「感度良好。両マニピュレーター、問題なく稼働しています。ただ、関節部の動きに僅かな遅れを確認。恐らくは注入した潤滑剤が専用のものでは無い為と考えられます」
一面銀色に染まった世界に立つトキは、リオに代わってヒマリが修復したアビ・エシュフのテストを行っていた。両方のマニピュレーターを暫く操作した後、その関節部から僅かに滲み出て来た
『おや。寒冷地仕様の特別品でグリスアップを行ったのですが、まさか専用のものを使っているとは思いませんでした。粘度が異なれば動きに支障が出る可能性も考えられますが、そのまま使用を続けますか?』
「イエス、マム。この程度のトラブルなら私の技量で補えます」
『ふふっ、頼もしいですね。それではよろしくお願いします』
「了解しました。それでは戦闘を開始します。エイミ、準備はよろしいですか?」
「うん、大丈夫だよ。ここ涼しいから、何だか体の調子も良いし」
水着姿のエイミはトキの横で伸びをすると、自分達が立つ大きな氷山の足元に屯す、デカグラマトンの眷属達を見下ろした。
『そこにいるオートマタを倒せば、取り敢えずベースキャンプ周辺の安全は確保できるかな。連戦で大変だろうけど、皆頑張って』
「お気遣いありがとうございます、先生」
「うん、ありがと先生」
先生からのエールを受け取った二人は互いに息を整えると、氷山からスキップするようにして飛び降りた。冷たい斜面を勢いよく滑り降りながら、二人はその時を待つ。
『二人が位置に着いた。中央にいるオートマタのどれかを狙って』
先生が無線でそう告げた直後、群れの中心を歩いていたオートマタの頭が一瞬で弾け飛んだ。首無しになったオートマタは武器を構えたまま、仰向けにゆっくりと倒れる。
『良いね、ターゲット達の注意が逸れた。そのまま狙撃を続けて、盾持ちを優先的に倒していって』
先生の指示通り、風切り音のような音が冷たい空気に響く度に、奇襲に慌てるオートマタ達の頭が無くなっていく。
『トキ、追撃お願い。エイミの通る道を作ってあげて』
「了解しました。目標、ゴリアテ脚部。主砲、発射します」
アビ・エシュフの両肩から放たれた光線が、前衛を担っていたゴリアテの両脚に撃ち込まれる。脚を潰され、ゴリアテは自慢の大火力を発揮することなく、轟音を上げながら氷の大地に突っ伏した。砲撃の反動により滑走の速度が弱まったことで、エイミはトキよりも早く眷属達の群れの中に飛びこんだ。
「これ、借りるね」
エイミは足元に転がっていたオートマタの盾を素早く拾い上げると、左手に盾、右手に愛用のショットガンというスタイルで戦闘を始める。セミオートマチックに切り替えたマルチタクティカルの反動を片手で制御し、苦し紛れに飛んで来る銃弾を盾で防ぎつつ、エイミは残りのオートマタ達を次々と破壊していく。
「あ、弾切れた。そしたらこれはもう要らない」
弾切れを確認したエイミは「よいしょっと!」という掛け声と共に、近くにいた半壊状態のオートマタに盾を投げつけた。盾をぶつけられた衝撃で間抜けにひっくり返るオートマタの脇を潜り抜け、倒れたゴリアテの影に滑り込んだエイミは慣れた手つきで弾倉に弾丸を流し込む。しかし、リロードが完了しいざ戦闘を再開しようとしたその時
「一斉掃射、開始」
遅れて到着したトキが仁王立ちの姿勢で、機関砲の引き金を引いた。凄まじい弾幕が、辛うじて残っていたオートマタ達を漏れなく削り倒していく。
『敵性勢力の全滅を確認。三人共お疲れ様』
先生の無線で、トキが射撃を止める。弾丸の雨が降り止んだのを確かめたエイミが、黒い弾痕がびっしり付いたゴリアテの残骸からひょこっと顔を出した。
「先生にもっとカッコいいとこ見せたかったんだけど…」
文句たらたらに口を尖らせるエイミ。文句の訳が「自分への誤射を厭わずにトキが射撃をした」からでは無く「美味しいところを持っていかれた」なのが、マイペースなエイミらしい。
「早い者勝ちですよ、エイミ」
そんなエイミに余裕のピースサインを見せつけながら、トキはマニピュレーターの装甲を展開し、中に溜まっていた空薬莢を一気に排出する。まだ熱の籠った薬莢達は、氷の上に落ちるや否やその熱で氷の表面を融かし、細い蒸気を次々と立ち昇らせた。
「…はぁ」
ヒマリが設置したベースキャンプ。そこからペンシルノヴァの照準にべったりと目を付けていたレイクは、トキとエイミの周囲に立ち昇る蒸気を見て、大きく息を吐いた。彼の緊張を乗せた吐息は直ぐに白く染まり、冷たく乾いた空気に溶けていく。
「見事な狙撃でしたよ、レイク。初めての戦闘であの二人の援護を卒なくこなしたのですから、十分過ぎる戦果です」
レイクの横に座し、照準をホログラムで共有して狙撃の支援をしていたヒマリは、彼に優しく微笑んだ。
「ヒマリ先輩のサポートと先生の指示があったから出来たことです。僕の実力じゃありません」
レイクはヒマリに力無く微笑み返すと、つばが射撃の邪魔にならないよう後ろ被りにしていたモモイのキャップを元に戻した。
「おや、それは良くない謙遜ですね」
柔らかく細まっていたヒマリの両眼が、すっと吊り上がった。
「幾ら私の完璧すぎるサポートがあったからと言って、照準を合わせ、引き金を引いていたのは貴方自身なのですから、そこにはしっかりと自信を持つべきです」
「ヒマリの言う通りだよ。それに、スナイパーは射撃の支援をする観測手とセットで戦うのが基本だからね」
「え、そうなんですか?でもFPSとかだと、スナイパーは一人ですよ?」
「それはゲームだからだね。現実のスナイパーは横に観測手がいて、風の向きとか目標との角度とかを常に計算して、狙撃を確実なものにするんだ。ちょうどヒマリがやってたようにね」
先生の紹介に預かり、ヒマリは「こほん」とわざとらしく咳をした。
『レイクも援護ありがとね。さっきの狙撃が無かったらこんな無茶な作戦成立してなかったんだから』
『遮蔽物の一切ない氷山を滑り降りての強襲。狙撃によるかく乱が無ければ、私達は蜂の巣になっていました。的確な支援に心から感謝致します』
先生とヒマリに続き、エイミとトキも無線でレイクに感謝を伝えた。
(皆…僕のことを…)
胸が温かくなるのを、レイクは確かに感じた。誰かに「ありがとう」と言われ、「誰かの役に立てた」という実感を得ること。それはこのキヴォトスに目覚めてから、初めて得た感覚だった。
(気付いた時から一人ぼっちだったからかな…何だか、この感覚がずっと欲しかったような…)
エンジニア部のガレージで戦車をメンテナンスしていた時もそうだった。あの時作業に夢中になれたのは、単純に機械いじりが楽しかったのに加え、パーツの交換やオイルの補充を終える度に「上手だね」とか「ありがとう」という言葉をかけてくれたからだ。自分のことを他者から認められること。それは決して一人では得られないものだ。
「えっと…皆さん、ありがとうございます…お役に立てたなら、嬉しい限りです…」
胸の高鳴りに任せ、レイクははにかみながら感謝を伝える。くしゃっとしたその笑顔に、ヒマリと先生は「その顔が見たかった」と言わんばかりの満足気な笑みを浮かべた。
「さて、ベースキャンプの安全も確保出来たことですし、改めて信号の探査を始めるとしましょうエイミとトキはそのまま信号の発信地点に…」
ホログラムを操作していたヒマリの指が、ぴたりと止まった。
『どうしたの、部長?』
ヒマリはエイミの言葉には応えず、指先の広域レーダーをジッと見つめる。
「これは…信号が、移動している…それにこの位置は…」
瞬間、ヒマリの顔色が変わった。
「エイミ!レーダーの探知範囲を広げて下さ…!」
しかしその指示は、突如無線に混じった無邪気な声達によって遮られた。
『…メーデー、メーデー……って間違えた。こっちは救助要請だった。えっと、確か使うのは…』
『もう、折角の登場シーンが台無しじゃん!私が代わりにやる!…えっと、皆さま、ご足労いただきありがとうございます。それでは―死んでもらいます…これで良しっと!』
能天気な会話が途切れた直後、周囲がグラグラと大きく揺れ始める。
『部長!レーダーに反応あり!私達の下方30メートルから二つの高エネルギー体を探知!こっちに近づいて来てる!』
「はい、こちらでも確認しています!同じ信号が二つ、まさか5番目の預言者は二体で一つの個体を…」
「今は二人の支援に集中しよう、ヒマリ!エイミとトキは接近中の信号に備え!レイクはノヴァの照準を再度私達に共有して!」
地震で足元がおぼつかない中でも、先生は皆に的確に指示を出す。
「…その通りですね!エイミ、トキよろしくお願いします!」
『うん、任せて』
『アビ・エシュフ再起動、迎撃に備えます』
「……」
3人が威勢よく返事をする中、レイクは唯一人、エイミとトキが立つ氷の大地をじっと見つめていた。
「…レイクどうしたの!?早く銃を…」
「違う、この二つは、偽物…」
「…え?」
刹那、レイクは視線の先の二人に大声で無線を飛ばした!
「エイミさん!トキ先輩!後ろに下がって下さい!!」
直後、先生のシッテムの箱、ヒマリとエイミが表示していたレーダーに映っていた二つの信号が、消えた。そして―
バキバキバキッ!!
分厚い氷が裂ける轟音と共に、エイミとトキの目の前から巨大な影が二つ、氷の下から飛び出して来た!
「これは…魚雷!?」
自分達に暗い影を落とすそれらを見て、トキは息を飲む。二人の前に現れたそれは、デカグラマトンのトリコロールカラーで塗装された魚雷だった。
魚雷は放物線を描き、それこそ本物の魚のように空中を泳ぐ。しかし次の瞬間、魚雷後方のスクリュー部分が外れ、中からロケットブースターが顔を出した。
「…!二人共後ろに下がって!」
先生のその指示は、既に手遅れだった。ブースターが点火され、ロケットの推進力と重力の加速を得た二つの魚雷が、凄まじい勢いでエイミとトキに迫る―