アリスの抹殺計画が失敗し、仲間達と学校に戻ったリオはその後、エリドゥの管理をヒマリに任せた上で、横領とアリスのヘイローを破壊しようとしたことの反省として、いつも後輩の一年生が放り込まれている反省部屋に入ることになった。
そうして再びミレニアムに籍を置くことになって数日後のこと。
「……」
こじんまりとした部屋の中で、リオは電気も付けず、部屋に置かれたソファの上にうずくまるようにして座っていた。
(私は、どうしてこんなところに…)
ミレニアムに帰ってから、生活に不自由な部分は無い。勿論横領やその他諸々のことについては、ユウカを含めた多くの仲間達からこっぴどく叱られたが、逆に言えば自分のやらかしについてそれ以上強く言及されることは無く、敵対したC&C、エンジニア部、ヴェリタスの者達も時折この反省部屋に顔を出して、何かと世話を焼いてくれている。トキに至っては自分のせいで人殺しの共犯者になりかけたというのに、今でも朝昼晩の食事を欠かさずに作って持って来てくれる。同じC&Cの仲間達とも関係は良好のようだ。
全てが、丸く収まった。アリスの中にあった脅威は排され、その最中に乱入してきた、彼女の兄の無効化にも成功した。全て、自分を止めようとしてくれた仲間達のお陰だ。
でも、だからこそ。リオは己の独善と身勝手で仲間達に多大な迷惑をかけたことへの罪悪感を拭いきれずにいた。
(あの時、全てを捨てて逃げていれば…)
リオは膝をぎゅっと抱え込む。あの時、セミナーの会長としての立場を捨て、責任と言う名の罪悪感に任せて、皆の前から姿を消していれば、こんな風に悩み苦しむことは無かったかもしれない。
(アリス…)
それでもリオが逃げなかったのは、自分を信じて協力してくれた仲間達と、アリスの存在があったからだ。
トキは勿論のこと、「お前の力が必要だ」と発破をかけてくれたヒマリ。自分のせいで満身創痍になったのに、そのことに文句ひとつ吐く事無く戦ってくれたネル。最初こそ疑問の目を向けていたものの、同じ技術者としての腕の見せ所が来たと分かった途端、そんな柵なんて最初から無かったかのように共にアバンギャルド君を修理して、その操縦まで担ってくれたエンジニア部。
そして最後の最後の布石として「今から指定する目標を狙撃して欲しい」という、恨んで然るべき相手からの突然の依頼を快く受け入れ、光の剣を握ってくれたアリス。
彼女達と共に戦っていたあの時の自分は、良い意味で自分が自分で無くなったかのような高揚感と、独りで戦っていた頃には決した抱くことが無かった安心感があった。
(忘れなさい、調月リオ…。あの時の私はどうかしていたわ…あんな非合理的な感情、私が抱いてはいけないもの…)
ただでさえ「ミレニアムに戻る」という
そう誓い直し立ち上がったその時
「失礼します」
扉が開き、小さな影が部屋の中に入って来た。
「こんにちは、リオ先輩」
部屋を訪れたのは他でも無い、自分に殺されかけたアリス本人だった。思わぬ訪問者に、リオは立ち上がったまま、その場で石のように固まってしまった。
「あ、もしかしてお昼寝していましたか?」
部屋が暗いのと、リオが腫れぼったい目をしているのを見て、アリスは彼女が昼寝していたと勘違いをした。
「い、いいえ。起きていたわ…最近少し寝不足気味で…」
ついさっきまで涙を流していたせいで目を腫らしているのを、リオは寝不足のせいにした。実際、寝る前にこれからの事をぐるぐると考えてしまうせいで、リオはこの部屋に入ってから良く寝付くことが出来ていなかった。
「そう、だったんですね…」
上手い返しが出来ず、アリスはそこで黙り込んでしまった。気まずい沈黙が、暗い部屋に漂い始める。
「アリス、私は、貴女を…」
沈黙を破ったのは、リオだった。許してもらおうなんて、これっぽっちも思っていない。彼女がここに来た理由も、分からない。だけど、こうして会いに来てくれたのだ。せめて、謝罪の言葉だけは、伝えておきたかった。
「…ごめんなさい、リオ先輩。アリスは先輩に謝って欲しくて、ここに来た訳では無いんです。だけど、先輩の顔を見たら上手く話すことが出来なくて…」
リオはハッとした表情で、困った笑顔を浮かべているアリスを見下ろした。
「アリスは、リオ先輩にお礼を言いに来たんです。アリスを仲間にしてくれたこと、アリスの事を、信じてくれたことに」
「仲間…?そんな訳無いわ…私は私自身の選択で貴女を…」
「いいえ」と、アリスは首を横に振った。
「リオ先輩はもう仲間です。何故なら、目を覚ましたアリスにあんな言葉をかけてくれたんですから」
「あんな、言葉…?」
「あれ、覚えていないんですか?」と、アリスは小首を傾げた。
「『突然だけどアリス、貴女にお願いがあるの。貴女のレールガンに、この都市に残った全ての電力を充填するから、今から指示する標的をこのタワーから狙撃して欲しいの。貴女にしか、出来ないわ』。あの時、リオ先輩はアリスに確かにそう言ってくれました!」
少しくすぐったそうにリオの口調を真似するアリス。対するリオは
「そんなこと、言ったかしら…?」
と呟きながら、眉をひそめた。あの時は作戦を成功させるのに必死で、自分がトキ達とどんなやり取りをしていたかすら記憶が朧気だ。
「アリス、全然知りませんでした。アリスにお兄さんがいて、そのお兄さんが魔王としてのアリスを救い出そうとしていたなんて。だけど…」
アリスはそこで、自分の拳を胸元にそっと添えた。
「あの時、アリスは嬉しかったです。アリスを倒そうとしていたリオ先輩が、アリスを倒す為に作った都市のエネルギーを全て託してまで、アリスのことを信じてくれた。まるでストーリーの最終盤で、主人公とライバルが協力してラスボスを倒す展開みたいで、アリスは本当に胸が熱くなりました!」
アリスは優しく微笑みながら、リオの冷たい手をそっと握った。
どくん、と、鼓動が高鳴る。握られた手を伝って来る柔らかな温かさは、ただのロボットからは決して得られない、命が生み出す温もりだった。
「リオ先輩、アリスは全部知っています。先輩がキヴォトスを守るために、誰よりも頑張っていたこと。確かにやり方は少し間違っていたのかもしれません。けど、だからといってそれは先輩の頑張りや、先輩そのものを否定するものではありません。そのことを、皆分かっています」
震え始めたリオの手をより強く握って、アリスは続ける。
「だから、リオ先輩。私から先輩に、お願いがあります。どうか自分を許してあげて下さい。これだけは、勇者の力も、回復魔法も、復活の呪文も効果はありません。 リオ先輩自身の力で、克服しなければならないのです」
「自分を、許す…?」
「そうです」
アリスは小さく頷くとリオの手を離し、彼女から数歩程距離を置いた。
「もう一度、お伝えしたいと思います」
一つ一つを噛み締めるように、アリスは言葉を紡ぐ。
「短い時間でしたが、アリスはリオ先輩と一緒に戦えて、本当に嬉しかったです。トキ先輩も、チビメイド先輩も、エンジニア部の皆さんも、その想いは一緒です。だから誰も、先輩を恨んでなんかいません。C&Cの皆さんも、ヴェリタスの皆さんも、ユウカも、ノア先輩も、勿論私達ゲーム開発部も、それは同じです。皆、リオ先輩の復活を、心から望んでいる人達です!」
宙ぶらりんになっていた掌に、熱いものが落ちた。
(私、泣いて…)
その涙は、リオの赤い瞳から自然と零れ落ちていた。アリスの最後の言葉が、リオの感情を塞き止めていたものを、壊してくれたのだ。
「う…うぅ…」
リオは膝から崩れ落ち、静かに嗚咽を漏らし始めた。
責任とか、罪悪感とか、罪に対する向き合い方とか、そんなもので自分を律することなど、最初から出来なかった。弱い自分を認めて、自分で自分を許すこと。そして、そんなありのままの自分を曝け出せる仲間達がずっと傍にいたという事実。それが、今のリオが最も必要としていたことだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい…!私は、私は…!」
リオは小さな子供のように顔をぐしゃぐしゃにしながら、「ごめんなさい」と連呼し続ける。それはアリスだけでなく、不甲斐無い自分自身への謝罪と許しでもあった。