リオの指示に従うこと数分後。2人はタワー付近の一角にある大きな交差点に立ち、荒く短い息を上げていた。
「ここで…良いんだなリオ…?」
『えぇそうよ。本当に良くやってくれたわ』
「へっ、会長様にそう言ってもらえるとは、鼻が高いぜ」
流石に体力の限界を感じているが、それでもネルは強がって軽口を叩いてみせた。後輩が傍にいる手前、部長として情けない姿は万に一つも見せる訳にはいかない。
「リオ、私も頑張りましたよ。私にもお褒めの言葉を頂けると嬉しいです」
『…?そ、そうね、トキも良くやったわ。ありがとう』
急に気の置けない態度を見せたトキに戸惑いつつも、リオはトキにも労いの言葉を送る。3人でそんなやり取りをしていると
「ようやく足を止めたな。気力を使い果たしたか、それとも何か策があってのことか?」
炎上するビルを背に、武装した両腕を仰々しく広げながら、少年が歩み寄って来る。しゃなりしゃなりとした足取りは、まるで獲物ににじり寄る猫のようだ。
『来たわね。それじゃあ、作戦開始よ』
リオの言葉に、2人は少年に気付かれぬよう小さく頷く。そして
「てめぇの言う通りだよ。あたし達はもう疲れちまった。このまま戦ったって、どう転んでも勝ち目はねぇ。だから、ここで降参だ」
ネルは疲れた顔でそう言って、自分の銃を投げ捨てると、両手を上げた。
「私も降参です。ばんざーい」
ネルに続き、トキも恐ろしい棒読みで降伏を告げ、左腕の機関砲を捨てた。更に「プシューッ!」という排気音と共に、肩の主砲が本体から分離する。突然の行動に、少年はぴたりと足を止めた。
「…ふん。手前の言う通り、というのはそういうことか」
少年は無防備な二人に容赦なく光線を浴びせる…のではなく、何かを察知したかのように、徐に夜空を見上げた。その直後
『要塞都市エリドゥ、非常用電力により復旧しました。要塞内の脅威に対し、残存する設備、及び各防衛システムを特化運用。これより要塞都市オーナー、調月リオ立案の「ヨーヨー作戦」の遂行をサポートします』
機械音声が響き渡ると共に、光を失っていた周囲の建築物全てに、灯りが戻った。周囲のビルから降り注ぐ照明が、交差点を煌々と照らし出す。そして
『アバンギャルド君、目標ポイントへ到着しました。輸送ドローンとの接続、解除。直ちに迎撃を開始します』
瞬間、巨大な影と地響きが周囲を包む。交差点のど真ん中にド派手に着地したアバンギャルド君は、土埃の中で、ゆっくりとそのシュールな頭部を持ち上げた。
『やあやあ少年、さっきぶりだね。いや、ここはアリスのお兄さんと呼ぶべきかな?』
『ふっふっふ…!今度はさっきのようには行きませんよ!』
『先輩達に替わって、今度は私達が相手だよ~』
4本あるマニピュレーターの内、左の上腕に握られた巨大な拡声器から、愉快な3人組の声が轟いた。
「尻尾を巻いて逃げたのは、そういうわけか。武装が復活したのはめでたいことだが、その鈍重な体で今の俺に正面から喰らい付けるのか?」
次なる獲物を前にし、少年は余裕綽々といった具合で首を鳴らした。
『それは試してみてのお楽しみだよ、アリスのお兄さん。この「オーパーツ迎撃特化兵器 アバンギャルド君Mk2.5 街区高速走行仕様」が君のご期待の添える出来だと分かれば、修理を担った私達としても嬉しいものがあるからね』
煽ったつもりが、逆に軽口で返された少年は、不敵な笑みを浮かべる。
「ならば、早速試してくれる!」
少年は一切の容赦なく、アバンギャルド君に光線を放つ。
『早速来たね。シールド展開!』
瞬間、アバンギャルド君の盾に直撃した光線の先端が幾重にもなって分散し、まるで巨大な線香花火のように周囲を照らし出した。アバンギャルド君自身も、自分を包む高熱など何のこれしきといった具合で、文字通り顔色一つ変えず、盾を勇ましく構え続ける。
「止めた…だと!?」
ご自慢の光線を真正面から受け止められ、少年はそこで初めて、驚愕と動揺の混じった声を漏らした。
『おぉおお!!本当に止めましたよ!リオ会長の言ってた「大気圏突入時の摩擦熱にも耐えられる盾」というのは本当だったみたいです!』
『この素材を外殻に使うことが出来れば、私達の宇宙戦艦建造計画もかなり前に進んでくれるはずなんだが…』
『会長が学校のお金を横領して作った贅沢品だもんね、これ。同じもの作ろうとしたら多分一年分の予算全部使っちゃうと思う』
『…貴女達、作戦は忘れてないわよね…?』
灼熱地獄の中、拡声器からそんな能天気なやり取りが聞こえて来る。良くも悪くも、どこまでもマイペースな生徒達である。
『勿論だよ、会長。それじゃあ、このまま突撃だ!』
『シールドアサルトー!!』
『あ、ズルいです!私がそれ言いたかったのに!』
アバンギャルド君のキャタピラが高速回転し始める。一体どんなギアシステムを積んでいるのか、アバンギャルド君は光線の圧力に抗うどころか、光線をブルドーザーのように押し退けながら、凄まじい勢いで少年へと突撃していった。
「正面は無理か…!」
正面突破は出来ないと判断した少年は射撃を中止し、地面を蹴って後方へと下がる。
『今です!一斉掃射ーッ!!』
『
『あ、そうでした…』
いまいち締まりのないやり取りとは裏腹に、アバンギャルド君はコトリの指示に従い、最後まで残っていたガトリングと、装備し直した手持ち式のマシンガンを怒涛の勢いで乱れ撃った。少年は弾幕を躱しつつ、迫るアバンギャルド君から距離を取り続ける。
(少しはやると思ったが、結局は馬鹿正直に突っ込むだけか!ならば対処は容易い…!)
幸いこの都市から奪った「知能」で、敵の攻撃は全て手に取るように分かる。正面からの攻撃が通用しないなら、隙を見て背後から攻撃を叩き込めばいいだけのことだ。
(”道”が見えたぞ、これで終いにしてくれる…!)
知能が、弾丸を躱しつつ、アバンギャルド君を飛び越える形で背後に回り込む道筋を示した。それに従い、少年は下がるのを止め、踏み込もうとする。しかし
(なん…だ…!?)
足がもつれた。人間離れした脚力を持ち、知能の示す茨の道をすいすいと踏破して来た両足が突然、絡まるようにもつれたのだ。
(体制が、不味い…!)
しかし頭では理解していても、一度バランスを大きく崩した体を元に戻すのは流石の少年でも不可能だった。少年はふらふらと千鳥足で後退りを始める。
『計算通りバランスを崩したわ!今よアバンギャルド君!!』
『分かっているさ、会長!最後は3人で決めるよ!!』
『はいッ!!』
『それじゃあ息を合わせて…!』
アバンギャルド君は再度盾を構え、少年へと闘牛のように突撃する。そして
『アバンギャルド君、オーバードアッパーカァァット!!!』
エンジニア部の渾身の叫びの通り、アバンギャルド君は先程までのお返しと言わんばかりに、盾を用いた無慈悲なアッパーを少年に叩き込んだ!
「がぁっ…!?」
アバンギャルド君自身の重量がこれでもかと乗った渾身の一撃は「オーバード」の名に恥じず、少年の全身を空へと高く高く打ち上げた。凄まじい加速の圧により、少年はなす術無くエリドゥの上空を舞う。そして付近の高層ビルの屋上に届くか届かないかの高さで上昇が止まったその瞬間
「よう、チビ助。空中散歩は楽しんでるか?」
ビルの屋上から突然ネルが顔を見せた。ネルは少年が落下を始めたの確認すると、なんとビルから当然のように飛び降り、眼下の少年に銃口を向けた。
「コールサインダブルオーの特大サービスだ!ありがたく全弾喰らっときな!!」
「クソッ…!」
少年は慌てて砲を構えるが、その前にネルの弾丸が少年の身体を捉えた。重力の乗った弾丸は少年の纏う病衣に次々と風穴を開け、小さな全身に容赦なく食い込んでいく。
射撃を始めて数秒後、銃声が止み、代わりにカチッ、カチッ、という弾切れを示す短い音が鳴る。
「…チッ、弾切れか」
全ての弾丸を撃ち尽くしたネル。しかし少年はネルに反撃を行うことは無く、大の字状態で力無く地面に吸い込まれていった。どうやら意識を失ったらしい。
「もう少しぶちのめしてやりたかったのによ。ま、いいや。あとは頼んだぜ、トキ!」
ネルがそう叫んだ瞬間、彼女が飛び降りたビルの一角の窓ガラスが割れ、トキがそこから飛び出した。
「ありがとうございました、ネル先輩。あとは私にお任せください」
ネルに近づいたトキはアビ・エシュフでネルを掴むと、近くのビルの屋上に彼女をそっと投げ飛ばした。ネルが無事に着地したことを確認したトキは身体の向きを変え、今度は落下を続ける少年へと腕を伸ばす。
(幾らエリドゥのシステムを取り込んだとしても、空中でそれを発揮することは出来ない。今度こそ、終わらせる!)
だがしかし
「…甘いぞ」
力無く落下していた少年が突然、迫るトキに向かって砲を向けた!しかしトキはその射線から身を躱すことなく、そのまま少年に腕を伸ばし続ける。少年と同様に、仮にエリドゥの支援を受けていたとしても、空中でアビ・エシュフはその機動力を十分に発揮することが出来ないからだ。
「先程の戦いから、貴様が最後に来ることは予想出来ていた。貴様と、その武器を破壊すれば俺を無効化することはもはや叶うまい。今度こそ、消えろ!」
少年は全てを読んでいた。最初の会敵時に、トキが自分を物理的に破壊するのではなく、自分に”何か”を流し込もうとしていたことから、「とどめには必ずコイツが来る」と予め予測し、気絶した振りをし、トキを誘い込んだのだ。意気揚々と構えた砲が赤く染まり始める。しかし
「やはり、気絶した”フリ”でしたか」
砲を向けられたにもかかわらず、すまし顔でそう呟いたトキに、少年は目を丸くした。その瞬間
〈光よ!!〉
少年の良く知る、しかしそれよりもずっと明るくて朗らかな声が、彼の耳を微かに撫でた。
(今の、声は…)
だがそれを確かめる間もなく、少年は突然真横から飛来した光線の直撃を受けた!
少年を捉えた光の渦は彼の全身を焼き、両腕の砲を粉々に砕きながら、轟音と共に少年をアスファルトの地面に再び叩きつけた。衝撃で、周囲に砂埃が立ち昇る。
「目標の無効化を確認。リオ、援護射撃をありがとうございます」
土埃の中に飛び降りたトキは、その中心でアスファルトにめり込んだ状態の少年を発見すると、タワーにいるリオに無線を飛ばした。
『やったのは私じゃないわ。お礼なら、えっと、アリスに…言ってちょうだい』
「…そうでしたね。…アリス、ありがとうございます」
トキは遠慮がちに、目覚めたアリスに礼を告げた。リオの命令だったとはいえ、自分もアリスを傷つけた加害者なのだから。
『どういたしましてです!アリス、先輩達の力になれて嬉しかったです!』
しかしアリスは自分に対する恨み節など一切吐かず、純粋に先輩達の力になれたことを喜んでいた。その無邪気さに、トキは殊更に罪悪感を募らせる。
「おい、後輩。美味しいところ持っていかれたからってウジウジしてんじゃねぇ。さっさとアイツにトドメさすぞ」
砂埃が晴れ始めた時、ビルから早くも降りて来たネルが歩み寄って来た。
「…そうですね」
トキはネルに見守られながら、少年に腕を伸ばす。ネルの特大サービスに加え、光の剣の直撃を受けた少年は今度こそ意識を失い、クレーターのように窪んだアスファルトにその身を預けていた。
「これより凍結シーケンスを開始します。通信回路、再接続」
アビ・エシュフの指先が少年の薄い胸に添えられる。
「到達確認。続いてミスター・フリーズの強制インストールを開始。感染完了まであと40秒」
デバイスの発光が著しく強くなる。あとはこのままウイルスが感染するのを待つだけ…そう安堵したのも束の間
「…う。ぐッ、全身が冷たく…!?な、なんだ、この感覚は…!?」
少年が目を覚まし、体を激しく動かして悶え始めた。トキとネルに強い緊張が走る。
『効いているわ!インストールを続けてちょうだい!』
『分かっています、マム』
冷静な声色とは裏腹に、トキの額に冷や汗が伝う。
「あと30…」
「司祭共、何とか、しろ…!」
もがく力が弱まり始める。
「あと20…」
「し、司祭共、なんだそれは…?それは、俺の…?」
力が更に弱まるのを、トキは感じた。
「…ッ!?や、止めろ…!そ、そんなものに俺の肉体を預けるなど…!止めろッ!手を放せ!今湖に戻れば、俺は俺で無くなる…!」
少年はうわ言のように、支離滅裂な事を口走り始める。
「インストール完了…」
トキは少年からそっと離れる。
「謀った、な…司祭共…」
その言葉を最後に、少年は静かに項垂れ、動かなくなった。