ホラー系の世界に転生したのにあまりにも怪異がカラっとしている 作:ない因習村:図書館に呪い本コーナーがある
「すみません、隣の隣の者なんですが……」
ベランダを這い出して隣の隣の部屋を訪ねてみれば、そこには誰も居なかった。不用心?にも窓の鍵はかかっておらず容易に侵入する事ができた。まぁこのアパート、ベランダが実質玄関みたいなものだから戸締りできなくても最悪玄関(本物)が締まっていれば大丈夫だったりする(?)
ぱっと見、普通の部屋だ。和室チックに改造というか模様替えしているのか襖とか桐たんすとかあるタイプのお部屋である。中々におしゃれさんだと思う。俺は生憎とこのアパートで直接的に関わりのある住人は猫又さんしかいない。このお隣さんのお隣さんも引っ越しの挨拶に来たときは御声だけ聴いただけだったりする。たしか女性の方だったような?
とりあえず誰かいないか声を掛けよう。俺は声を張り上げた。
「すみませーん、隣の隣の者です~。わけわからないと思うんですけど〇ラギノール塗りに来ました~」
何言ってるんだろうな、俺。
ボラ〇ノールを片手に言うセリフじゃないと思うし、変態以外の何者でもない。しかし、壁ドンとボラギ〇ール片手に隣室に入ってくる不審者とどちらがマシかは一考の余地があるのではないか。とりあえず自分の正当性を確立した俺は家探しを開始した。
一応言っておくとお隣さんの隣さんも悪いところはあると思う。壁ドンは隣人トラブルにおいてギリギリグレーの行いだ。今回は血便を迫真の絶叫で申告した猫又さんが悪いのだが、それはそれ、これはこれ。壁ドンは悪いことである。賃貸だから壁にダメージが入り、あまつさえ穴など開けてしまおうものなら管理人にブチギレられるだろうからだ。
なので怒りを鎮めるためにボラギノ〇ルを塗りに来た次第である。
と、ここで蚊の泣くような声がする。比喩表現でもありあながち漢字間違いでもない。本当に蚊の鳴くような声で泣くように声がした。
「入ってこないでください~」
「あぁすみません」
どこからか声が聞こえる。人らしい人影もなく、誰も居ない無人の部屋で声だけ聞こえるは中々にホラーだ。
「隣人の隣人がボラギノー〇持って侵入してくるのもホラーだと思いますぅ……」
「それはそう」
しまった。ぐうの音も出ない。とりあえず騒がしくしてしまったことについて謝罪しよう。何をするにも謝罪一択である。
「えぇっと、先ほどはうるさくしてしまって申し訳ありません。こちら、詫びのボ〇ギノールです」
「頑なにボラ〇ノール渡そうとするのはなんなんですかぁ……」
「いやぁ……まぁ……」
どうして?と聞かれるとなんとなくとしか言いようがないのだが。とにかくこの誠意の〇ラギノール(中古)を受け取ってもらわないと謝辞を表せないのだ。多分。
「とりあえず、此処にボ〇ギノールおいておきますね」
「置いて行かないで下さいぃ……」
「そんな……誠意が」
「尻に塗るタイプの誠意はいらないですぅ……」
「でもキレてるんですよね?」
「切れてはないですぅ……」
「切れてないのか……なら謝罪の意として」
「帰ってくださぁい……」
「そんな……」
頑なに切れてないことを主張するお隣さんのお隣さんだが、それでも謝罪はしなければいけないだろう。隣人トラブルはこの人だって被害を受けているはずだ。迫真のトイレ実況が朝の目覚ましになる騒音トラブルに文句はないのだろうか。
「本当にお隣のお隣の者として謝罪します。絶叫トイレ実況でご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」
「どうして貴方が謝るんですかぁ……」
「謝るべきでしょう。勝手知ったる仲……とはまた違いますが、まぁ関わっちゃったら関わっちゃうしかないなと」
「うぅ……別に私はトイレ実況するのは特に何とも思ってませぇん……」
「なんと」
意外だ。ここにもトイレ実況を受け入れる人が居たとは。いやまぁよく考えれば今までクレームの一つも飛んでこなかったのだからそこらへんは受入済みだったんだろう。それはそれとしてトイレ実況が許されるわけではないのだが。
「ではなぜ壁ドンを……」
「壁ドンじゃないですぅ……」
「いやでも確かにドンドンって」
「うぅ……じゃあ、今から姿を見せるので笑わないでくださいね……?」
「あ、はい。わかりました」
そう言って、無人の部屋でお隣さんのお隣さんを待つ。
すると押入れがうっすらと開き、そこから細長いナニカが壁に沿うように出て来た。
果たしてそれは障子だった。障子と言っても、こう……木の枠組みがない端的に言えば和紙?紙だけの状態だ。そこに女性の姿が描かれていて、2Dの女性がパラパラ漫画の如く動いている。
「ど、どうも……お隣さんのお隣さんの壁耳メアリーですぅ……」
「壁耳メアリー……、外国の方で?」
「一応日本生まれ日本育ちの純日本人ですぅ……」
「いやでも随分と……そうLive2Dですね」
「フォローになってませぇん……」
そう言ってしくしくと泣きだしてしまった。あぁ涙で絵が溶けかかってぐじゅぐじゅに。
子供が水溶性の絵の具で描いたようなぐじゅぐじゅ感の女性は静かに自身の惨状を語りだした。不謹慎だけど割と面白い方だった。
「私は元々ヌリカベっていう妖怪だったんですぅ……透明の見えない壁として立ちふさがる妖怪だったのに最近になって『壁に耳あり障子にメアリー』なんてふざけたことわざのパロディが流行ったかと思えば、身体がどんどんそちらに迎合していって……」
初めは妖怪ヌリカベとして生きて来た。透明で相手を通せんぼする壁の怪異だ。しかし、人間……とりわけ日本人の現代ローカライズの力はすさまじく『見えないならどんな見た目にしてもいいよね?』や『見えないってことはさぁ!美少女の可能性もあるよねぇ!ねぇ!』や『ヌリカベとこのことわざって一緒に出来るんじゃない?』といった事が言われ始め、ヌリカベを題材にしたキャラクターが作られたことが人生の分岐点だった。
怪異、とりわけ妖怪と怪話は良くも悪くも人間に依存する。怖がってもらうことで生きる糧を得るし、食べたりしても糧を得る。その代わり、恐怖が強くなければ自分も強くならないという割と致命的な欠陥もある。花子姐さんとかメリーさんとか。あのあたりは殺傷率と有名性においてそこらへんを担保しているのだ。
さて、目の前のヌリカベさん。怖いところはなんだろうか?
まぁストレートに言えば見えない壁が立ちふさがるという恐怖だろう。壁が無いように見えるのに壁があるように感じる。しかし、これ。現代でも同じものがある。
そう自動ドアや透明度が高いガラスである。ガラスがあることに気づかずぶつかって恥ずかしい想いをしたことは誰しもがあるだろう。
つまり、透明な何かにぶつかって起こる感情が恐怖よりも恥ずかしさになってしまった。ガラスにぶつかった、あるいはそれに類するなにかにぶつかった自分恥ずかしい!といった具合だ。ヌリカベさんは自身の妖怪たるアイデンティティを失ってしまったというワケである。
そこに人間達の現代ローカライズの波が押し寄せた。見えないなら美少女にしよう。見えないなら何描いても良いな!なんなら近いネタとか合わせてまぜこぜにしよう!日本人の悪いところも発揮されたのだろう。魔改造精神である。
よって現在、ヌリカベさんは新種のヌリカベ概念『壁に耳あり、障子にメアリー』もとい壁耳メアリーさんとして存在を侵食されつつあるということだ。漆喰の綺麗な身体が今やコンクリや障子に適応して変わってしまったとのこと。ちなみに2Dの絵みたいなものはそのまんまローカライズの絵が自分に適用されてしまったらしい。いや、可愛いですよ。うん。
「なんというか、日本人の業がすみません」
「どうやって怖がらせろっていうんですかぁ……」
「いや、うん。十二分に怖いと思います。今の状態でも」
壁耳メアリーさんとなってからは壁や障子に耳と目を生やすことが出来たり、それを使って盗聴、のぞき見が出来るようになったらしい。多分現代ではそっちの方がよっぽど怖いと思うんですけどね。
「でもぉ……」
「あ、じゃあなんで壁ドンしたんですか?」
「あれ壁ドンじゃなくて私なりの生理現象ですぅ……」
曰く、元々壁そのものなので壁を伝って意識を移動させることができるらしい。それで猫又さんのトイレの壁に移動して気張ってる様子を見て興奮していたと。つまり、壁ドンは人間でいう……やめておこう。
「ただの変態じゃないですか」
「ボ〇ギノール片手に隣人の隣人の部屋に侵入する方も変態だと思いますぅ……」
人のトイレを覗いて興奮する覗き魔とボラギノー〇片手に侵入する隣人の隣人、果たしてどちらが変態なのか。どっちが勝っても嬉しくない不毛な争いの火蓋は今、切って落とされた。