[Take me higher]
2014.5.19 22:22:22 白波月夏宅屋根上
side:白波 月夏
隠れてと言われてもそんな場所はこの家にはどこにもない。
視認されていないなら今いる屋根の上が一番マシなレベルだ。
「なぁ、2対1の方がいくらかマシになる可能性は?」
「月夏が内潤卦を使いこなせてるならね。アイツから守りながらじゃ戦えない」
先ほどまでとは天地ほどもある表情にギョッとする。
その目には先ほどの年相応の姿はどこにもなかった。
「月夏はなるべく後ろにいて……来るっ」
玄関のあった位置の屋根を吹き飛ばして黒い影が飛び上がってくる。
「ふっ!」
鴉那が目に追いつけない速度で飛び出す。
その右腕は先ほどとは打って変わって鉤爪化した、隠さない敵意の現れか。
その腕の一閃。
「ギギッ」
だがその一撃は大きなダメージとはいかなかったようで、化け物は屋根上に着地した。
一目見た瞬間に、これを見るなと本能が警鐘をかき鳴らす。
コイツは、ヤバい。
どす黒く変色した、ぬらりとした外皮。
その体を支えるには不相応に肥大化した脚部。
長くはないが、鋭く尖った尻尾。
そして……ありえない角度に折れ曲がった、悍ましさすら覚える人の顔だった何か。
まさに、化け物としか言えない風貌だった。
化け物が間髪容れず鴉那にタックルを仕掛ける。
「ゔっ」
足場の悪い屋根上では回避もできず弾き飛ばされる。
「大丈夫か?」
「大丈夫、アイツには借りもある」
こちらには一瞥もせず鴉那が答える。
それだけ余裕がないということか。
などと話してる間にもあの化け物はこっちに突っ込んでくる。
「月夏!」
「うおおお!」
間一髪左に転がって巻き込まれずに済む。
そのまま後ろの鴉那へ向けたパンチが繰り出された。
「チィ!」
それをかろうじて受け流し返す右手で化け物に一閃。
そこから双方の攻撃の応酬と思われるのだが、最早目が追いつかない。
しかし、段々と鴉那の方が屋根端へと追い詰められ始めている。
このままじゃマズい。
だが、この戦いに俺の入る余地など……
いや、ひとつだけ。
内潤卦を、ぶっつけ本番で成功させること。
さっきたまたまそれらしきものが出来たらのは殆ど偶然だ。だがやれなきゃ俺も鴉那もやられる。
ええい、ままよ!
先ほどのイメージをトレースする。
片手に激情を、片手に平穏を。
だが、上手くいかない。
「クソ、なんでだ!」
失敗は焦りを呼び、焦りは失敗を呼ぶ。
分かってはいても、このジレンマには……
「ん?失敗?」
今一番強い感情はこれか?
わからない、だが
「ダメで元々だ!!」
右手に己の不甲斐なさを、左手には日中の、なんてことはない、続くと思ってた思い出を。
それを全身に巡らせるように……
「がはっ!」
鴉那はおそらく劣勢だ。
焦る気持ちが焦げた砂糖のように黒く膨らむ。
ーーーだが、それすらも糧にしろ。
全てを燃やせ。燃やし尽くせ。
瞬間、あの火事の夢が脳裏をよぎる。
だが、そんな夢如きで揺らぐほど、今の俺はブレちゃない。
「消えろっ!」
瞬間、世界が静寂に包まれる。
先ほどまで打ち合ってた化け物と鴉那の声も音も聞こえない。
音だけがどこまでも遠くに行ってしまったようにも思える静かな世界だ。
そして振り返る。
「成功した……のか……?」
そこにあったのは———
世界が、ゆっくり動いている。
さっきまでは目でも追えなかった動作も、今ではまるで0.5倍速再生をしている動画のようだった。
だが、自身の体もまるで重しが乗ったように重く感じる。
空気も、屋根も、ここにある全てがまとわり付くような、時間だけがゆっくりと流れる感覚。
少しだけあの感覚を絞るように呼吸を整える。
先ほどよりはずっと早いが、それでも十分いなせるだろう。
体も、うん、これならいけそうだ。
「き……ちゃ……だ……め……」
スローモーション動画のように歪んだ声のアナを尻目に化け物が一瞬振り返りかけたところに左膝裏へ足払いを仕掛ける。
足の筋肉が悲鳴を上げるが知ったことじゃない、動きやがれ。今だけでいいから。
咄嗟のことでバランスを崩した化け物の尻尾へ思い切り踏みつけ。
化け物の悲鳴が歪みきったノイズのように鳴り響くが、今は気にも止まらない。
そのまま両腕を押さえ込み叫ぶ。
化け物の抵抗と激痛が走る腕、そう長くは保たないだろう。
「今だ!!」
驚いた顔をしていたアナだったが、意図が通じたらしい。
「はあっ!」
ハッとした顔から一気に距離を詰め、その化け物の左胸に深々と鉤爪を突き刺した。
[服と夏の雲は高すぎる]
2014.5.19 14:21 ディスカウントストア・トレイル姫ノ舞店
side:白波 月夏
「見て!これどうかな?」
先ほどからあれこれ色々試着してる
自分の服の感覚で1諭吉と少々ほどはあったので大丈夫と慢心していたが、意外と女性ものの服というものは値段が高い。
更衣室に引っ込んだ隙に少し空を仰ぐ、天井の蛍光灯はYOU買えよと責め立ててるように目に眩しかった。
「……手がないことはないんだが」
そう、ATMだ。給料日はもう少し先だが、昌樹に多少貸しがあるのでそれを催促したら乗り切れるだろう、多分。最悪店長に前払いを泣きつけばいいか。
問題は、ここに鴉那を1人残すことへの不安。
どうにも彼女は不安症というか、何故かやけに自己肯定感が低い節がある。
更衣室から飛び出すことはないだろうが、手持ち不足気味なのがバレたりしたら変なところで気を使う可能性が高い。
なんとなくそれは嫌だなと思い、チャンスを窺ってはいるのだが……
「ちょっとお手洗いに行ってくる」
「あ、私も行きたいから一緒に行こ!」
先ほど見事に躱されたことを思い返す。
ついでに言えばそれで注目が集まった上、格好は無理やり貸した自分の服。
明らかにサイズの合ってない服装なので若干白い目で見られていて色んな意味で辛い。
誰かが舌打ちしたのが聞こえたが知り合いでないことだけを願う。
「ね、月夏」
突然のことでちょっとビクっとなった、いやなってないが。なってないぞ。
「お、おう、どうした?」
「これどうかな?」
更衣室から出てきたお嬢様はなかなか攻めたファッションだった。
服の丈は短く、ヘソだしルックでスカートはスリット入り。
インナーがあるとは言っても少し目のやり場に困る。こちとら健全な男子大学生ぞ。
だがそれをストレートに言うのは無粋オブ無粋。
なんとか婉曲スライダーで三振を取りたい。
「あー……なかなか個性的だな。どうしてそれにしようと?」
それとなく回避策を探る。
動け俺の灰色の脳細胞!
「えっとね、その……月夏の隣にいるのならどうかなって思って」
「あー……そ、そうか……」
少し顔を赤らめながらそう言われたらなんとなく断りにくい。
「あとね、これ2枚セットで安くなってて……ダメ、かな……」
そこに提示されてたのは、2枚で1980と3980の文字。
金額的にもインナー込みでもギリATMに行かず済む額面……
「わかった」
俺が折れた。
パッと笑顔になる鴉那。
「それにね、これ動きやすいから!」
嬉しそうにはしゃぐ鴉那の裏で一つの決意をする。
金に屈する人間にならないよう、もう少し頑張ろう……