

 

いつも通りのすまし顔で自画自賛しまくりの自己紹介をしたトキはしかし、その裏で奇妙な感覚を味わっていた。目の前にいるこの少年は「アリスの奪還作戦」という大きな盤面をこれでもかとかき回した、無法と暴力の体現者のような存在であり、トキはそんな存在と最も長く刃を交えていた生徒だ。それが今では同じ学校、同じ部室で、当然のように自己紹介をしている―

 

(リオ様達が問題ないと判断しているのですから、何も起こらないとは思いますが…)

 

レイクの言う通り、トキが”レイク”という人物に出会うのはこれが初めてだった。故にトキは今の彼に敵意が無いと分かっていても、エリドゥでの戦闘で彼が見せていた力を思い出さずにはいられなかったし、彼に対する警戒を完全に解くことが出来なかった。

 

「これからよろしくお願いします、トキ先輩!僕は天童レイクって言います。記憶を失って精神世界に閉じ込められていたところを先生とヒマリ先輩、アリス姉さんに助けて貰いました。僕は何も覚えていないんですけど、一応僕とアリスは姉弟みたいなんです。顔があまり似てないので本当に実感無いですけどね…」

 

そんなトキの心情など露知らず、レイクは能天気に自己紹介をした。アバンギャルド君の時と同様、トキの姿を見ても、やはり何かを思い出したような素振りは一切見せない。

 

「ふふっ、最初は二人だけだったこの部活も、随分と賑やかになりましたね。それでは皆さん、出発は明日の明朝になります。長期の調査を予定していますので、表向きの理由を述べた外泊届の提出をお忘れなく」

 

「外泊届、ですか…なんて言ったら皆納得してくれるかなぁ…」

 

レイクは困ったように口を尖らせた。

 

「貴方に関しては問題ありません。私とのお泊りデートと書いて貰えれば…」

 

「適当な理由考えて提出します!!そんなこと、死んでも書きませんからね!!それとそのヒマワリいい加減に外して下さい!!」

 

「あ、ちょっと逃げないで。まだひんやりしてたい」

 

エイミから逃れようとジタバタするレイクに、ヒマリはにんまりとした笑顔を向ける。素直で可愛がり甲斐のある後輩ができたことが、嬉しいのだろう。

 

(…なるほど、確かに今の彼なら、大丈夫そうですね)

 

そんなやり取りを見て、トキは溜め込んでいた緊張を幾分か解くのだった。

 

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