1話 凍結された王子
「邪魔するぜ~」
ネルは自動ドアを通り、集合場所であるエリドゥのセントラルタワーの管制室へと足を踏み入れた。部屋には既に先生、ゲーム開発部、ユウカ、ヒマリ、そしてリオがいた。
事件が収束してから2週間が過ぎた。アリスの協力もあってボロボロだったリオのメンタルは快復に向かっており、ユウカやノアの許しが下りた場合のみ反省部屋から出て自由に過ごすことが出来るようになった。その際にはスマホを持ち出すことも可能だ。
アリスによってゲーム部の部室に引きずり込まれ、やんややんやと騒ぐモモイ達と共に徹夜でゲームをしたり、トキが新たな仲間として加わったC&Cと共に映画を観に行ったり、仲間達もリオのメンタルケアに積極的に加わってくれるお陰で、リオの胸中はかなり澄んだものになっていた。
そんなリオの状態を見たヒマリが、「そろそろあの少年について詳しい事を聞きたい」と申し出て来たのは、つい昨日のことだった。
「うぃリオ、元気そうでなによりだぜ」
「こんにちは、ネル。貴女もいつも通り元気ね。足はもう大丈夫なのかしら?」
ネルと軽く挨拶を交わしたリオは、包帯が巻かれたネルの両足を見下ろした。
「あぁ。流石に走ったりジャンプしたりは厳しいけど、それでもマトモに歩ける位には回復したぜ。トキの怪我もだいぶ良くなってるしな。あ、そういやそのトキなんだが…」
「えぇ、本人からモモトークで聞いているわ。今日はC&Cでボーリングに行っているんでしょ?」
リオは自分のスマホを取り出すと、トキから送られて来た、ボーリング場を背景にトキ達がピースサインをしている集合写真を見せた。
「な~んだよトキのやつ、わざわざ伝言貰ってやったってのに…」
「急に予定をねじ込んでごめんなさい、ネル。貴女も行くことになっていたんでしょう?」
「気ぃすんな。別にボーリングなんていつでも行けんだからさ」
申し訳なさそうな顔をするリオに、ネルは歯を見せて笑う。またこうして、リオと普通の友人として何気なく会話出来るのが、ネルも嬉しかった。
「…さて、そしたらこれで、今日集まれる人は全員集まったわね」
リオはそう言うと、この中で一番付き合いの長いヒマリに歩み寄った。
「ヒマリ、先ずはお礼を言わせて。私が反省部屋に入ってから、色々面倒事を引き入れてくれて本当にありがとう」
ヒマリはくすりと笑った。
「あれから、一人の人間として随分成長したようですね、リオ。かつての貴女なら『私の代わりを務められるのはヒマリしかいないわ。だから貴女が頑張るのは当然でしょう?』くらいのことは当然のように言って来たというのに」
「…そんなパワーハラスメント紛いのこと、流石にしないわ」
その返答に、ヒマリはまたくすりと笑う。
「ユーモアのセンスも、多少はマシになったようですね。まぁ、私には遠く及びませんが」
「…早く本題に入りましょう。貴女達の時間を貰っているのは他でも無い私の方なのだから」
「えぇ、えぇ、そうでしたね。それではお望み通り、後のことは貴女に任せるとします」
そう言って、ヒマリはスッと身を引く。彼女の背後では、以前アリスを繋いでいた椅子に座らされたあの少年が、四方を分厚いアクリル板で囲まれた状態で安置されていた。
「先ずは、彼の来歴を簡単に説明するわ。モニターに注目して」
リオが自身のタブレットに触れる。すると暗転していた部屋の大きなモニターに電源が入り、一枚の写真を映し出した。
「この写真って、私達がアリスを見つけた、あの廃墟…?」
画像に対してそう呟いたモモイに、リオは「そうよ」と告げる。
「この少年はゲーム開発部がアリスをかいしゅ…いいえ、アリスと出会った後、私がAMASを用いて行った極秘調査にて発見したものよ。AL-1Sとしてアリスが保管されていたあの部屋の更に奥深く、アリスのそれよりもずっとボロボロで崩壊寸前の部屋に、彼は今と同じように保管されていたわ」
画像が切り替わる。次に映ったのは、少年が保管されていたという廃墟の一室だった。隅には「廃墟最奥 LE-Y9発見場所」と書かれてもいる。
「このLE-Y9って、この子の名前なんですか?」
それを読んだユウカがそう尋ねる。
「そうね。アリスと同様、彼にも型式番号としての名が付けられていたわ。この名の意味も含め、私は彼をエリドゥに収監した後、徹底的な調査を行ったわ。その結果、彼の体内にはとんでもないものが存在していたことが分かったの」
(とんでもないもの…!)
その言葉に、モモイは思わず体を強張らせた。妹であるアリスがキヴォトスを滅ぼす力を秘めているのだから、兄である彼には、一体どんな能力が備わっているというのだろうか。モモイはタブレットを操作するリオの指先を固唾を飲んで見守る。
「彼に内在するもの。その一端が、これよ」
リオがそう告げた途端、モニターが真っ暗になった。身構えていたモモイは、拍子抜けしたその光景に、目をぱちくりさせる。
「…へ?何も映ってないよ?」
「えぇ、そうよ。だって、映すことが出来ないんですもの」
リオが再びタブレットを操作する。すると今度は真っ暗の画面の中央に「Unobservable area」と赤い表示が浮かび上がった。
「観測不可能領域、仮称:LAKE。彼の体内には、まるで小さな宇宙が押し込められているかのような、極めて広大なデータバンクが存在していたの。彼は一万エクサバイトにも及ぶエリドゥの防衛システムを取り込み、それを当然のように使いこなした。この時点で、彼には都市を機能させる程の膨大なデータをダウンロードしても問題なく活動出来るだけの容量が存在していることになるわ。仮にキヴォトス中のスーパーコンピューターをかき集めた上で数百年という時間を要したとしても、解析は全体の0.0001%に届くかどうか、と言ったところね。観測不可能、というのはそういうことよ。これだけ広大な領域だから、奪われたエリドゥのシステムはもはや探知することすら不可能だわ」
「それは確かに、とんでもないね…」
モニターに映ったものの意味を知り、モモイは軽く身震いをした。
「それだけじゃねぇよな?コイツはアビ・エシュフのマシンガンをパクってバカみてぇな威力のビーム砲にしやがった。それも、このレイクとかいうヤツの仕業って訳か?」
「そうね」と、リオはネルに相槌を打つ。
「これはあくまで推測だけど、LAKEにはデータだけでなく、物理的に出力できるエネルギーすら取り込み、さらにそれを用いて物体を変質させる力まで備わっている可能性があるわ。あの時、アビ・エシュフの機関砲が大出力のレーザーガンとして機能していたのは、そうとしか考えられない。それに、それだけのエネルギーが既に貯め込まれているのなら、彼は食事を摂ることは勿論、ロボットのように電力を供給する必要すら無いんじゃないかしら」
「えぇ…!?それじゃこの人、アリスちゃんよりもずっと強いんじゃ…」
「…ミドリの言う通りよ。少し角の立つ言い方になるけど、単純な戦闘能力やスペックを比較すれば、アリスは彼の足元にも及ばないわ」
「そ、そんな…!それじゃあアリスは勇者失格ですか…!?」
「そ、そんなこと無いよ…!アリスちゃんにはアリスちゃんの強さがあるんだから…!」
あわあわするユズとアリスを前にし、リオは「角が立つって断りは入れたはずなんだけど…」と申し訳なさそうな顔をする。アリス達との触れ合いでコミュニケーション能力は格段に成長しているリオだったが、それでも正確なデータや事実を示そうとしてデリカシーの無い発言をしてしまうのは相変わらずのようだ。
「でもそれだけの力があるのに、どうしてこの子はアリスちゃんの中にいたKeyを抽出しようとしていたんですか?わざわざ助け出そうとしたってことは、この子にはキヴォトスを滅ぼせる力が無かった、ということですよね?」
「流石はユウカ、鋭いわね」
リオに褒められ、ユウカは照れくさそうに頬を掻いた。幾ら多額の横領をされたとは言え、やはり先輩に良く見られると言うのはユウカも嬉しいようだ。
「彼とアリスの身体組織を調べた結果、基本的な構造に差異は殆ど見られなかったわ。以前のKeyの発言と照らし合わせてみても、やはり彼はAL-1Sの先行型として、無名の司祭によって作られたオーパーツと見て間違いないわ」
「だったら、どうして…」
また、画面が切り替わる。次に映し出されたのは、トキ達が繰り広げた、少年との激闘の数々だった。
「彼とアリスの一番の違い。それはヘイローの有無と、その性別よ。これも推測の域を出ないけれど、司祭達は彼を純粋な兵器、或いはAL-1Sの先駆けとしか見てなかったんじゃないかしら。だから私達のような姿では無く、少年としての器を選んだ。自分達の崇拝の対象には決してなり得ない、それこそオートマタやAMASのような、戦闘を目的としたただの機械として利用する為に」
「ただの、機械…」
ここまでリオの言葉を静かに聞いていた先生が初めて、口を開いた。先生は皆から離れ、背後に安置された少年に歩み寄る。
「……」
先生はそっと、彼を囲うアクリル板に手を添えた。先生を追いかけて来たゲーム部の面々がそれに倣い、まるで子供が動物園の動物を見るかのように中を覗き込む。
「アリスのお兄さん、ボロボロです…」
戦闘が終わって直ぐ此処に繋がれたのだろう、少年は身体中埃だらけ傷だらけで、頭髪も鳥の巣の乱れに乱れていた。着ている病衣だけは真新しいものに替わっているものの、そのせいで余計にみすぼらしさが際立ってしまっている。成り行きだったとはいえ、自分も彼をこんな状態にした当事者だということに負い目を感じているせいか、アリスの声色はいやに控えめだった。
「ねぇねぇ、この子なんか先生に似てない?」
先生の足元に立っていたモモイが、不意にそんなことを言って来た。
「え?」
見下ろすと、首を真っすぐに伸ばしてこちらを見つめるモモイと目が合った。
「私に、似てる?」
「そう!髪の毛とかはぐしゃぐしゃだけど、先生と同じでこの子も優しい顔してるし、なんか、アリスのお兄さんって言うよりかは先生の弟って感じがするよ!」
「あ、確かにお姉ちゃんの言う通りかも!この少し垂れた感じの眉毛とか、先生とよく似てる気がします!」
「う~ん、どうだろう…」
先生は、ひんやりとしたアクリル板越しに少年の顔を改めて眺めた。そう言われてみれば確かに、自分に似てるような似てないような……
「ふふっ、奇遇ですね。実は私も、後輩達と同じ感想を抱いていました」
人形のように眠っている少年と暫くの間にらめっこをしていると、ヒマリが先生の隣に車椅子を寄せた。
「…ヒマリも?」
ヒマリは上品に相槌を打った。
「えぇ、そうです。この際ですから包み隠さずに言いますが、私はこの少年に、実に不思議なものを感じ取っているのです。彼はリオのとっておきであったこの要塞都市を一瞬にして機能停止に追い込み、アリスの精神からKeyを奪い去ろうとした、極めて危険なオーパーツです。アリスのような善良な人格も認められない以上、このまま二度と目覚めないように管理を続ける。それが最良の選択であることに、疑いの余地はありません。ですが…」
ヒマリは、視線を先生から少年に移す。
「それと同時に私は、ほんの僅かな可能性を彼に抱いているのです。彼の中にもアリスと同様、優しく、他人を慮れるような余地があるのではないか、そんな可能性を」
そこでヒマリは先生に、いたずらっぽく微笑んだ。
「先生。良ければ共に潜り、確かめてはみませんか?凍り付いた彼の人格と精神の奥深くに、その可能性があるのかを」