ホラー系の世界に転生したのにあまりにも怪異がカラっとしている 作:ない因習村:年一で因習が改正される
9/15とカウントしてくださいな……
2026/9/15
前話にて一部のセリフを修正しました。部長が時空を超越して仕事を任せようとしていたので……修正内容は前話の後書きにて
「部長がなぜここに……!」
「仕事がある、人がいる、ならば仕事を任せるのは当然のことではないかね?」
何やらひどく恐ろしいことを言っている部長は手に持ったバインダーを叩く。仕事を任せるために辻世界に侵入してきたというのか……?一体どうやって?得体の知れない恐怖さえ感じながらも雨女さんはなおも叫ぶ。
「社長はやった!専務もだ!あとは部長お前だけだァ!」
「そうか、上は逝ったのか」
「あぁソうだよ!もウ訴えル準備は済んデイる!あとはオ前を始末スるダケェ!」
「怪異に寄ってってますよ雨女さん」
「コロスゥ、コロシテヤルゥ」
「あぁもうだめだ」
黒い髪が次第に濡れていく。赤くしとどに濡れている。
それに対するは部長。突っ込んでくる雨女さんに対して冷静にスーツを脱ぐとそれを防護カバーに雨女さんを抱きかかえ、後ろに投げ飛ばす。穴だらけになったスーツで追従してきた血雨を防ぐと用済みと言わんばかりにその場に捨てた。
「高いスーツだったんだがね。まぁ良い。君達はどうして此処にいる?此処は部外者立ち入り禁止だ」
「……俺達は一応雨女さんの協力でここに居るので」
「申し訳ないけど死んでもらうわ」
「ほぅ、未成年を抱き込むとは不甲斐ない大人で済まないね。上司として非礼を詫びよう。だが君達が私の邪魔をすると言うなら……そうだな、職業体験と行こう」
強い。すべてが。
溢れ出る闘気、腰をがっしりと構えた姿勢、先ほどの雨女さんをキャッチ&リリースするその手際、口調、仕草、その全てが強い。
「お、俺達にも仕事を任せる気ですか……?」
「なぁに、誰もが最初は初心者だ。ただ私は研修等というまどろっこしいことはしない。OJTでいく」
片手にバインダー、もう片方の手を緩く握った部長は、その巨体からは想像もできないほどの俊敏な身のこなしで接近してくる……!動けるデブだ!
「メリーさん!」
「わかったわ」
すかさず前衛と後衛に分かれる。メリーさんがメンヘラ包丁を逆手持ちし逆袈裟に切り込むのをバインダーで止められる。意識を上半身に逸らしたうえで膝を踏み砕くように蹴り、も半身によって避けられる。太ましい腕がグワリと開かれ、横薙ぎに振り払われるのをしゃがんで避けたメリーさんを半身から勢いを乗せたバインダーが叩き込まれる。
メンヘラ包丁で防いだものの勢いまでは殺し切れない。ズザザと下がったメリーさんとスイッチするように俺が前へ出る。
「モラハラとオーバーワークをさせてるそうですね……!」
「その自覚はないのだがね。どうやらそうらしい」
右手による貫手、避けられる。切り裂くようなバインダー、手首を左手で止めるのも重い。よって流す方向へ。足払いによって右足に蹴り、動かない。単純な重さが一番強い……!首を掴まれそうになる。勢いをそのままに腕を掴んで背中側へ。肘打ちを背中に、効かない!分厚い!ただただ分厚い!
そのまま直進して距離を離す。転がる雨女さんを助け起こしつつ、挟み撃ちの状態を作る。
「私は常々疑問に思っていたのだよ」
依然不利な状況だというのに余裕を隠しもせず部長は話し始めた。
「なぜコイツラは仕事が出来ないのか、とね。私は他よりも仕事ができるという自負はあったが、それは人よりも数学が得意だとか国語が得意だという延長線に過ぎないものだと思っていた」
「ナゼ!ナゼダ……!ナゼキカナイ!?」
雨女さんが叫ぶ。ただ転がっていたわけじゃない、何かをしていたということだ。そう思って気づく。俺は雨女さんを助け起こしたのに血雨に濡れていなかった。普通焼けるような痛みが走るはずだ。
部長の頭上には血雨が降っていた。血がホワイトシャツを濡らしていくというのに平然としている部長はそのまま話を続ける。
「仕事を終わらせてもまた次の仕事が来る。それが終わったら次の仕事。それでいい。会社とはそういうものだからだ。仕事がない事の方が問題なのだ。それなのに君達は……」
頭を押さえて本当に頭が痛いという風に首を振る。
「今日も見たよ。ラクに終わる作業を延々に引き延ばしている。さっさと終わらせて次の仕事に取り掛かればいいというのに、非効率極まりない」
「金をもらうために仕事をしているのであって仕事が目的ではないからでは?終わりがない仕事なんて否が応でも嫌気は差すハズ……!」
「仕事は本来そう言うものだ。給料をもらうということは自分の仕事に責任を持つということだ。仕事が嫌?ラクしたい?ならば給料はゼロで良いだろう。何もせず何も貰わなければいい。給料は会社に貢献するから貰えるものという前提を忘れているのではないか?」
「それは……!」
一言一句正論、故に敵足り得るのか……!
部長は懐から何かを取り出した。それは赤く染まっていた人型をしていた。それは藁人形だった。
「呪殺対策は社会人のたしなみでね」
「身代わり人形か……!」
「私が受け持って4人目の部下が呪殺しようとしたことがあった。私はその前に部下を“対処”したが……一つ先達からアドバイスをしよう。二度目はないんだ」
部長は血雨で張りついたホワイトシャツを鬱陶し気に引き剥がしながら言った。
「一度目は良い。誰でもミスはするものだ。それを咎めようとは思わない。大事なのは反省と改善だからだ。だが二度目が起きたらどうなる?それは反省と改善が足りない故のミスだ。それは許されるミスから許されざるミスに変わる。そして、二度目が起きるということは三度目が起きるということだ。ミスは常態化し……誰もそれをミスと思わなくなる」
「部長貴方は……!」
「オカルトに詳しい娘がいてね。相談した時助けてもらう事にしたんだ。たとえ子供であろうと……それが自分の娘であろうと一度起きたことからは目を逸らさないことにしている。私はそれを前々から感じていたが直視することはなかった。見てみぬフリをしていた。だがそれをやめた、それだけだ」
部長はポケットからスマホを取り出した。メリーさんがすかさず自身のスマホで割り込もうとする。しかし遅い。いや遅くはなかったが相手が一枚上手だった。
「アンサー、今日も頼む」
「『4鋲誤、参事の砲口に軽快』」
まるで様々な人の言葉をツギハギにしたような声だった。雨女さんがすぐに急襲する。セパタクロー部渾身の空中回転回し蹴りが、間違いでなければ部長の通話相手が言っていた方向、三時の方向から繰り出される。それをバインダーで受け止めた。
「怪人アンサー、娘の知り合いでこうして怪異に襲われた時手助けをしてもらっている。なんでも答えてくれるらしいが、生憎私は答えのある人生に欠片も興味がない」
「『2病五、法蝶、瀬中』」
「それにひどく聞き取りづらい。まるで活舌の悪い取引相手のようだ」
そう言って真後ろから向かってきたメリーさんの包丁をバインダーで受け止める。あのバインダー鋼鉄製か何か?
「残念だが上は消えてしまったらしいが……それで仕事がなくなるわけではない。私は何も厳しいことは言っていない。ただ一つ、仕事をしろ、ただそれだけだ」
恐ろしい、恐ろしい、社会が生み出した適応力の化け物は淡々と末恐ろしいことを語った。
「仕事がわからないという部下がいた。私は何がわからないのかと聞いた。そうしたら何がわからないのかわからないという。学校で何を学んできたのか、勉強はちゃんとしてきたのか。部下のそれはわからないのではなくわかろうとしないからだと言った。念のため病院も勧めた。その部下は病院に行った後やめたよ」
「メリーさん!電話に割り込めない!?」
「やってるわ!ただ……!混線してるからすべては封じ込められない!」
「仕事が出来ていいですねと言う部下もいた。仕事を漠然と見ているからだろうと言った。別に私はただ仕事ができるワケではない。仕事をする上での動線、どうすれば段取りよく進むのか、効率的に終わらせられるのかそれらを突き詰めただけだ。だから私は、初めの内は会社での動線予測を始めろと言った。その会社で10年20年続けるならどこに何があって、上司の位置や移動の距離を把握するべきだと。彼はそれすらやらずにやめていったがね」
「コロシテヤルゥ!部長ォ!」
「君は仕事ができる方だった。だから私も頼り過ぎたのかもしれない。だがそれは期待の裏返しだ。君には期待していた。それなのにこうなったか。非常に残念だ」
「部長さん!この会社はもうすぐ潰れるならしがみついてる場合じゃないハズ!なぜここまで……!」
俺は疑問だった。今までの話を聞く限りこの仕事超人が会社に見切りを付けない理由が分からなかった。合理性を第一とするこの部長が沈むと伝えられてもこうして仕事を強要するのか。それがわからなかった。
だがそれすらもその後の発言で理解し、戦慄する。コツコツと腕時計を叩く。
「まだ就業時間だ」
「責任の塊……!」
「社会人として当然のことだよ。……だが、もう時間だ。17:57、あと3分で終業だ。私は終業時間に達した後、この会社に退職届を提出し、転職活動を始める。そうすれば君とは何ら無関係になるがどうする?」
「3分以内ニコロシテヤルゥ──ッ!」
「致し方ない、最後のOJTを務めよう」
俺達は会社が終わる3分、地獄の対部長暗殺戦に巻き込まれるのだった。