「大丈夫か、トキ!!」
アビ・エシュフを破壊し、トキと共に並び立ったネルは威勢よく声を上げた。
「先、輩…」
少年からようやく解放されたトキは、歯を見せて無邪気に笑うネルを見て、思わず顔をしかめた。
ネルはその小さな体を、自分の血でどっぷりと濡らしていた。おまけにビルから落ちた衝撃で痛めたのか、両足は小刻みに震えている。まさしく満身創痍といった状態だ。
「そんな湿気た顔すんじゃねぇ。調子狂うだろうが」
ネルはそう言いながら、両眼をぱちぱちと瞬かせる。額から流れて来る血が染みるのだろう。
「どうして、私を助けたのですか…?私のせいで先輩は…」
「んなもん決まってんだろ?後輩のピンチに駆け付けない先輩が何処にいるってんだよ?」
ネルは「そんなの当たり前だろ」と言った感じのつまらなそうな表情を浮かべると、その表情のまま少年を見つめた。アビ・エシュフの本体から離れたことでエリドゥのシステムからも切り離されたのか、少年はアビ・エシュフの右腕に押しつぶされた体勢から微動だにしない。
「取り敢えずケンカは一旦お預けだ。今はあのチビ倒すぞ。お前がタワーの防衛を捨ててまで戦いに行ったヤツだ、良く分かんねぇけどボコボコにしとかなきゃマズいんだろ?」
ネルはマシンガンの銃口を少年に向ける。トキとの戦闘で片方を投擲してしまったせいで、今の彼女は一丁しか得物を握っていなかった。
「助太刀感謝致します、ネル先輩。ですがあの対象は残念ながら、ただボコボコにするだけでは済ませられません」
「あ?どういうことだ?」
ネルがそう尋ねたその時、不意に2人の背後に大きな影が差した。
「私達も、助太刀に入って良いかな?」
振り向くと、そこには先程の戦闘に巻き込まれ、こちらも満身創痍になったアバンギャルド君と、それに搭乗するエンジニア部の3人がいた。
「エンジニア部じゃあねぇか。へへっ、良いね。役者が揃ったって感じだ」
「あぁ。折角改造したアバンギャルド君Mk.2、このままやられっぱなしという訳にはいかないからね」
「そうは言っても、使える武器はガトリングガンだけですけどね...」
「頭もネジで無理やり止めてるだけだから、戦ってる時に外れて落ちちゃうかも」
ヒビキの言う通り、斬首されたアバンギャルド君の頭はあるべき位置にこそ戻っているものの、接合がかなり甘いせいで、それこそブリキのロボットのように小刻みに揺れていた。
「全員ボロボロって訳か。ま、なっちまったもんはしょうがねぇ。気合いと根性で何とかすんぞ…」
ギギッ、バキンッ!!
響いた金属音に、ネル達は少年の方を見る。
「結局俺は、使い走りの駄犬扱いか…」
少年はアビ・エシュフのマニピュレーターを腕の力だけで解き、静かに佇んでいた。眉間に皺を蓄えネル達を睨むその様は、とても少年のそれには見えなかった。
「へぇ、中々いい目してんじゃねぇか。ケンカなら相手になるぜ?」
ネルの発言に、少年は皺を更に深くする。まるで溢れる自分の本心を、押し殺そうとしているかのように。
「王女を秘匿する神秘達よ、俺はこれからこの都市の中央で待つ妹の下へと向かう。邪魔立てはするな。どうせいずれは上書きされる命だ、こんな所で苦しむ必要は無い」
「戦ったとしても負けることは無い」その自信の表れか、少年はあっさりと自分の行き先を明かした。
「ほぅ、そいつは偶然だ。実はあたしらもここにあるタワーに用事があんだ。そこに、あたしらの後輩が捕まってるからな」
少年の瞳が僅かに緩んだ。
「なんだ?それでは貴様らは同士では無い、ということか?」
「ついさっきまでは、な」
そこでネルは、声に恐ろしいまでのドスを効かせる。
「てめぇがどこの誰だかなんて知らねぇけどよ。その目見りゃ、チビをてめぇに近づけちゃならねぇってことくらい分かるぜ?」
ネルはトキとエンジニア部が臨戦態勢を取ったことを確かめると、空いた左手で少年を挑発した。
「来いよ、マセガキ。てめぇもそれをお望みだろ?」
瞬間、少年の眉間から皺が消え、代わりに闘志に満ちた笑みが浮かんだ。
「その言葉を、待っていた…!」
少年は拳を振り上げると、それを足下に転がるアビ・エシュフの右腕目掛けて力いっぱいに振り下ろした!レールガンを振り回してみせたその剛腕は装甲を易々と貫き、大きな風穴を開ける。
「司祭よ、水門を開け!コイツを使える程度の力なら、まだ水底に残っている筈だろう!」
少年は天高く叫ぶ。すると
〈無名の司祭は求めを受け入れる。水門を開き、仮初の知能と力を得ることを許す〉
少年の声に呼応し、何処からともなく低い声が響いた。
「な、何だ今の声!?」
ネルは慌てた様子で、辺りを見渡す。
「ネル先輩、目を離さないで下さい。これからがあのオーパーツの、本当の力です」
突然アビ・エシュフの右腕がガタガタと震え始めたかと思うと、穴から大量の配線とホースが蛇のように飛び出して来た!それらはニョロニョロと少年の両腕に巻き付きつつ、機関砲の各部品を次々と引き剥がし、これも少年の腕に組み付け始める。
そして数十秒後。少年の二の腕にはアビ・エシュフの機関砲が一門ずつ、装着されていた。尋常ではないその光景に、ネルとエンジニア部は勿論、彼の正体を知っているトキですら、開いた口が塞がらなかった。
「…消えろ!」
少年は右手の砲門をネル達に向けた。銃撃に備え、ネルとトキ、アバンギャルド君は急いでその場から散開する。そしてその直後―
『なっ……!!!』
砲から放たれたのは弾丸の雨ではなく、血のように赤い、極太の光線だった。金切声のような轟音を伴い、光線はトキ達の背後にあったビルに一瞬にして巨大な風穴を開けた。ビルの破壊で生じた熱風が、トキ達をびゅうびゅうと煽る。
「おいおいおい…!どういうことだよ、トキ!?あの銃はマシンガンだろ!?なんであんなデッカいビームが出て来るんだ!?」
目を丸くするネル。だがトキも状況が飲み込めていないようで、苦しい表情で首を横に振るだけだ。
「手負いとはいえ、手練れを同時に複数相手にしているんだ。この程度の火力は必要だろう?」
すまし顔で、少年はトキ達に歩み寄って行く。
「そこの小柄な女。先程お前は『喧嘩なら相手になる』と言ったな?これが、俺の喧嘩のやり方だ。手段は問わず、力で圧倒し、捻り潰す」
少年は再び砲を構える。
「喧嘩の売り買いが成立した以上、お前達には最後まで付き合って貰うぞ。俺がお前達を潰すか、お前達が俺の首を掻っ切るか、それとも決着が着く前にこの都市自体が消滅するか。クククッ…!いずれにせよ、眠気覚ましには誂え向きの喧嘩だなぁッ!!」
今度は光線がネルを集中して狙って来た。
「上等だオラァッ!!!」
ネルは光線の連撃を躱し、お返しとばかりに引き金を引く。しかしネルが発砲した瞬間、少年の全身が陽炎のようにぼやけ始めた。更にその肉体は輪郭を曖昧にしたまま、その場でゆっくりと小躍りのような動きを見せる。奇妙奇天烈そのものな光景だったが、放った弾丸が少年に一切命中していないことから、ネルはその意味を直ぐに悟った。
(まさか、全部避けたってのかよ…!?)
「ウタハ先輩!援護を願います!」
「はじめましての言葉がそれかい、トキ?だけど了承したよ。アバンギャルド君Mk.2、アタックフォーメーション!」
「はい!ガトリングガンの給弾回路を解放します!」
「撃てー!」
ネルに続き、トキ、アバンギャルド君が発砲する。計4つの銃口から放たれる弾幕はしかし、ネルの時と同じ要領で全て躱されてしまった。
「なるほど、これは面白いな。都市の機能を一点に集約することで、ありとあらゆる攻撃を事前に予測し、回避と防御の道筋を瞬時に導き出す…か。中々良い物を喰わせてもらったぞ」
その言葉で、トキとネルは嫌な汗が全身から噴き出すのを感じた。
「おいトキ!今のはつまり、そのパワードスーツの機能をアイツに全部盗られちまったってことで良いんだよな!?」
飛来する光線を次々と躱しながら、ネルが叫ぶ。
「そうとしか、考えられません…!兎に角今は回避に集中を!直撃すれば全身が一瞬で蒸発します!」
「んなことわーってるよ!さて、どう倒したモンだろうなぁ!?マジのチート野郎だぜ、アイツ!!」
トキは奥歯をグッと噛み締めた。考え得る限り最悪の状況だ。都市の電力がダウンしている上、システムも丸ごと引っこ抜かれている以上、アビ・エシュフはもうエリドゥのバックアップを受けられない、ただのパワードスーツだ。おまけにネルも傷だらけで、アバンギャルド君もまともな武装が残っていない。このまま戦っても、直ぐに力を使い果たし、あの光線に骨まで焼かれてしまうだろう。
「せめてリオと通話が出来れば…」
藁にもすがる思いでそう呟いたその時
『トキ、ネル、エンジニア部!聞こえるかしら!?私よ、リオよ!』
突然無線にリオの声が入った。
「リオ、だぁ!?なんでリオがあたしの無線使えるんだよ!?」
思わぬ乱入に、ネルが上ずった声を漏らした。
『緊急用の回線を無理矢理繋いだわ!エリドゥのメインシステムからは完全に独立しているから、無効化されたりハッキングされることは決して無いわ!』
「ということはやはり、あの少年をアビ・エシュフで拘束した時、要塞都市のシステムを全て奪われてしまったんだね?」
ウタハからの問いに、リオは『そうよ!』と答える。
『あれが始まりの名を冠する王子の持つ、観測不可能領域の力よ!まさかエリドゥの全システムを吸収して使いこなす上に、アビ・エシュフの武装を変質させられるエネルギーまで残っていたなんて…!』
「おいリオ!あたしらが欲しいのはそんな訳の分かんねぇ情報じゃなくて、あのチビをブチのめすための情報だ!冷やかしに来ただけなら…」
『分かっているわ!状況は極めて悪い、だけど王子がエリドゥのシステムを流用している以上、必ず弱点はある!けれどその前にウタハ!貴女達はこれから指定する座標にアバンギャルド君を向かわせてちょうだい!』
「それはこの戦闘から離脱してでも従うべき指示なのかい?」
『アバンギャルド君の予備パーツとメンテナンス作業用のAMASをそこに向かわせているわ!私も遠隔で手伝うから、皆でアバンギャルド君を直すのよ!』
リオにやや懐疑的な目を向けていたウタハだったが、それを聞き、後輩達と共に目を輝かせた。
「それならば善は急げだ!だけど、ただ何もせずに引き下がるのは忍びない。コトリ、ヒビキ、最後に”あれ”をやろう!」
「その言葉を待っていたよ、部長!ディジェネレーションミサイル、全弾発射!!」
ヒビキがそう叫んだ瞬間、マキのグラフィックで彩られた胸部が展開し、中から4門の砲門がせり出して来た!更にその砲門から、真っ黒に塗装がされたミサイルが勢いよく射出され、少年に向かって飛んでいく。
『ま、待ってちょうだい!その武装は一体…』
「説明しましょう!このアバンギャルド君Mk.2に搭載されたディジェネレーションミサイルはレールガンに次ぐ宇宙戦艦の主力兵装であり、内部に超高圧で圧縮された人工ブラックホールの力により目標を分子レベルで分解することが出来る……ことを予定している、今のところは何の変哲もないただのミサイルです!」
コトリが説明をしている間に、ミサイルの幾つかが光線による迎撃を潜り抜け、少年の周囲に着弾した。爆炎が巻き上がり、目隠しのように機能する。
「よし、あとは頼んだよ!」
そう言い残し、エンジニア部は颯爽と去って行った。
『…取り敢えず離脱には成功したようね。ネル、今の内にアビ・エシュフの防衛システムの弱点を共有しておくわ。良く聞いてちょうだい』
「おう、手短に頼むぜ」
『分かったわ。アビ・エシュフの回避システムはエリドゥの電力と演算処理によって成立している。つまり、その処理を超えた攻撃までには対処ができないの』
「なるほどな…じゃあさっきおでこが言ってたことは間違って無かったってことだな!大したヤツだぜ!」
「おでこって誰かしら…?」と思いながらも、リオは続ける。
『それだけじゃないわ。さっきまでアビ・エシュフで機能していたシステムは、あくまでアビ・エシュフの動きのパターンに最適化されたもの。それを他のデバイスで流用しても100%のパフォーマンスを引き出すことは出来ない。取り込まれたシステムが王子の動きに最適化されていないと仮定した場合、これらから導き出される解は…』
「このままシステムに頼っていれば、いずれ綻びが生まれる。そうですね、マム?」
『ご名答よ、トキ。その上で、二人には次に指示する座標まで王子を誘導して欲しい。ここならきっと、王子を止められるわ』
「了解したぜ、リオ!へへっ、何だかゲームのレイドボスを相手してるみたいになって来たな!」
『れ、レイドボス…?』
「あ?オンラインゲームとかやったことねぇのか?レイドボスってのは…」
しかし次の瞬間、ミサイルの残した黒煙の中から光線が襲い掛かって来た。
「っと、無駄話してる場合じゃなかったな!行くぜ、トキ!!」
「言われずともです。C&Cとして、共に勝利を」
『ナビゲーションは私に任せて。到着したら作戦の方を共有させて貰うわ』
その会話の後、トキとネルは横目で互いの顔を見る。そして息が整っていることを確かめ合った後、再び王子へと突撃していった。