AL-1Sの兄   作:空を飛ぶジンベエザメ

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エデン条約編
1話 シャーレへ


「終わっちゃった…」

 

揺れるモノレールの中、レイクは手にしていた小説の単行本を静かに閉じた。読了したことへの達成感と満足感、そして物語が終わってしまったことへの喪失感から、レイクは小さく息を吐く。

 

「あ、読み終わったんだ。面白かったでしょ?ゼルナの伝説のスピンオフ小説」

 

レイクの横に座っていたミドリが読了を察し、彼に感想を求めてきた。

 

「はい!とても面白かったです!元のゲームが暗い雰囲気だったのに比べて、こっちはラスボスを倒した後の平和な世界をベースに描かれていたので原作ではストーリー序盤でしか見られなかったゼルナ姫と勇者のほのぼのしたやり取りが温かかったです!それに勇者の『田舎の鍛冶屋出身』っていう設定がゲーム以上に活かされてたのも良かったですね!ただハッピーエンドで終わっただけじゃなく、カッコイイだけじゃない勇者の側面が見られたってだけで読んだ価値がありました!」

 

求めていた感想を聞けたことで、ミドリはそれは満足そうににんまりと笑った。

 

「う~ん、分かってるねレイク!実はこのスピンオフを書いた作者さんもゲーム誌のインタビューで『ゲームとしてプレイヤーの分身になる以上、勇者はどうしても英雄としての姿が強調される。だからこの作品では彼の幼少期や、鍛冶屋の息子として育って来た過去にスポットを当てて、「勇者の血という特別な才能を持っていても、彼の本質的な部分はのどかな片田舎で育った、素朴で優しい青年だ」ということを強調したかった』って言ってるの!それを直ぐに見抜けたんだから、レイクはシナリオライターとしての素質があるかも!お姉ちゃんと違って語彙力もあるし、次に作るゲームのライター、お姉ちゃんと代わってもらおうかな~」

 

その言葉に、ミドリの横でゲームをしていたモモイがカクンと首を90度に曲げて2人を見た。

 

「ちょ、ちょっとミドリ…?最後のは流石に聞き捨て出来ないんだけど…?」

 

ミドリはわざとらしく姉の顔を覗き込んだ。

 

「だって本当の事でしょ?それに、お姉ちゃんはレイクと違って私がどれだけオススメしてもこの小説読んでくれなかったじゃん!『私はゼルナの伝説は純粋なゲームとして楽しみたいから~』とか何とか言ってさ。どうせ本当は読書をするのがめんどくさいだけでしょ?」

 

瞬間、モモイはギクリとしてゲーム画面を消す。

 

「う…そ、それはだって、ゲームの中で動いていたキャラが文字だけでしか表現されてないってのは、つまらないでしょ?」

 

それを聞いて、ミドリは何時ものように溜め息を吐いた。

 

「前にも言ったけど、私はお姉ちゃんにシナリオライターとしてのインプットをして欲しくてこれをオススメしたの。ライターならゲームだけじゃなくて他の媒体からも積極的にインスピレーションを受けるようにしないと、感性がドンドン古くなっていくだけだよ。お姉ちゃんはそれでも良いの?」

 

妹の正論に、モモイは反論の余地をあっという間に失ってしまった。

 

「い、いいえ…良くないと、思います…」

 

「でしょ?だったら一回読んで欲しいな、お姉ちゃんからの感想も聞きたいし。レイク、お姉ちゃんに渡してあげて」

 

レイクは身体を伸ばし、有無を言わさずモモイの膝に単行本を置いた。これでもう、逃げられない。それを悟ったモモイは仕方なさそうにゲーム機を鞄にしまい、肩を窄めながらページをめくり始めた。

 

(作戦成功。最近お姉ちゃんネトゲばっかやって性格がちょっと荒んでるから、この小説で和んで欲しかったんだ。協力ありがとね、レイク)

 

ミドリがモモイに聞こえないよう小さく耳打ちしたその時

 

「でも、レイクがシナリオを書いたゲームを作るのも面白そうだね」

 

「はい!レイクだったらどんなシナリオを書きたいですか!?」

 

と、二人のやり取りを聞いていたユズとアリスがそんなことを言ってきた。

 

「どんなシナリオ…う~ん…」

 

レイクはアリスからのキラキラした視線を受けながら、少しの間考え込む。そして

 

「やっぱり、個人的には最後はしっかりハッピーエンドで終わるようなお話が良いです」

 

と、微笑みながら答えた。

 

「ふっふっふ、甘いねレイク。今時そんな王道なストーリー、ありきたり過ぎてインディーズ界隈じゃ見向きもされないよ。今トレンドなのはGPAシリーズやサイバーシティ2199みたいな、社会の最底辺でアウトローに生きるゲームなんだから……」

 

「お姉ちゃん?アリスちゃんはそんなトレンドを聞く為にレイクに質問した訳じゃないんだけど?」

 

「ア、ハイ、ゴメンナサイ…」

 

ここぞとばかりにマウントを取ろうとしてきたモモイの出鼻を、ミドリは見事に挫いた。

 

「だけどアリスもレイクと同じで、ハッピーエンドが好きです。仲間が裏切ったり敵に利用されたり、ストーリーの中でどれだけ辛いことがあっても、それを乗り越えるキャラの成長や仲間達との絆がしっかり描写されて、そして最後は皆笑顔で終われるような、そんなお話が私達らしいシナリオだと思います」

 

アリスは目を瞑り、胸に手を当てながら、そんなことを呟いた。呟きながら、アリスはかつて自分を巡って起きた事件を思い出す。

 

勿論辛くて苦しい出来事も沢山あった。死と言う選択を自ら選んだ時の、身が裂けるような思いは決して忘れることは出来ないだろう。だけど魔王という自分を否定して、「なりたい自分になっていい」と言ってくれた皆がいたから、自分は勇者として今もここにいる。今まで色々なゲームをクリアして来たけれど、これ以上に素晴らしいハッピーエンドを、アリスは知らなかった。

 

(姉さん…?)

 

シャーレの最寄り駅に着くまでそんな風に物思いにふけるアリスを、レイクは不思議そうに見つめていた。

 

 

 

受付で入館証を貰い、エレベーターで先生のいるメインオフィスまで上がる。オフィスの入り口にあるインターフォンを押して来訪を知らせたゲーム開発部を、先生は笑顔で出迎えた。

 

「やあ皆久しぶり。今日は来てくれてありがとうね」

 

エリドゥの管制室で最後に会ってから数か月経った先生の顔を見て、4人は小さく息を飲んだ。エデン条約のせいでとんでもない激務を強いられていることは聞いていたが、ここまでやつれた大人の顔を見るのは、4人とも初めてだった。レイクだけはそれよりも後に先生と出会っているが、それでもその変貌ぶりに、レイクも驚きと心配の目を向けざるを得なかった。こんな風にやつれる位なら、あのまま氷海に置いて行った方がまだ健康的な生活が出来ていたかもしれない。

 

「先生大丈夫ですか…!?顔がゾンビみたいになっています…!」

 

アリスにそう言われ、先生は力無く笑った。

 

「あはは…ゾンビ、かぁ。昨日は3時間も眠れたからいつもよりかは調子いいはずなんだけど…」

 

「3時間”も”!?それじゃ普段はそれ未満の睡眠時間ってことですか!?」

 

「大丈夫大丈夫。条約が締結するまでの辛抱だから。でも心配してくれてありがとうね、ミドリ」

 

「私は大丈夫だよ」そう伝えようとしたのか、先生はその場で気持ちよさそうに伸びをしてみせた。勿論それで、5人の心配そうな視線が消えることは無かったが。

 

「そしたら今日もいつも通り、オフィスの掃除から始めて貰おうかな。始める前の注意なんだけど、窓際にある赤い本棚には触らないようにね。ちょっとデリケートな情報が入ってて、中のファイルに私か連邦生徒会以外の生徒の指紋が検出されると結構めんどくさいことになるから」

 

「は、はい…!」

 

「先生に迷惑をかける訳にはいけない」と「めんどくさいの内容が怖いものだったらどうしよう」という二つの思いが混じり合い、ユズは食い気味に返事をした。

 

「良い返事だね、ユズ。あ、あと今日は掃除に加えて、15階にある備品保管室の整理もお願いしたいんだ。先に来たトリニティの生徒が既に作業を始めてるから、皆の中から一人行ってくれればそれで良いんだけど…」

 

「あ、そしたら僕が行きます」

 

レイクは小さく挙手をした。

 

「ありがとうレイク。そしたら整理して欲しいもののリストを持ってくるから、ちょっと待ってて。他の皆はオフィスの掃除始めていいよ。窓拭き用の洗剤が少なくなってた気がするから、もし無くなったらトイレの横にある倉庫から持って来てね。それと今日の3時のおやつはこないだ買って来た駅前のケーキ屋さんの焼き菓子だから、期待しててね」

 

「本当!?やったー!」

 

お菓子の存在を聞いた瞬間、モモイは嬉しそうにオフィスに突撃していく。そんなモモイの背中を追ってオフィスに入るミドリとユズとアリスを、先生とレイクは見守っていた。

 

「じゃあちょっと待っててねレイク……っとその前に…」

 

リストを取りに行こうと自分もオフィスに戻ろうとした先生だったが、踵を返そうとしたその時、何かを思い出したかのように踏み留まると、レイクの首元を指さした。

 

「レイク、首のプロジェクター電源入って無いよ」

 

「…え、あ、本当だ!全然気付かなかった、ありがとうございます」

 

レイクはプロジェクターを外して電源が落ちていることを確かめると、改めて電源を入れて首に戻した。十人十色な形をしている生徒達のそれにはまず見られない、ただの細い白い輪が浮いているだけのヘイローを、先生はジッと見つめる。

 

「…もしかして、ここに来るまでずっと電源切れてた感じ?」

 

レイクはばつが悪そうに笑った。

 

「はい。恥ずかしながら今日もちょっと寝坊しちゃったので、朝から入って無かったと思います。でも、どうなんでしょうね?ヘイローが無くても皆も他の人も何も言って来なかったし、プロジェクターを外して生活してても案外どうにかなるのかな?」

 

「……」

 

ウタハと同様、先生はその言葉に強い違和感を抱いた。確かにヘイローは生徒達のアイデンティティと機能している反面、生徒同士でそれを強く意識するような場面は極めて少ない。ただ、自治区内を歩いているロボットや犬猫の姿をした住人達とは違い、レイクの容姿は性別が違うという点を除いて生徒達と全く同じものだ。

 

にもかかわらず、どうしてレイクは「何故自分にはヘイローが無いのだろうか」という疑問を抱かず、それをさも当たり前かのように受け入れているのだろうか。ましてやアリスとは違い、レイクには最初からしっかりとした自我があったというのに。

 

「…ん?ど、どうしたんですか先生?」

 

なにか深刻そうな顔で自分を見つめる先生を、レイクは先程のように心配そうに見つめ返す。

 

「……あ、い、いや何でもないよ!ちょっと意識が飛びそうになって…やっぱり寝不足はいけないね!そしたら待ってて!」

 

お茶を濁すように、先生は今度こそオフィスに戻って行った。

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