(意識が飛びかけたって、先生絶対に大丈夫じゃないよ…というか、先生って頼まれればどの学校のどんな問題にも関わるみたいだけど、それって普通に破綻してるような…)
シャーレのブラックが過ぎる勤務形態に、先生の健康を憂いながら、レイクはエレベーターでを使い15階に到着した。
(凄い…この階全部が保管室になってるんだ…)
廊下にズラリと並ぶ扉に貼り付けられた「第一弾薬庫」や「第三書架室」、「オーパーツ及びレポート保管室」と言ったラベルを見て、レイクはこの階にある部屋の全てが、ありとあらゆる物品を保管する為のものであることに気付いた。この保管庫群を含め、これだけ広大なオフィスビルの管理を基本的に先生一人で行っているのだから、連邦生徒会の人手不足は行くところまで行ってしまっているようだ。
(えっと、「第四雑品管理庫」はこの先を曲がって突き当たり…)
リストに書いてある案内に従い、レイクは指示された部屋の前に立った。既にトリニティの生徒が作業をしているという部屋だ。
(そう言えば、ミレニアム以外の生徒と会うのってこれが初めてだ)
そう考えた途端、急に全身に緊張が走った。
(トリニティの生徒…エデン条約で学校全体が忙しいって先生言ってたし、偉い人や治安維持部隊の人じゃないだろうけど、それでも怖い人じゃないと良いな…)
レイクは胸の高鳴りを抑え、カードキーの役割も持つ入館証をドアノブのリーダーにかざしてオートロックを解除した。
「失礼します」
無機質な金属製の棚がズラリと並ぶ保管庫には既に明かりがついており、更に奥の方でガチャガチャと何かを動かす音が聞こえて来る。先に来ていた生徒だろう。音を頼りに、レイクは部屋の奥へと歩みを進め、そして、黄色いテープで囲われた一角に辿り着いた。
(え、本当にここで合ってる…?)
テープにぶら下げられた、「押収品管理スペース」の看板を見て、レイクはその物々しい雰囲気に気圧されてしまった。
レイクは改めて先生に渡されたリストを見る。しかしリストにはコピー用紙や各種文房具と言った、至って普通の事務用品しか載っておらず、その中に押収の対象となるような物騒な物は一切見られない。
(どうしよう…でも音は確かにこの中から聞こえて来るし…)
保管庫の管理はその子がいつもやってくれてるから、まず最初に挨拶をして、何から手を付けたらいいか聞いてね
先生の言葉が頭を過ぎる。リストを渡されただけで、具体的な仕事がまだ何も分からないレイクは、先に来ている生徒と顔を合わせる以外の選択肢が無かった。
(立ち入り禁止とは書いてないし、多分入っても大丈夫、だよね…?)
暫くの間悩んでいたレイクだったが、結局は自分にそう言い聞かせ、テープを跨いで中に入っていった。
(R18…押収品って、そういう事か…)
立ち入って直ぐに、レイクはこの一角がテープで囲われていた理由を知った。棚の中には、やたらにピンク色で彩られた薄い本や、際どい水着を着た女の人がセクシーなポーズを取っているDVDが沢山置かれていたのだ。中には何故か、保存用の真空パックに入れられた水晶埴輪も存在したが、レイクはその理由を考えないようにした。
(これは仕事、これは仕事、これは仕事…仕事だから仕方ない…)
そう何度も自分に言い聞かせ、レイクは視線を可能な限り落として進んでいく。だがそんな時、レイクはふと足を止める。
(このゲーム、こないだ買おうとしたやつだ)
レイクが思わず手に取ったのは、以前オンラインショップで買おうとして、ユズとミドリに全力で止められたアクションゲームだった。
(えぇ…これってそういうゲームだったの…?ロボットを操作してエイリアンを倒すだけのゲームだと思ってたのに…でも、確かにキャラクターは女の子しかいないし…)
「ちょっとあんた!そこで何やってるのよ!?」
突然の大声に驚いて、レイクは危うくゲームを床に落とすところだった。声のした方に急いで顔を向けると、ピンク色の髪を後ろで二つに結んだ小柄な女の子が顔を真っ赤にし、鬼の形相でこちらを睨んでいた。
「ここにあるものは全部、先生の許可が無いと触ることすら許されない危険物よ!それを持ち出そうとするなんて、あんた一体何者!?」
「え…い、いや僕は…」
「良いからそれ寄こしなさい!!」
その子は大股でレイクに歩み寄ると、有無を言わさず彼からゲームを取り上げ、そのパッケージをジッと凝視する。
「ふ、ふ~ん…あんた、結構良い趣味してるじゃないの…」
「…え、今なんて…」
「ななな何でも無いわよッ!!」
その子は持っていたゲームを近くの棚に乱雑に置くと、レイクから素早く距離を取った後、彼に自分の銃を突きつけた。何だか、随分と忙しない生徒だ。
「とにかくッ!エッチなものを無断で持ち出そうとしてたんだからあんたは死刑決定よ!今から先生の前に突き出してやるんだから!!」
「お、落ち付いて下さい!僕は別に、ここの物を盗みに来たんじゃありません!ほら、先生から聞いていませんか!?今日はミレニアムからも当番の生徒が来るって!」
レイクは慌てて、首にかけた入館証を見せた。
「…え、あ…な、なんだ、そうならそうと早く言いなさいよ!全く、これだから他校の生徒は嫌いなの!トリニティの生徒と違って礼儀がなって無いんだから!」
その発言に、レイクはカチンときた。何だか自分だけでなく、仲間や先輩達をバカにされたような気がしたからだ。
「な、何よ…!近づかないで!ほ、本当に撃つわよ!?」
ムッとした顔でこちらに近づくレイクに、その子は下ろしかけていた銃を再び構えるが、レイクは全く怯まずに歩み寄って行く。
「失礼します」
レイクはぶっきらぼうにそう言って、その子の真っ赤な両頬に自分の手を添わせた。
(え、何、コレ…)
瞬間、顔の火照りが凄い勢いで引いていくのを、コハルは感じた。まるで触れられた手から熱をそのまま奪われているかのような、そんな感覚だ。
「落ち着きましたか?そんな顔を真っ赤にしてたらまともに会話も出来ないと思って」
熱と共に、コハルの体の力が抜けたのを確かめたレイクは、彼女の頬から両手をそっと離した。全く未知の体験に、コハルは呆けた目でレイクを見つめる。
「先生に『仕事のやり方は先に来ているトリニティの生徒から聞いてくれ』と言われました。貴女がその生徒さんで、間違いありませんか?」
「えっと、レイク。そろそろ一旦休憩しましょう」
作業を始めて1時間程が経過した。リストに従って大量のコピー用紙を棚から棚へ移動させていると、コハルが不意に休憩を提案して来た。
「休憩ですか?でも僕はまだまだ元気…」
「良いから休憩するわよ!上司の言う事は大人しく聞くものなんだから!」
「上司って…コハルさんは僕と同じ一年生じゃないですか」
文句たっぷりに口を尖らせるレイクだったが、歯向かってもギャーギャー言われるだけなので大人しくコハルの指示に従い、作業の手を止めた。
「それで良いわ!そしたらそこの椅子使いましょ」
コハルとレイクは備品として置かれたパイプ椅子を展開し、それぞれに腰かけた。
「これ、あげるわ。さっきのお詫びよ」
椅子に体を預けた時、コハルが気恥ずかしそうにキャラメルを一粒差し出して来た。
「わぁ、お気遣いありがとうございます!僕はもう気にしてないですよ。それに僕の方こそ、急に頬っぺたを触ってごめんなさい」
キャラメルを受け取ったレイクは礼と謝罪を兼ねて、コハルに丁寧に頭を下げた。
「そ、そんなにかしこまる必要は無いわ…」
また頬に熱を帯びるのを感じながら、コハルも釣られて頭を下げつつ、控えめにレイクの顔を見た。
(なんか、不思議な子…良く見たら顔も先生に似てるし…)
一人称が「僕」なのに加え、中性的な顔立ちをしているせいか、コハルはこのミレニアムの生徒が、小さくなった先生のように見えて来た。
「そう言えば、コハルさんも普段から帽子被っているんですね。そのベレー帽、良くお似合いです」
キャラメルを貰ったことで早くもコハルに心を許したレイクは、ニコッと笑いながら自分の帽子のつばを指でなぞった。
「あ、当たり前じゃない!この帽子はトリニティの治安維持部隊、正義実現委員会の証よ!私はその中の選ばれしエリートなんだから!」
コハルはここぞとばかりに胸を張る。どうやら、いつもの悪癖が出てしまったようだ。
「へぇ!そしたらコハルさんってメチャクチャ強いんですね!一年生でエリートなんて、凄いです!」
コハルのそれがただのホラだと見抜けるはずの無いレイクは、尊敬の眼差しでコハルを見つめる。そのせいで、コハルはますます調子に乗り始めてしまう。
「そうよ!私はこれからエリートとして、正義実現委員会を背負っていく生徒なの!きっといつか、委員長のツルギ先輩位強くなってやるんだから!」
「おぉ!それは凄い意気込み…あ、でもちょっと待って下さい。それだけ大事な人材なら、コハルさんはこんなとこで仕事してる場合じゃないんじゃないですか?」
「…え?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、コハルはレイクを見た。
「今トリニティはエデン条約の締結に向けた準備で学校全体がバタバタしているって聞きました。それにこないだのクロノスの報道でも、締結の日は正義実現委員会は勿論、ゲヘナの風紀委員会も会場の警備を担うって言ってたし、エリートのコハルさんなら要人の警護とかを任されてもおかしくないんじゃないかなって思って…」
「う…そ、それは…」
何時もの如く、あっという間に綻びが生まれてしまった。コハルは急いで上手い言い訳を考える。自分はエリートだと声高々に宣言してしまった以上、「自分は別に正義実現委員会のエリート何かでは無いし、ましてや条約の締結日には補習授業部の皆で遊びに行くことになっている」ことなど、口が裂けても言えない。
「そ、それは強者の余裕ってヤツよ!私程の生徒になれば、警護の準備なんてもうバッチリ!空いた時間で忙しい先生のお手伝いをするなんて朝飯前よ!」
色々考えた挙句、コハルは最初からの嘘を貫き通すことにした。
「そっか、一年生でそこまでの余裕があるなんて羨ましい限りです。僕なんていつも先輩や同級生に迷惑をかけてばかりで…」
(…そんなこと、無いと思うけど)
面目無さそうに頬を掻くレイクを見て、コハルは思わずそう思った。少なくとも先程「相手の学校を侮辱した上に銃を突きつける」という無礼極まりない言動に対して、「落ち着いて話を聞いて欲しい」と諭して来た彼の行動は、自分よりもずっと冷静で知的だった。人見知りで恥ずかしがり屋のコハルがそれを実際に言葉にすることは、無かったが。
それからもコハルとレイクは倉庫の中を行ったり来たりして、仕事を進めた。そしてリストにあった全ての物品を整理し終えた時、時間はもうすぐ午後の3時になろうとしていた。
「結構時間かかっちゃいましたね。そろそろおやつの時間だし、上に戻りますか?今日は先生がケーキ屋さんの焼き菓子を用意してくれているみたいですよ!」
そう言って、レイクは出入り口に向かおうとする。しかし
「ご、ごめんなさい。実は今日は当番が終わったら学校に戻ることになってるの…と、友達と遊ぶ予定があって…」
それだけは嘘では無かった。コハルの友達、それは勿論苦楽を共にした、補習授業部の皆だ。それに、幾ら先生がいるとはいえ、今のコハルに他校の集団に混じって一緒にお茶をするだけのコミュニケーション能力は無かったのも、仕事が終わり次第学校に戻ることにした理由だ。
「そう、だったんですね。それはちょっと残念です。そしたらコハルさんのことは僕から先生に伝えておくので、一緒にエレベーターまで行きましょう」
「そ、そうね。今日はありがとう。レイクと一緒に仕事するの、結構楽しかったわ」
「はい、僕も楽しかったです。あ、そうだ!良かったらモモトーク交換しませんか?またコハルさんとお話したいです」
「良いわよ!ちょっと待ってて!」
レイクの提案を快諾したコハルは、スマホを取り出そうと鞄に手を入れる。しかし
(え、あれって…)
コハルの鞄の隙間からちらりと顔を覗かせたものを見て、レイクは言葉を失った。彼女の鞄には、先程の押収品コーナーで腐る程見た、エッチな本が入っていたのだ。
(あれは見間違い、あれは見間違い、あれは絶対に見間違いだ…)
そんなものを見てしまったせいで、レイクはコハルと別れた後はおろか、自分と寝床となっているゲーム開発部の部室に置かれた布団にくるまるまで、ずっとその言葉を呪文のように繰り返す羽目になったのだった。