「腕の油圧系統、修理完了です!流石はリオ会長、デザインは奇抜ですが整備性はバツグンですね!!」
「電気系統も全部繋げ直した。マキ、システムの書き換えは終わりそう?」
『あと10秒待って!』
「よし、そしたら先にツノを取り付けてっと…」
アバンギャルド君に肩車されるような形で頭部の修理を行っていたウタハは、戦闘でボロボロになった服の裾をウエス代わりにして頭部に付着した余分な機械油を拭いとると、脇に抱えていた真っ赤な厳つい角をアバンギャルド君の額に取り付け始めた。
『OSの書き換え、完了!起動はそっちでお願いね!』
「こっちも終わったよ。これにてアバンギャルド君Mk.2、
常備しているコンパクトな電動ドライバーを指先でくるりと回すと、ウタハは角が追加されたアバンギャルド君の頭からピョンと飛び降りた。先程体力の限界を迎え、後輩達とその場にへたり込んだとは思えない身のこなしだ。
敵陣のど真ん中でウタハ、コトリ、ヒビキの3人は完成したアバンギャルド君Mk.2を満足気に見上げた。
エンジニア部のセンスがキラリと光る赤い角に、マキ監修の下で施された、胸部をド派手に彩るグラフィック、そしてバズーカ、マシンガン、シールドに代わる新たな武装である2対のドリルアームとレールガン…
皆に揃ってけちょんけちょんに言われたデフォルト状態よりかはマシ……には見えるが、それでもブリキのおもちゃが何かの間違いで戦闘ロボットになったとしか思えないアバンギャルド君を暫く眺めた後、3人は再起動に取り掛かる。しかしその時
『エンジニア部聞こえる!?そっちにトキが向かってる!エリドゥの支援を受けたパワードスーツで武装してるから、一度身を隠して!』
先程までマキとの会話で用いていた回線に、突然チヒロの声が飛び込んで来た。
「トキ…か、話には聞いているよ。会長の切り札さんが、どうして私達に…?」
ウタハは遠くに見える、エリドゥの中心に聳えるセントラルタワーを眺めた。先程タワーの屋上で発生した爆発は、トキとの交戦で起きたものなのだろうか。だとしたら…
「了解したよ。ただ申し訳ないが、身を隠せと言うのは了承できないな」
ウタハはまるでその場にチヒロがいるかのように、周囲の明かりをぼんやりと反射するアバンギャルド君のボディをノックするように軽く叩いた。
『なっ…!?まさかアンタ達、それで迎撃するつもりじゃ…!』
「当然さ。C&Cを無視してまでこっちに来た理由は分からないけど、使える札がまだ残っているのに敵に背を向けたりなんかしたら、モモイ達に顔向けが出来ないよ」
ウタハはすまし顔で言った。
『それでもダメ!幾ら改造を施したからって、ネルですらマトモにダメージを入れられなかった相手に、そのロボットで勝てる訳が無い!いいからその場から急いで…』
言葉通りモモイ達のことを思ってのことか、それとも新しく手に入れた「おもちゃ」の試運転の絶好の機会と思っているのか、はたまたその両方か、アバンギャルド君から頑として離れようとしないエンジニア部に、それでも食い下がるチヒロ。しかし
『新しい、反応…?識別は
独り言のようにチヒロが呟く。そして、その直後
『……ッ!!上から何か来る!!気を付けて!!』
その叫びと、3人の直上から高速で飛来したそれによって、直したばかりのアバンギャルド君の頭部がへし折れたのは、ほぼ同時だった。
鈍い金属音を伴って、胴体から切り離されたアバンギャルド君の頭部がアスファルトの上に転がり落ちる。だが3人の視線はそんな哀れな頭部では無く、首無しになったアバンギャルド君の上に立つ、病衣に似た白い布を纏う小さな人影に釘付けになっていた。
「…違う、コイツでは無い。妙な姿をしているから守護者の類かと思ったが…コイツからは何の匂いも感じない…久方ぶりで鼻が鈍ったか?」
エンジニア部の前に突如として現れたその少年は、エンジニア部には目もくれず、その場でフクロウのように首を回し、何かを探すような動作を始めた。ふわっとした柔らかそうな黒い巻き髪に、中性的で整った顔。しかし柔和そうな外観とは裏腹に、その言動と、都市の灯りに照らされた緑の瞳からは、まるで獣のような、粗暴で野性的な圧が強く滲み出ていた。
「…何かがこちらに向かっている。この気配、そして匂い…先程湖の前で感じたものと同じだ…」
少年は犬のように、天を仰いだ体勢でくんくんと鼻を鳴らす。そして何か合点がいったことを示すかのように、にやりと口角を持ち上げた。
「神秘の器が、神の武器を携えている……ハハハッ!!愉快だなぁ司祭共!!貴様らが小難しい戯言を垂れながらのんべんくらりとしている間に、この世界の住人は貴様らのおもちゃの使い方を勉強したようだぞ!?」
少年は夜空を見上げながらゲラゲラと笑い始める。支離滅裂なその言動に加え、チヒロの助けを得てようやく倒したアバンギャルド君を、不意打ちとは言え一撃で破壊した圧倒的な力を目の当たりにし、コトリ、ヒビキ、そしてウタハまでも恐怖で動けなくなってしまう。
不意に少年がアバンギャルド君の肩を蹴り、高く跳び上がった。その直後、付近のビルの屋上から2本の青白い光線が飛来し、ドリルの付いた2本の腕を一瞬にして溶断した。溶けて真っ赤になった装甲と、切り離された腕の片方が目の前に落ちて来たコトリが「ひゃあっ!?」と悲鳴を上げる。
自分の身長の数倍の高さまで跳んだ少年は、今度はレールガンが一体となった右腕の傍に着地すると、腕からレールガンを強引に引きちぎった!激しい火花が走り、ケーブルやホースが千切れる不快音が響き渡る。
「これは、飛び道具だな。使えそうだ」
修理が完了してから僅か一分足らずで大破し、武装も元のガトリング砲だけになってしまったアバンギャルド君を背にし、少年はレールガンを持った状態で、自分が立つ道路の先に降り立った存在を見据えた。
「こんばんは、LE-Y9。起きたばかりで申し訳ありませんが、再び眠りについて頂きます。今度は二度と覚める事の無い、永遠の眠りに」
少年の前に降り立ったトキは、両腕の機関砲と肩部の主砲を全て少年に向け、臨戦態勢を整える。
「俺の名を知っているか。この肉体を拘束していたあの部屋と言い、どうやら眠っている間に随分と嗅ぎ回されたようだ。どうだ?退廃したこの世界の住人から見て、俺の身体から何か真新しいものは見つけられたか?」
少年はそう言いながら、自分の身長よりも大きいレールガンを両手で構え、トキとアビ・エシュフに向け返す。
が、トキはその問いには答えず、問答無用と言わんばかりに主砲を発射した!少年はレールガンを手放しつつ、二本の閃光をしゃがみ込むようにして躱す。
『トキ。建物の被害を考慮する必要は無いわ。それにあの肉体なら、仮に最大出力の主砲が直撃したとしても大破することは無い』
「了解しました、マ…」
主砲の出力を調整したことを指摘された直後、トキの頬を弾丸が掠めた。
「回避行動にて対処」
少年が服の下に隠し持っていたAMASのマシンガンの連射を、トキは目にも止まらぬ速さで躱す。先程まで人間離れした身体能力でアビ・エシュフに喰らい付いて来たネルの攻撃に比べれば、少年からの射撃など豆鉄砲に等しかった。
弾をばら撒くだけでは通用しないことを悟ったのか、少年は両手のマシンガンを捨て、再びレールガンを手に取った。構えた銃身が僅かに振動し、アビ・エシュフの主砲とよく似た光線が放たれる。トキはこれも容易く躱し、今度は接近戦を仕掛けた。左腕から機関砲を連射し少年の動きを牽制しつつ、トキは少年へと突撃する。
少年はレールガンを盾にして射撃を受け止めるが、そのせいで完全に足を止めてしまう。その隙に、トキは一瞬で間合いに入り、少年を拘束しようと空いたアビ・エシュフの右腕を伸ばす。しかし
「ぐッ…!?」
トキが懐に入って来た刹那、少年はその場で全身を反時計回りに大きく回転させ、抱えたレールガンの銃身を用いて迫る右腕を弾き返した!予想外の迎撃に、流石のアビ・エシュフも動きが鈍る。その隙に少年は、トキが防御の姿勢を取るよりも早くレールガンを構え直し、その銃口をトキに向けた。自分より大きい金属の塊を力一杯振り抜いたというのに、体の軸が全くブレていない。恐ろしい怪力と体幹の強さだ。
(その大きさの銃身を、振り回すなんて…!)
奇遇にもアリスと交戦したネルと同様の感想を抱いたトキ。迫るレールガンの銃口が、青白く輝き始める。
(それでも、回避は出来る…!)
レールガンが発射されるよりも早く、折り畳まれた状態の主砲が発砲された。地面に放たれた砲撃は、その反動でアビ・エシュフを空中に打ち上げ、レールガンを辛うじて躱した。必殺の一撃を躱された少年は慌てて首を持ち上げる。そしてそれが、命取りとなった。
トキは空中で再度主砲を放ち、その反動を用いて少年に強襲を仕掛けた。レールガンの反動で今度こそ動けなくなっていた少年は成す術無くアビ・エシュフの右手に捕まり、そのまま地面に叩きつけられた。
「が…ぁ…!!」
ここまで言葉一つ発さず戦闘を続けていた少年の口から初めて、苦悶の声が漏れた。しかしトキは一切の容赦をせず、右手の握力を強めつつ少年をアスファルトにより深く沈める。流石の少年も、これでは身動きが出来ないようだ。
「対象を拘束。これより凍結シーケンスを開始します。通信回路、強制接続」
アビ・エシュフの発光が著しく強くなる。
「観測不可能領域、〈仮称:LAKE〉への到達を確認しました。続いて、ミスター・フリーズの強制インストールを開始します。感染完了まであと…」
『待ってちょうだいトキ!今すぐシーケンスを中止して!!』
リオの事前の指示通り、少年の”処理”を行っていたその時、引き攣ったリオの声が無線越しに響いた。鬼気迫る声の圧に驚き、トキは直ちにシーケンスを終了しようとする。しかし
「…!?機体の制御が!?」
今まで自分の手足のように動かせていたアビ・エシュフが突然、うんともすんとも動かなくなった。デバイスの発光は続いている為、動力切れでは無い。にもかかわらず、アビ・エシュフはトキを乗せたまま、少年を圧し潰すような体勢で完全に停止してしまった。
「気付くのが遅れたな…俺に触れたのが、全ての間違いだ…」
指の隙間から顔を覗かせる少年が、苦しそうにそう告げた。
「まさか、アビ・エシュフが動かなくなったのは…!」
少年はにやりと笑った。
「察しの通りだ…弾丸を躱し、必殺の不意打ちですらいなしてみせた今までの動き、騎手ただ一人だけで実現できる筈が無い…この都市全てが、脳になっていたか…」
「……ッ!」
アビ・エシュフの仕組みを看破され、トキは思わず息を飲む。
「敗北を認めよう、アビ・エシュフの騎手よ。俺はお前には勝てなかった。故に、ここからは俺の主人の仕事だ…腹立だしいこと、この上ないがな…!」
トキを見つめる緑の瞳が、強く輝き始める。トキはそれを、ただ黙って見つめることしか出来なかった。
「これより鍵の保護を行うべく、アビ・エシュフを通して要塞都市エリドゥへの全体検索を敢行する。領域、拡大……」
少年はエリドゥへの侵入を続ける。
「都市内部のデータにKeyの存在を確認した。現時刻をもって、LE-Y9の全システムを湖の内へ格納。これに続き無名の司祭、その複製が、Keyの抽出を行う」