ホラー系の世界に転生したのにあまりにも怪異がカラっとしている 作:ない因習村:年一で因習が改正される
「定時で帰りやがったッ!!!!!」
雨女さんが膝をついて叫んだ。その通りだったからだ。
部長は帰った。定時になったからだ。一切の残業を許さず、押し付けようとした仕事さえ時間になれば用済みだと言わんばかりに放っていたカバンにしまって帰った。
何らかの力……おそらく怪人アンサーの力だろうか?……で辻世界から帰っていった部長を俺達はただ見送るしかなかった。身のこなしもそうだが単純なフィジカルが違っていた。中年男性が凡そ出せていいハズのパワーではない。その皮下脂肪の奥にはみっちりと筋肉が詰まっているパワータイプ。腹に刺したメンヘラ包丁をまさか肉を締めることで止めた時はメリーさんも俺も声が出なかった。即座に止血し、継戦し始めたその姿は歴戦の戦士が過ぎるだろう。
だがしかし、致命傷は与えた……ハズだ。腹、刃先が通っていたらおそらく腎臓。メンヘラ包丁が編み出し、令和JKであるメリーさんに受け継がれた由緒ある渾身のダイナミックメンヘラ刺突は、確実に部長を死の間際まで追いやったはずだ。
それをすぐさま止血し、平然と動き、あまつさえ定時で帰る相手は俺達の手に余るというもの。あとは時間の問題だ。殺せたならそれでよし、殺せなかったら……もうどうしようもない。あれは時間を与えてはいけない化け物だ。時間を与えれば学習し、改善し、そして適応する。ほぼエイリアンと一緒で、エイリアンに時間を与えると自己進化して手を付けられなくなるのは有名な話だろう。
文字通りエイリアンを世に解き放ってしまった俺達は、ひとまず法的機関への訴えを進めることにした。雨女さんが証人となり、俺が少しばかりツテを使って弁護士を依頼し、メリーさんが自らを誘うところや女漁りをしている専務の写真を提出して大ごとにした。毒を喰らわば皿までというが毒を作った料理人の手すら嘗め回す勢いだ。ブラック企業をこの世に残してはいけない。
メリーさんの職業的にこういうのヤバイんじゃないかと思ったが、どうやら普通に友達と待ち合わせしていたところを強引に誘われたということにするらしい。これが冤罪やらだったら大層エゲツナイことだが相手はうら若き女子を漁るおぢ(笑)で事実なので特に問題なかった。
俺は俺でそのツテの人と少し話す必要があったのでカフェでお話することになった。もちろん、メリーさんも同伴で。
「だっしゃらぁ──ッ!ヒーロー着地!膝に悪い!」
カフェにある天窓からカチ割って入店してきた待ち人は肌に刺さったガラスを抜きながら快活に挨拶を始めた。
「どもどもー、おはよーさん。そっちの君はハジメマシテだね~。ナニナニ?コレ?」
「お久しぶりです、
「初めまして、なし崩した彼女のメリーさんよ」
「うぉう、初めて聞いた日本語だ……どーも、天鋼です。弁護士やってて彼の身元保証人……お母さん的サムシング?」
「お母さんって感じじゃないですけどね」
「しゃーないしゃーない。他人の子だからねー。実子よりかはドライになるよ~、ま、私子供居ないんだけどね」
ドストレートな発言が目立つ天鋼さんは言ってはなんだが根っこの部分からサイコパスだ。お母さんのおなかの中にデリカシーと共に倫理観や一般的な常識をも置き忘れるという盛大な忘れ物をかまして生まれてきたと言っていい。なにせ弁護士になった理由というのが……
『日本って検挙率がほぼ100%って言うじゃん?で基本的に弁護士不利じゃん?そんな状況で勝訴した時、ぜっっっっっっっっっったい検察とか良い顔すると思うんだよね。ゾクゾクしちゃう』
だった。まぁつまり、この人は自分が有利だと思っている人達が負ける姿に酷く興奮するタイプの変態だ。一応数少ない最高裁で勝訴の実績がある弁護士ということで有名なのだが中身がコレだ。こんな人間に育てられた俺がマトモに生活していることは奇跡と言っても良いのではないか?
「血塗れなのはスルーで良いのかしら?」
「いやぁ~お姉さん今さっきまでちゃんと命狙われてたからさぁ~。困っちゃうよね!ちょっと裁判で煽ったらもう怖い人達が追いかけてくるんだもん!」
「イカれてるのかしら?」
「イカれてるんですよ」
「しっつれいだなぁ君たちは。お姉さんこれでも仕事出来るからね?世間様の味方してんだから堂々とお天道様の下を歩けるワケ。ただちょっと歩き方がアグレッシブなだけで」
「天窓カチ割って入店する歩き方はどう考えてもハリウッドとかのジャンルでは?」
「まぁほら。お姉さん苗字の通りカチ割るのが得意だから」
「……苗字?」
「あぁ、天鋼さんの苗字の由来というか意味ですね。大雑把に言うと斧の反対側に付ける金槌の名前なんですよ。斧としても金槌としても使えるようにっていうものなんですけど」
「そそ!ウチ先祖が鍛冶屋でね~、苗字付けるとき常日頃から作ってるモンから付けたんだってさ。斧の頭ね。ただ斧の頭をそのまま苗字にすると鍛冶屋なのに木こりっぽいじゃん?だからちょっと捻って天鋼になったらしいよ。鋼って入ってるし鍛冶屋っぽいってのもあるけど」
「興味深いというか……変な苗字ね」
「それね!まぁ本当の理由はカチ割りたいほど憎い相手が居るから絶対にカチ割るって戒めの名前なんだけど。それはいいとして……で?お姉さんになんの用?誰か殺した?それともパチッた?殺しは難しいけどパチならまぁギリかなぁ」
「この人この世に存在していい人なのかしら?」
「必要悪とかそんな部類なんですよ。ダークヒーローみたいなモンです」
「なになに!?バット〇ンってこと!?」
「バッドマンではありますけど」
「バッドウーマンね」
「キャットウー〇ンじゃん!!」
血塗れでケラケラと笑う姿は真正のイカレだが、まぁなんというかありがちなことにこんなボロクソ言ってるが優秀ではあるのだ。優秀故というべきか。
とりあえず、事情を話す。企業転覆計画の事だ。話を聞き終えた天鋼さんはいくらかパソコンを開いて作業した後
「よござんしょ!中々巧妙に隠してるから訴え甲斐があるよ~こりゃあ。まぁ内部の証拠とかモロモロあるから楽勝の部類ではあるけどね」
「いけそうですか」
「ラクラク!ものっそい楽勝よ!痴漢冤罪よりものっそラク!知ってる!?痴漢冤罪って証明難しい分、冤罪が証明できると若い人間の人生一つぶっ壊せるんだよねぇ~!だから後半分が悪くなると示談で済ませましょうって言われたりするけどその時拒否るとものっそいよ!人間ここまでキレられるんだってくらいキレるもん!」
「本当にこの人は生きていていい人間なのかしら?」
「残念ながら性格が駄目なだけなんですよ。性格以外はセーフなんですよ」
「社会の闇……」
「ガハハっ!社会の闇に切り込んでる人間なんだけどね!」
あまりにも性格が終わってるが優秀ではある。だから任せておけば必ずブラック企業を潰してくれるだろう。逆に言えば闇には闇をぶつけるしかないのだ。悪にはより強大な悪をぶつけた方が良いというように、ブラック企業には人の破滅する姿をゲラゲラ笑って見送ることが趣味の弁護士をぶつけるしかない。この世の地獄か?
「まぁまぁ、それはいいとしてよ。報酬の話をしよう」
「あぁ、はい。そうですよね。」
「いくら払えばいいのかしら?」
そういえばそうだ。訴える資金等は後から話せば雨女さんが出すと言ってくれた手前抜けていた。あと親代わりの人というのもある。まぁ余り育てられた記憶はないのだが。ほぼ放置プレイだったが。前世の記憶がある身としてはありがたかったのは言うまでもない。
「いやいや、金はとらんよ。ほっとんど金だけ出してあとは勝手に自立してた子供が頼ってきたんだ。まぁ親らしいことしなきゃねぇ~~」
「本音は?」
「会社って潰すと路頭に迷う人いっぱい居そうだよねぇ~!!」
「はい」
「……申し訳ないけど今この場で息の根を止めてしまった方が世の為人の為に当たるのではないかしら?」
怪異であるメリーさんに世のため人の為を思わせるほどの邪悪さはたぶんきっと部長とタメ張れるほどだと思う。だが、だがしかし、こんなんでも一応頼れる大人の一人なのだ。頼るしかない。
俺達は干ばつで人柱を捧げる村の人達のように苦汁の顔で企業転覆計画の最終フェーズを頼むのだった。
「あ、お金は貰わないけどちょーっとばかしそっちの……メリーさんだったかな?は借りてくよ~~!女子会しようぜ女子会!」
「女子って年齢じゃないですけどね」
「はっはー!言うねぇ!心はいつまでも未成年だよ!未成年ン時から社会に中指立てて来たからね!」
「邪悪……!」