「あの…着替え、終わりました…」
床に散乱するゲームソフトのケースと、ぐちゃぐちゃに絡まったコントローラーのコード。更には湿気たポテチがまだ残っているお菓子の袋があちこちに散乱するカオス空間の中、少年は閉まった扉をたどたどしくノックする。
「お、終わった?それじゃあ失礼するね!」
ノックの直後、扉が勢いよく開き、モモイ、ユズ、アリスの3人がぞろぞろ部室に入って来た。3人は真新しい制服を着た少年を舐めるように眺めまわす。
「おぉ!流石はヒビキ!サイズピッタリじゃん!」
「うちの制服にズボンってこんな合うんだ!いいな~、身長同じ位なのに、ズボン履いてるせいかちょっと大人びて見える」
「パンパカパーン!アリスの弟は新たな装備品を手に入れました!」
自分に群がる少女達に困惑しながらも、少年はそこで初めて、くしゃっとした笑顔を見せながら「ありがとう、ございます…」と呟いた。
アリスが少年の口から己の願望を引き出した後、ヒマリと先生は低体温症になりかけながらもリオ達と議論を交わし、最終的にこの少年の人格を抽出し、肉体に定着させることを決定した。
「現実世界に戻った途端に暴れ回るのでは無いか…?」という皆の不安とは他所に、肉体を取り戻した後も少年は心ここに在らずと言った様子で「ここは、何処ですか?」とか「貴女達が、アリスさん達のお仲間さん、ですか?」のような発言を繰り返していた。
その様と敵意が一切感じられない素振りに、リオ達も当然困惑したが、だからと言って目覚めさせたのにエリドゥに閉じ込めておくのも可哀想なので、結局は皆、このままミレニアムに連れ帰ることに合意した。そして「かつてアリスを拾って教育した経験」から、少年はひとまずゲーム開発部に預けられることになった。
「よしよし!これでマトモな恰好になったから、次は名前だね!」
「名前、ですか…?」
「そう!いつまでもアリスの弟って呼ぶ訳にもいかないでしょ?だから、私が名前を付けてあげる!実は帰って来るまでに色々考えてたんだ~」
モモイは傍にあったテーブルから画用紙とマーカーペンを手に取ると、何かをさらさらと書き始めた。
「じゃじゃーん!この名前はどうかな!?」
モモイが見せた画用紙を、少年とアリス、ミドリは覗き込む。
「レイ、ク…?」
その内容を読み上げた少年に、モモイは「そうだよ!」と言いながら力強く頷いた。
「アナタの型式番号?のLE-Y9から考えたんだ!アリスと同じ名前の付け方だけど、結構良さげじゃない!?」
「あ~、だからレイクなんだ」
アリスと同じと聞いて、ミドリはその名前の意味を理解した。どうやらLEYを一纏めで「レイ」と読んだ上で、9(きゅう)を少し崩して「ク」と読んだみたいだ。アリスの時は数字をアルファベットと勘違いしていたので、こちらの方がどちらかというと元の名に忠実な、気がする。
「どうかな?気に入ってくれたら嬉しいんだけど…」
少年は少しの間画用紙をじっと見ていたが、やがて満足したように微笑んだ。
「はい。その名が、良いです」
その返答に、モモイは嬉しそうに歯を見せて笑った。
「やったーッ!それじゃあ今日からアナタの名前はレイクで決定!いや~、相変わらず私のネーミングセンスには我ながら惚れ惚れしちゃうね~!」
「はいはい、調子に乗るのもそこまでだよお姉ちゃん!名前も決まったんだし、次のステップ行かないと!」
小生意気にマーカーペンを指先で回すモモイからペンと画用紙を奪い取ると、ミドリは改めてレイクを見た。
(身だしなみ整えると、本当に小っちゃい先生みたい…)
先生のような、大人らしいどっしりとした落ち着きはないけれど、困った顔でこちらを見る優しいレイクの顔はやはり、先生に何処か似ていた。
「…?どうしたのですか、ミドリ?レイクの顔に何か付いていますか?」
「…え!?あ、いやいや何でもないよアリスちゃん!」
ついついレイクの顔に魅入ってしまったミドリは、慌てた様子で彼から顔を反らした。
「そしたら改めて次のステップ!えっと、確かヒマリ先輩は『アリスと同様に、彼がキヴォトスで不自由なく暮らせるように教育を施してあげて下さい』って言ってたけど…」
ミドリは再び、今度は視線を少し下げてレイクを見た。
「アリスちゃんの時とは違って、レイクはロボットみたいな話し方しないし、特別教えなきゃいけないことってあんまり無い気が…」
ミドリの言う通り、目覚めた当初のアリスとは大きく異なり、レイクは普通の人間らしいやり取りが最初から出来ている。少なくとも口調の矯正や語彙力の育成は必要なさそうだ。
「うーーん…そしたら教えるべきなのは一般常識的なものになって来るのかな…」
そう呟いたミドリは何故か、足元に落ちていたモモイのWeeリモコンを引っ掴むと、レイクの口元に近づけた。
「え、えっと…ミドリ、さん…?」
困惑するレイクを他所に、ミドリはリモコンを掲げ続ける。そして、レイクがリモコンに触れて来ないことを確かめたミドリはそっと腕を戻した。
「うん。アリスみたいにゲームを食べ物と勘違いすることも無いね。やっぱり電車の乗り方とか、買い物の仕方とか、そういう事を優先して教えてあげた方が良さそう」
瞬間、アリスがぎょっとした顔でミドリを見た。
「ちょ、ちょっと待って下さい!アリス、そんなことしてたんですか…!?」
「うん、アリスが初めて部室に来た時にね。あの時のアリス、本当に赤ちゃんみたいだったんだから」
「う、うわぁ~ん!アリス、恥ずかし過ぎます…!」
頭を抱えて悲鳴を上げたアリスのせいで、「み、ミドリ…?当たり前のように私のWeeリモコンを生贄に捧げるの止めて欲しんだけど…」というモモイの言葉はかき消されてしまった。
「でも一々そんなこと教えるのもめんどくさいし、先輩達が私達に任せてくれたってことは、これを使っても良いってことだよね?」
ミドリはニヤリと笑うと、徐に据え置き型のゲーム機を取り出した。それを見て、アリスとモモイも同じように不敵な笑みを浮かべる。
「そしたら今からレイクには、私達ゲーム開発部が生み出した神ゲー、『テイルズ・サガ・クロニクル2』をプレイして貰おうと思います!」
『イエーイッ!!!』
「……???」
困惑するレイクをモニターの前に引っ張り出したモモイ達は、彼をその前に座らせ、コントローラーを握らせた。
「えっと、僕は今から何を…?」
「今からレイクにはゲームっていうのをやって貰うよ!これをプレイすれば、レイクはこのキヴォトスで問題無く暮らすことの出来るスキルを身に着けることが出来るから!」
「頑張って下さい。レイクならクリア出来ます!」
「私達もサポートするから安心してね!」
それを聞き、レイクは相変わらずの困った顔をしながらも頷いた。
「良く分かりませんが、これが僕の為になるのなら、僕はゲームというものをプレイしたいと思います」
「流石はアリスのおに…じゃなくて弟だね!そしたら直ぐにセッティングするから待ってて!」
モモイは早速ゲーム機を起動した。ファンファーレと共に、「テイルズ・サガ・クロニクル2」のタイトルがモニターにでかでかと表示される。
「そしたら、頑張ります…!」
レイクはコントローラーの持ち手を、強く握りしめた。
それから、4時間後。モニターには「Thank You for Your Playing!!」の文字と共に、ドット絵の登場人物達がこちらに手を振る映像が流れていた。無事ゲームをクリアしたレイクは、それは大きなため息と共に、大きく頭を垂れた。
「お疲れ様!凄いよ、レイク!私達のサポートがあったとはいえ、初見プレイでこんなに早くクリアした人初めて見た!」
「プレイ時間が伸びたのは、最初のチュートリアルと途中のすごろくゲームのせいだと、思います…。あのボス、中盤に出て来る敵と同じ強さしていましたよね…?すごろくも、運が悪いと同じマスから永遠と脱出出来ずに、何度か意識が飛びかけました…」
「…あ~、そこは確かにネットのレビューでも指摘させられてたよね…やっぱりRPGに死にゲーの要素を入れたのは失敗だったかな?それにすぐろくも、元ネタはドラゴンテストのやり込み要素だし…」
「つ、疲れた…」
モモイがごちゃごちゃと喋る横で、レイクは項垂れた姿勢のまま、コントローラーをそっと床に置いた。かつてTSC1をやらされた(?)アリスが「ころして…」と呟いたのに比べれば随分とマシな反応ではあるが、それでもぶっ続けでゲームに齧りつくのは彼でも堪えたようだ。
「えっと、本当にお疲れ様。そ、それでさレイク、私達のゲーム、面白かった…?」
ミドリの問いに、レイクは顎に手を当てて少し間、問いに対する答えを考えていた。そして
「…はい、面白かったです。時折信じられないような理不尽に襲われることもありましたが、そんな理不尽に負けず、絆を深めた仲間達と共に魔王を打ち倒すまでのストーリーは、冷たい僕の胸に温かいものを残してくれました。素敵な体験をさせて頂き、本当にありがとうございます。そして何より…」
そこでレイクは、拳をぎゅっと握った。
「主人公のライバルとして登場した彼!彼がとんッでもなくカッコよかったですッ!何度主人公に挑んでも勝つことが出来ず、それでも諦めずに主人公パーティーに喰らい付き、最期は世界の為に主人公達と魔王に挑み、その最中でピンチに陥った主人公を庇って散っていく…!全体的に支離滅裂で滅茶苦茶な物語を成立させ、不思議と魅力溢れるものに完成しているのは、彼が存在しているからと言っても過言ではありません!最終戦でパーティーに参加した時のステータスの高さもあって、彼一人にフォーカスした物語も見てみたい!そんな気持ちになりました!!」
「え、えっと色々と感想ありがとう…なんか、ちょっと悪口っぽいのも混じってた気がするけど…」
興奮気味に感想を語るレイクに、モモイはやや引き気味に礼を言う。今まで極単純なやり取りしかしてこなかった彼にまさか、ここまでのボキャブラリーがあったとは思わなかった。多分このまま娑婆に放ったとしても、他人と問題なくコミュニケーションが取れるだろう。本当に、アリスと同じ出自とは思えない。
「あ、そうだ!このゲームってゲーム開発部の皆さんが作ったんですよね!?そしたらやっぱり、皆さん揃った状態で感想をお伝えしないと!」
レイクは不意に立ち上がり、背後に置かれたロッカーに歩み寄って行く。
「ユズさん!そこにいらっしゃるんですよね!?」
モモイ達が待ったをかけるよりも早く、レイクはロッカーの一つを容赦なく開け放つ。
「ひ、うぅ…」
ロッカーの中から零れて来たのは、レイクが目覚めたその時からいつもの人見知りを発動させ、彼に自己紹介をしたその直後に「私…先に学校帰ってるから…!」と言って一目散に管制室から逃げ出した、ユズのか細い悲鳴だった。