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辺り一面の銀世界。
右を見れば雪、左を見ても雪、前も後ろも地面の全てが雪で覆われて、成程……通りで寒い訳で彰吾が顕れた位置は雪山だった。
だが、この手のゲームは普通だと比較的に安全な街がスタート地点の筈。
こんな誰も居ない雪山に放り出される事など有り得ないのだが……
「っていうか、マジに寒いってどういう事だよ?」
ガチガチとシバリングで何とか肉体が暖を取ろうとしているが、焼け石に水処の話ではない。この侭では凍え死んでしまいそうだ。
「まさか、これでHPが減って死亡なんて無いよな」
彰吾はメニュー画面を呼び出して、ステータス値を確認してみた。
「HP、HP……っと、有った。え〜と、250か」
ステータスには……
HP:250/250
この様に記されている。
「今の処は減ってないみたいだな。けど、状況次第で減る可能性も否めないし、何処か落ち着ける場所を捜さないと……」
先ずは何をすべきか? 旧きRPGの伝統ある格言に斯くあり、武器や防具は装備しないと効果が無い。
そして、現在の彰吾──ショーゴの装備は【アンダースーツ防御:1】という軽装と言うのも烏滸がましい姿である。
ショーゴは前作、前々作をプレイしたヘビーユーザーであり、それ故に能力値に関しても知っていた。
防御力は基本的に1から始まって、レベルが10増える度に1増えるシステムとなっている。
つまり、レベル1の時の防御力1に+250までは上がるから、最高防御力が26……これが何も装備しなかった場合の最大値。
僅か26が最高レベルでの最大防御力だというのだから、正に紙防御である。
このゲームのシリーズは根本的に防具類の防御力に依存しており、素の防御力など身体の頑丈さを示しているだけの飾りなのだ。
ステータス値はプレイヤーがボーナスポイントで、自由に上げられるシステムだが、その内のDEFだけは先に述べた通り。
レベルアップで獲得出来る3ポイントを各々……
STR……腕力
AGL……俊敏
VIT……体力
INT……賢さ
この三つへと割り振る。
ATCはSTR+武器の攻撃力、DEFは1+LV10毎に+1+防具の防御力という事になり、現在のショーゴは攻撃を受けたら簡単に死ぬ。
寒さに震えながらメニュー画面のアイテム欄を調べてみると、一応は初期装備がストレージに格納されているのを確認出来た。
「これは仕様か? それとも不具合なのかな?」
初期装備はストレージの肥やしだわ、行き成りフィールドに放り出されるわ、どう考えてもあり得ない。
「まあ、正規版では直る様に運営に報せるか……」
アイテムストレージ内の武器と防具を選び、装備してみれば防具を纏い、武器を手にする事が出来た。
ショーゴ
剣士
LV:1
HP:250
MP:20
ATC:26
DEF:5
STR:15
VIT:8
AGL:10
INT:6
【WEAPON】
ショートソード+3
性質:斬突
属性:なし
上幅:1
最大:3
威力:8+3
【ARMOR】
クロース
性質:なし
耐性:なし
上幅:1
最大:3
防御:3
【SHIELD】
なし
【ARM】
なし
【LEG】
サンダル
性質:なし
耐性:なし
上幅:1
最大:3
防御:1
【SKILL】
レイジング・ブレイク
怒りと共に能力が上がる
一文字斬り
剣を振ると一文字の衝撃波が敵を斬る
「ショボっ、改めてみると滅茶苦茶ショボい!」
レベル1で、初期装備ならこんなものだろうけど、 余りの弱さに泣きたい。
「って、何かなこのスキルは? レイジング・ブレイクねぇ……」
前作と前々作のデータをコンバートしたら、武器とスキルに特殊な+が有るのがお約束で、ショートソード+3の“+3”が武器に於ける特殊措置だとして、スキルのレイジング・ブレイクはいまいち判らない。
「怒りの破壊? 意味不明だよな」
ブルッ!
初期装備を身に付けたからといって暖かくなる訳ではなく、この如何ともし難い寒さを早いとこ何とかしなければ凍え死にそうだ。
「動けば暖まるかな?」
モンスターでも湧出(ポップ)すれば戦闘で暖まる事も出来るだろうし、経験値もアイテムもお金も手に入るというもの。
彰吾はウロウロと真っ白な雪景色のフィールドを、宛てど無く歩き始めた。
数分も歩くと、ウサギらしき生物が飛び跳ねているのを見付ける。
「雪山の動物か? けど、そうだな……VRMMOの感覚を掴みたいし、破壊可能オブジェクトなら試しに斬ってみようか」
人間が相手なら辻斬りを宣言するも同じなセリフを宣い、彰吾はショートソード+3を腰から抜刀して、ウサギっぽい生物へと斬り掛かった。
不意を突かれたからか、ウサギっぽい生物は躱す事も出来ない侭に、真上からの斬撃を受けて真っ二つに裂かれてしまう。
血飛沫を辺りに撒き散らしながら積雪の中に沈み、ショートソードにも血痕がヌラリと残っている。
「ちょっ、リアル過ぎないか? これ……」
小さな子供が見たなら、トラウマになりそうなショッキング映像に、彰吾は思わず叫んだ。
ピロン! という電子音が鳴り響いて、メッセージウィンドウが顕れる。
『スノーラビットを倒した……経験値12を加算』
「って、あれモンスターだったのか?」
どうやら先程のウサギっぽい生物、モンスター扱いだったらしく経験値が加算された様だ。
更にリザルトウィンドウからメッセージが流れて、幾つかの情報も獲られる。
『素材:スノーラビットの毛皮 素材:スノーラビットの毛皮 を手に入れた』
要するにスノーラビットというモンスターが、毛皮というアイテムをドロップしたらしい。
つまり、このモンスターは非アクティブ型であり、近付かなければアクションは通常のものしか取らず、此方から近付けば何らかのアクションを行う。
お金を落とさないという事は、素材やら何やらドロップした物を売って換金するタイプという事だ。
「このスノーラビットの毛皮って、幾らで売却出来るんだろう?」
アイテムストレージへと格納されたアイテムを見ながら歩き出すと……
「待ちなさい!」
メゾソプラノの声が雪山に響き、彰吾の耳を打つ。
声質が明らかに女の子、しかも高さから同い年くらいと思われる。つまり他のプレイヤーが居たという事なのだろう。
彰吾が振り返ると……
「貴方、どういう心算?」
如何にも『私、怒っています!』といった風情で、防寒具らしき服装に身を包んだ少女が立っていた。
この時、彰吾が思った事はたったの一つ……
「(暖かそうだな)」
少女の纏う防寒具の……暖かそうな厚着への憧憬だったという。
「えっと、何?」
「貴方は先程、スノーラビットを殺しましたね?」
「へ? 拙かった?」
相手はモンスターだし、スノーラビットは能動的に襲ってくるタイプではなかったが、場合によって斃さなければ此方が殺られる。
それなのに、この少女は殺した事を怒っていた。
「モンスターだし、殺さなきゃ殺されたかも知れないんだ。仕方ないだろ?」
「誰が殺した事を言いましたか? 殺したなら責任を負いなさい!」
「せ、責任?」
「襲われたならまだしも、見ていましたよ? 貴方は剣の試し斬り程度の気持ちで、脅威にならないスノーラビットを殺した。なら、食べるべく持っていくべきなのに、捨て置くなんて」
どうやら思った事とは、随分と違った憤りの様だ。
「私は猟師として、そんな蛮行は赦せません!」
「りょ、猟師ぃぃ?」
「な、何です? 猟師だと何か悪いんですか?」
インフィニット・シリーズには、プレイヤーが職業に就いて固有武器やスキルを使う。正確には武器装備に制限は無いが、職業による優遇はある。
例えば、彰吾の剣士。
剣を使うと若干だけど、ダメージに+補正が入り、初めから剣のスキルを一つ覚えている。
スキル熟練度も僅かながら上がり易い。
弓を扱う職業も在るには在るが、それは弓兵という名称であって、猟師などとは寡聞にして聴いた事が無かった。或いは新シリーズで追加されたとも考えられるが、ガイダンスから猟師なんて説明を受けてない。
ならば考えられる可能性はたった一つ、彼女は向こうに意思在る人間が居ないNPCだという事だ。
「(ならこれ、イベントか何かなのか?)」
斃したモンスターを放置する事をフラグに、目の前の少女が現れてイベントを起こしたのかも知れない。
「へえ、良く出来た受け答えの仕方だな。しかも作り物には見えないディテールも凄いし……」
NPCなら遠慮は要らないとばかりに、彰吾はペタペタと少女に触れる。
それはもう、ペタペタと頬に、頭に、腕に、更には薄い胸に……
「い……」
「い?」
「いやぁぁぁぁぁぁっ!」
「へ?」
呆然としていたかと思ったら、行き成り真っ赤な顔で絶叫を上げると、腰に提げていた弓を左手に、背中の矢筒から矢を引き抜き、それを番え……
「変態! 変態! 変態!変態! 変態ぃぃっ!」
彰吾に向けて次々と矢を射ってきた。
「うわ、うわ、うわっ!」
ヒュン、ヒュン! と、風を切る音を響かせつつ、放たれた矢が向かってくるのは流石に怖い。
少女は連続で矢を放ってくるが、狙いを付けている訳ではないのか、当たる事はなかったが最後の一矢が彰吾の尻にヒットする。
プスッ!
「うっぎゃぁぁぁぁっ!」
辺り一面銀世界の山の中にて、間抜けなダメージを受けた彰吾(バカ)の絶叫が谺したという。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
HPが僅かに減り、現実より少しマシ程度の痛みが襲い、手持ちのポーションを使って治療する。
HPがみるみる回復し、満タンになると同時に痛みも消えていく。
少女はというと、自身が放った矢を回収していた。
彰吾は傷の治療を終え、少女も矢の回収が済んだ処で少し気まずい空気が一面を漂う。意を決した彰吾が少女に話し掛ける。
「さっきはごめんな。君はひょっとしてプレイヤーだった? てっきりNPCかと思ってさぁ、アハハハハ……」
寧ろ、NPCだからといってセクハラ紛いの事をしている方が痛い子だ。
プレイヤーに見られてしまうと、死にたくなるくらいの恥を掻く。
だが、少女は意味が解らないといった風情で、首を傾げながら訊いてきた。
「プレイヤー? NPC? 貴方、いったい何を言っているの?」
「は?」
「私はリュキ。ここら一帯で猟師をしてるわ。それで変態さん、貴方の名前は? 取り敢えず番所に突き出して上げるから」
未だにご立腹らしい。
「いや、だからごめん!」
「ごめんですむなら番所も騎士隊も要らないわ!」
「その、君の……リュキの服が暖かそうで、つい」
少し苦しい言い訳だが、半分は本当の話だ。
少女──リュキは彰吾をジッと見つめ、大きな溜息を吐く。寒さ故の白い吐息が口から吐き出され、その表情には呆れが見える。
「それは寒いわよ。そんな薄着で雪山に登るなんて、登山を舐めてるの?」
「いや、そんな心算は無いんだけど……」
「まあ、良いわ。付いて来なさい。家に案内したげるから」
「良いのか?」
「今見捨ててそこら辺で冷たくなって転がってたら、寝覚めが悪いからね」
「た、助かるよ」
礼を言おうとした彰吾、だがリュキが突如として佩いていた鉈を抜き、真っ直ぐに構えると、ドスの利いた声で言った。
「万が一に襲ってきたら、貴方の股関にぶら下がっている粗末なモノを、この山伐刀でぶった斬って二度と欲情出来ない様にしてやるからね?」
ギランと鈍い輝きを放つ山伐刀は、獲物を骨ごと断ち切る仕様なのだろうか、重々しくも切れ味は抜群といった感じである。
故に彰吾は……
「はい」
冷や汗と共にリュキの言葉に頷いた。
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