ヒィオンッ…!ヒィオンッ…!
風を切るような音が、二度響く。放たれた二つの弾丸はミサイルと化した魚雷を正確に捉え、破壊した。空中で大爆発を起こした魚雷が生んだ爆風に煽られ、エイミとトキは思わず顔を覆う。
『あれれ~?今ので一気に仕留めるつもりだったんだけど~?』
『まさか偽の信号に気付くとは思いませんでした。評価を上方修正します。超バカからバカへ』
『仕方ありませんね、真打を登場させましょう。今度こそ終わりです。お別れの挨拶はあの世に着いてからどうぞ』
再び、無邪気な声が無線に割り込んで来た。しかしヒマリ達はまたしてもそれに反応せず、一切の支援無しに魚雷を立て続けに狙撃したレイクを呆気に取られて見ていた。
「ヒマリ先輩、先生。独断専行のお叱りは後で受けますので、以降の指揮をよろしくお願いします」
レイクは細い煙を吹くペンシルノヴァの照準にぴたりと目を合わせたまま、二人に指揮を願い出た。直後
『部長!今度は下方15メートルから高エネルギー体を探知!さっきとは比べ物にならないスピードだよ!』
というエイミの無線が届く。
「…なるほど。信号を頼りにしていたのをまんまと利用された、という訳ですか」
涼し気なヒマリの瞳に初めて、熱い闘志の炎が宿った。天才ハッカーを自称する者として、あっさりと敵に裏をかかれたことが許せないのだろう。
「取り敢えず状況開始!トキとエイミは敵の接近に再度備え!レイクは…もう共有をしてくれたみたいだね。ヒマリは引き続きレイクの支援をお願い!」
『了解!!』
先生の指示に、今度は全員が反応する。その直後、二つの魚雷が開けた氷の穴が裂け、そこからまたしても巨大な影が水飛沫を伴って飛び出して来た!氷が割れ、周囲に散らばっていたオートマタ達の残骸が海の中に沈んで行く。
「これが信号の正体ですか」
「うん。多分データ上の5番目、ゲブラだと思う」
臨戦態勢を整え、二人は眼前に迫る異形の預言者を見上げた。凍てつく海水を大量に滴らせながら、ゲブラは各所に配置された火器を展開する。
『両肩に大量の機関砲を確認!銃撃が来るよ!』
肩部から伸びる4門の銃口がゆっくりと動き、二人に狙いを定めた。
『回避行動!』
先生の指示に合わせ、二人は降り注ぐ弾丸の雨を次々と躱す。
『右腕部に先程の魚雷が装填されているのを確認しました!高火力を当てれば誘爆によって大破を狙える可能性があります!』
「了解部長!そしたら私が発破をかけるよ!」
エイミは自分の胸の谷間に手を突っ込むと、そこから吸着式のリモコン爆弾を取り出した。
「でしたら接近中は私が盾になりましょう。右腕部、出力上昇」
トキは右腕の機関砲を放すと、空いたマニピュレーターで足元の氷を力強く殴りつけた。拳の一撃で、氷が大小の破片に砕ける。トキはその中から最も大きな破片を掴み、即席の盾にした。氷の盾で銃撃を防ぐトキと共に、エイミはゲブラの右腕へと全力疾走する。対するゲブラは銃撃を続けつつ、左肩に備えたミサイルポッドを展開した。
『ミサイル、来るよ!』
「問題ありません。迎撃します」
放たれたミサイルの群れに対し、トキは左腕の機関砲をばら撒いた。放たれた弾丸により、ミサイルが次々と撃ち落される。
「隙あり!」
ミサイル発射の反動によりゲブラの射線が逸れたのを、エイミは見逃さなかった。エイミは片手で保持していた自分の銃を捨てると、スライディングでアビ・エシュフの股下を潜り抜けてゲブラの右腕に辿り着き、すれ違いざまにリモコン爆弾を張り付けた。
「設置完了!部長、起爆お願い!」
スライディングの勢いを活かし、エイミはゲブラの背後の海に飛び込む。その直後、凄まじい爆発がゲブラの右腕を襲った!ヒマリの狙い通り、爆発は装填された魚雷にまで到達し、誘爆によって右腕をズタズタに破壊した。支えを一つ失ったゲブラはぐらりと体のバランスを崩す。
手痛い反撃を許したゲブラは残った左腕を氷から持ち上げ、脚だけで立ち上がる。そして、左腕に装着された巨大な銛のような武装を、付近に転がっていたゴリアテの残骸に向けた。
銛の先端が勢いよく発射され、ゴリアテにいとも簡単に突き刺さる。更に銛は左腕とワイヤーで繋がっていたらしく、ゲブラは左腕を勢いよく振り上げ、ゴリアテの巨体をまるでハンマー投げのハンマーのように振り回し始めた。常軌を逸した怪力に、トキは再び息を飲む。
トキが怯んだを確かめたのか、ゲブラは振り回していたゴリアテをトキ目掛けて一直線に振り下ろして来た!
「アビ・エシュフ、出力最大!」
回避は間に合わない。そう判断したトキは右腕の拳を再び握り締め、なんと殴打によってゴリアテを迎撃した!衝撃波が発生し、氷の上に積もった雪を勢いよく舞い上がらせる。
「……ッ!!」
衝撃波をまともに浴び、トキは危うく意識を失いかけた。アビ・エシュフとの衝突により、ゴリアテは上半身と下半身が真っ二つに。しかしその代償で、アビ・エシュフ側も右腕が粉々に砕け散ってしまった。
ショックを抑えきれず、膝から崩れ落ちるトキ。対するゲブラは銛に残ったゴリアテの上半身を自身に引き寄せ、動けないトキに容赦ない追撃を加えようとする。
「ワイヤーを狙撃する!ヒマリは私と急いで弾道計算!!」
「任されました!レイク、攻撃のタイミングは私に合わせて下さい!」
レイクの覗く照準に、ヒマリと先生が操作する円形のマーカーが幾つも表示された。風向き、天候、磁気の影響…それらが次々と計算され、ゲブラの頭上で唸る黒いワイヤーにマーカーがピタリピタリと合わさって行く。
「今です!」
ヒマリの指示に従い、レイクは直ちに引き金を引く。弾丸は、もはや視認できない程に高速で動くワイヤーを正確に捉え、真っ二つにした。ワイヤーを切られ、更に振り回していたゴリアテが直撃したことで踏ん張りの効かなくなったゲブラは、今度は尻もちをつくようにして倒れ込んだ。ゲブラが一時行動不能になった隙に、トキは体勢を整え、エイミは割れた氷の隙間からアザラシのように顔を出した。
「エイミ、これを!」
トキは近くに転がっていたエイミの銃を拾い、海から這い上がったエイミに投げ渡した。
『このまま戦っていたら埒が明かない。トキ、アビ・エシュフの主砲はまだ使えそう?』
「はい、先生。辛うじてあと一発、撃てます」
『良かった!そしたら一撃で決めよう!エイミはトキの援護に!』
今度はエイミがトキの前に立つ。
「アビ・エシュフ、モード変更。残存エネルギーを全て主砲に直結、直接照準により発砲します」
発砲に備え、展開した主砲の先端が赤熱を始める。しかしそれに呼応するかのように、ゲブラが右肩の二つの砲を展開した。
「あれは…長距離砲!?」
エイミがそう呟いた直後、二股に分かれた砲が炎を噴いた。中空に撃ち込まれた二つの砲弾はエイミとトキの頭上を飛び越え、先生達がいるベースキャンプの真上に聳える氷山の先端に命中した。
(まさか…!)
エイミのその直感は、的中した。砲撃により先端が崩落し、巨大な氷塊が先生達目掛けて転がり落ち始めた。
「皆逃げ…!」
エイミは急いで先生達に無線を飛ばそうとする。しかし、退避を伝え切るその前に、エイミの唇は動かなくなってしまった。
(さ、寒い…!それに、何、これ…!?)
エイミはこの氷海に来て初めて、寒いという感覚を味わった。それと同時に、エイミは気付いた。自分の唇が突然動かなくなった理由。それは突如として襲った寒気により、唇の感覚が完全に無くなってしまったからだ。
「エイミ、あれ、を…!」
トキも主砲を構えたまま体をガタガタ震わせている。気力を振り絞り、エイミはトキが指さす方を見た。
(げ、ブラ…が…!?)
二人をたちまちに行動不能にした凄まじい冷気は、氷山を砲撃した長距離砲の横に備えられた、自動拳銃を巨大化させたような特異な形の大砲から吹き出していた。
(ね…むい…からだ、動かない…)
吹きつけられる冷気がどんどんと強くなる。全身に氷がこびりついていくのが分かる。身体の感覚が、意識が、薄れていく。
(先生、たす、けて…)
その思いが先生に届くことは無く、エイミの意識は完全に途絶えた。
「……」
ヒマリは強く瞑っていた両目をゆっくりと開けた。ぼやけた視界の先にあるのは、青い空と、一面に広がる銀世界。最期に見た景色と、非常によく似ている。
(私はまだ、生きている…?)
そんな訳は無い。自分は先生やレイクと共に、崩落した氷山の下敷きになった筈。あんなものに潰されて、生きている筈が無い。ヒマリは慌てて、両眼をごしごしと擦った。
「ぐ…うぅ…!」
不意に、呻き声が聞こえた。声のした方に、ヒマリは顔を向ける。そして飛び込んで来た光景に、完全に我を取り戻した。
「レイク…!!」
呻き声の正体。それは、両腕を目いっぱいに伸ばし、氷塊を腕だけで支えるレイクが漏らしていたものだった。彼の足元では、先生が体を完全に寝かせ、自分達に死の影を落とす氷塊の下で、シッテムの箱を物凄い勢いで操作していた。
「ヒマリ、先輩…先輩が車椅子で良かった…って、ちょっと不謹慎ですかね今のは…」
ヒマリが気付いたのを確かめたレイクは、苦しそうな顔をしながらも軽口を叩いてみせた。
「レイク…!」
「僕は、大丈夫です…それよりも先生、エイミさん達は…」
「ゲブラの攻撃で動けなくなってる!このままじゃ二人共危ない!」
「そしたら…」
先生はそこでシッテムの箱の操作を止めると、レイクを見上げ、そして大きく頷いた。
「了解…しました。一か八か、やってみます…!」
レイクの緑の瞳が、強く輝き始めた。それと同時に、ヒマリのホログラムが砂嵐のように乱れ始める。
(これは…)
しかしヒマリの意識は直ぐにそれから外れることになる。何故なら―
「ひ、か、り、よぉ!!!」
レイクはアリスの真似をして気合を込めると、支えていた氷塊を力いっぱい放り投げた!氷塊は空気を震わせながら一直線に空を舞い、そして、今まさにエイミ達にトドメを刺そうとしていたゲブラの鼻っ面に命中した。
氷塊をぶつけられたことで、ゲブラは三度体勢を崩す。それと同時に、充填が完了した冷凍砲から、もはや光線と見紛う程の青い冷気が空へと発射された。もし直撃を受けていれば、トキとエイミは本当に危なかっただろう。
「トキ!エイミ!」
先生は二人に無線を飛ばすが、応答は無い。
「バイタルは生きています。どうやら意識を失っているだけのようです。が…」
ヒマリは散らばった氷の破片を押し退けながら立ち上がろうとしているゲブラの姿を見つめる。いずれにせよ、あの預言者を阻止しなければ、二人を助けることは出来ない。
「…止むを得ません。予備電力を含めた、ベースキャンプにある全電力の内90%をペンシルノヴァに直結し、敵主砲の無力化を狙います。レイク、お願いできますか?」
氷に直に触れていたせいで真っ赤になった掌に何度も息を吐きかけていたレイクだったが、その願いを聞いた途端
「勿論です!」
と即答した。
「ありがとうございます。それでは位置に付いて下さい。私が電力を供給する間、先生は弾道計算をよろしくお願いしますね」
ヒマリは手元のホログラムを素早く操作する。
「超大容量ポータブルバッテリーを無線送電モードに切り替え。遠隔送電に伴う電力喪失は0.2と推定、許容範囲内です」
レイクは再び帽子を逆さ被りにすると、投げ捨てていたペンシルノヴァを引っ掴み、構えた。
「送電先の座標を固定。続いて予備バッテリーをメインバッテリーに直列接続。供給電力、更に増大」
銃身全体が熱くなっていくのを、レイクは確かめた。
「送電回路の確立、完了。ペンシルノヴァ本体のソーラーシステムと合わせ、最大出力到達まであと10秒」
ゲブラがのっそりと起き上がった。自分の半身程の大きさの氷塊をぶつけられたにもかかわらず、ゲブラは平気な顔で、動けない二人に冷凍砲を向ける。
「計算完了!!」
先生が操作していた各マーカーが、ゲブラの右肩付近に重なる。あとはもう、引き金を引くだけ―
「7、6、5、4」
(早く…!早く…!)
ヒマリのカウントダウンに合わせ、ゲブラもまた砲にエネルギーを集中させる。レイクは焦る気持ちを必死に堪え、引き金に指を添え続ける。
「3、2、1……今です!」
(発射!)
腕が折れるかと思う程の衝撃に、レイクは歯を食いしばる。大量の電力によって射ち出された弾丸は流れ星のような白い光の軌跡を伴って、先生の計算通り、ゲブラの冷凍砲の根本に命中した。直後、激しい爆発がゲブラの右半身を包む。
鈍い金属音と大量の火花を伴って、冷凍砲がゲブラの肩から分離し、背後の氷海に落下した。ゲブラ本体も爆発によってかなりのダメージを受けたようで、俯いたような姿勢のまま全身を小刻みに震わせている。
『あちゃ~ここまでかな~』
『もう少し、戦闘データ欲しかったな…』
『余興としては申し分ありませんでした。ですがゲブラにはまだ役目があります、ここは一旦退くことにしましょう』
「あ、あなた達は一体…」
ヒマリは三度現れた3つの声に接触を試みる。しかし、声達はヒマリに応じることは無かった。そして
「ゲブラが、海に…」
ゲブラがゆっくりと踵を返し、静かに海中へと戻っていく。シッテムの箱と赤熱したペンシルノヴァ。それぞれを持つ先生とレイクは、その様を静かに見つめていた。