石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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質量二の水質同位体 5

「うーん」

 

 フィーマは丁寧に書かれた数式を見て唸っている。梯積と極積の和として表される幾何積は慣れるとかなり自由に流体力学だの波動だのを操れる便利な代物で、あとはこれと数式集を使えば計算をするだけなら結構なんとかなるというのはいいものだ。まあ三脚試験(スリーシャンク)ではそんな暇がないので覚えられるものはできるだけ覚えた。今は半分以上が頭から抜け落ちている。

 

「納得できない?」

 

「まあ記号を動かしただけですからね、これで理解できたっていうなら運算機関(レックニングエンジン)は全知全能ですよ」

 

「そろそろ労働運動とか起こしそうね。やっぱり保険会社の運算機関(レックニングエンジン)が一斉に停止したりするのかしら」

 

「機械と人間の連帯はいいものですが、本題に戻らせてください」

 

 そう言って、フィーマは数式を指でなぞる。

 

「はい」

 

「……思ったより、微小振動力学って簡単に導出できるんですね」

 

「基本的には熱とか、あるいは水に落としたインクと同じ。熱いところから冷たいところへ、濃いところから薄いところへ。水溶液では浸透圧と呼ばれる圧力が、電子のまわりに発生する。そして定常状態ではそれを押し留める圧力もある。実際にはそれは光媒質(エーテル)の微小振動が動かす電子なわけで、どれだけ動くかは確率積分の分野になるのだけど」

 

「あーなんでしたっけ、部品の故障とかを見るやつ」

 

「そう。誤差とかの話でもあるのだけれど」

 

 例えば部品を加工する時、成果物の長さは最初に設定した状態から振動などによって微妙に長くなったり短くなったりしながら乱雑に変動する。その上で長さの変化が複雑な関数として製品の品質に出てくる際に、どのような影響が高次項として出るのかみたいな理論がある。平均値の移動だけではなく変動部分の二乗が効いてくるのだ。確率積分というのはそういった方面から発展して、そしてどうしても乱雑性が入るために数学の方からは工学扱いされている分野である。

 

 半世紀ちょっと前、差分機関(トーデイルエンジン)運算機関(レックニングエンジン)に発展させるべく、共同連邦(コモンウェルス)の頭脳たちが結集した。数学者であり発明家の座長のもとで開かれた夜会(スィンベル)には、多くの人が集まった。物理学者、政治家、生物学者、数学者、技術者、詩人、そして多くの女性。とはいえ本気で運算機関(レックニングエンジン)に興味があったのは座長を含めた数人と軍だけで、他の人は趣味の範囲で手を貸したという側面が強いのだが。

 

 しかし彼らがもたらしたものは大きい。博徒と計算手(レックナー)の守護聖女の異名を持つ数学者は運算機関(レックニングエンジン)の汎用性理論の萌芽を作り、蒸気動力革命を率いた技術者集団の系譜と新しい分野を開拓しつつあった数学者たちの協力によって精度制御の概念と産業効率への道が開かれた。

 

 そしてその頃に積み重ねられ、運算機関(レックニングエンジン)のために発展してきた数学が、今や電子の運動を、そして物質の深淵を探ろうとしているのだ。なかなかおもしろいものを見れる時代に生きているものである。

 

「で、あくまで勾配であるから渦ができなくて極積項はない。あとは展開して、光媒質(エーテル)の物性値を入れて、式変形をしてあげれば内圧を示す定常式の出来上がり、ということでいいですよね」

 

 フィーマは疲れたような声で言う。この理論を数時間格闘しただけで追いつけるのはしっかりと基礎がある証拠だと思う。

 

「簡単でしょう?」

 

「全部誘導されてですからね」

 

「まあ私だって発明したわけではないから」

 

「……理解ではなく雰囲気を掴むため、と割り切っているので進めますよ」

 

 フィーマはちょっと不機嫌に言う。理解できているならいいじゃないかと思うのだがね。

 

「ところでこの密度ってなんなんですか? 浸透速度が確率に依存するみたいなことが書かれてますけど、電子はあくまで一つであって、光媒質(エーテル)に溶けて広がるとかではないですよね?」

 

 そう問いかけるフィーマに私は深く頷く。

 

「よくわからないのよね。粒子が波に乗っているのだとか、あるいは本質は孤立波なのだとか。まあ運算機関(レックニングエンジン)で足し算を重ねようが表を持ってこようが掛け算ができるみたいなものよ」

 

「……つまり分光像からわかるのは式の形だけで、その式が光媒質(エーテル)上の何なのかは何もわからないと?」

 

「そういうこと。そもそもこれを密度とか波の媒質と見なすのはあくまで便宜である、という解釈が有力だけれどもね。そのあたりを勘違いしないように」

 

「はーい」

 

 フィーマは良く理解してくれる子だ。とはいえ、これも一般的な物理学の話をある程度知っているからかもしれない。多くの計算手(レックナー)は問題を整理するためにかなりの数学の技量を持っているし、そういう人達は普通に三脚試験(スリーシャンク)上位者に引けを取らないとは思うんだけれどもね。実際に大学で助手として働いている人には、当然全員ではないがそういう話がちゃんとできる人がいたし。

 

「そしてこれを波動の媒質と見なすと波長が短いほど速く進む波になる。そもそも確率は媒質にならないから波にならないとかは言わないようにね」

 

「わかりましたって」

 

「で、二つの水質(ワータシャフト)核の周りを動く電子は二つの核をまとめるように振る舞う。あとは換算質量を導入して、二回微分で発条(ばね)係数を出してあげればいい」

 

「……これが、水質(ワータシャフト)核が散らばらないようにまとめている力なんですか?」

 

「にしてはおかしいのよね、そもそも電子がこうやってやり取りされていて水質(ワータシャフト)核と中性子(ニュートラオン)を繋いでいるように見えるっていうなら、核の大きさを考えれば浸透圧から来る力積が相当なものになるはずなのよ」

 

「あー、濃いところから薄いところに行こうとするから、一箇所に閉じ込めると出ようとして暴れるんですか?」

 

「あくまで数式上はそういうこと。逆に暴れさせないならどこにいるかわからなくなる。揺れる汽車の中で精密測定ができないのと同じで、光媒質(エーテル)熱振動があるならあまり詳しい分析はできないのよ」

 

「えーそうなるとあれですか、電子で説明できるものとは桁違いの力が必要で……」

 

 そう言いながらフィーマは数式を追いかける。亜光速補正で熱量を抱えて有効質量の増えた電子とかであればいけないかな、と思ったがうまくいきそうにないな。ともかく変数が多すぎるので、今は理論をこねるよりも着実な実験を積むべき段階なのだろう。




The chief classification of geometric algebras is into those of odd and even dimensions. The geometry of an elliptic space of $n$ dimensions is the same as the geometry of the points at an infinite distance in a flat or parabolic space of $n + 1$ dimensions; the theory of points and rotors in the former is the same as that of vectors and their products in the latter. Each requires a geometric algebra of $n + 1$ units. Thus the algebra of four units, leading as above to biquaternions, is either that of points and rotors in an elliptic space of three dimensions, or of vectors and their products in a flat space of four dimensions. All geometric algebras having an even number of units are closely analogous to it; of these I would point out particularly that of two units, belonging to the elliptic geometry of one dimension or to the theory of vectors in a plane. Let the units be $\iota_2, \iota_3$; then a product of any even number of linear functions must be of the form $a + b\iota_2\iota_3$. Let $i = \iota_2\iota_3$, then $i^2 = -1$; and such an even product is the ordinary complex number $a + bi$. In the method of Gauss every vector in the plane is represented by means of its ratio to the unit vector $\iota_2$, that is to say, $\iota_2$ and $\iota_3$ are replaced by $1$ and $i$. This gives an artificial but highly useful value for the product of two vectors. We might apply a similar interpretation to the algebra of four units, denoting the points $\iota_0, \iota_1, \iota_2, \iota_3$ by the symbols $\omega, i, j, k$, and consequently their polar planes $\omega\iota_0, \omega\iota_1, \omega\iota_2, \omega\iota_3$ by the symbols $1, \omega i, \omega j, \omega k$; but I am not aware that any useful results would follow from this imitation of Gauss's plane of numbers.

幾何学的代数の主たる分類は、奇数次元のものと偶数次元のものとへの分類である。$n$ 次元の楕円空間の幾何は、$n+1$ 次元の平坦空間または放物的空間において無限遠にある点の幾何と同一であり、前者における点と回転子(rotar)の理論は、後者における有向量(ベクトル)とそれらの積の理論と同じである。それぞれが、$n+1$ 個の単位からなる幾何学的代数を必要とする。したがって、先に述べたように双四元数(biquaternion)へと導く4単位の代数は、3次元の楕円空間における点と回転子(rotar)の代数であるか、または4次元の平坦空間における有向量(ベクトル)とそれらの積の代数であるかのどちらかである。偶数個の単位をもつすべての幾何学的代数は、それに非常によく類似している。このうち私は特に、1次元の楕円幾何学に属する、または平面におけるベクトルの理論に属する、2単位の代数を指摘しておきたい。これらの単位を $\iota_2, \iota_3$ とする。すると任意の偶数個の一次式の積は $a+b\iota_2\iota_3$ の形でなければならない。$i=\iota_2\iota_3$ とおけば $i^2=-1$ であり、このような偶数個の積は通常の複素数 $a+bi$ である。Gaussの方法では、平面内のすべての有向量(ベクトル)は、それと単位ベクトル $\iota_2$ との比によって表される。すなわち、$\iota_2$ と $\iota_3$ は、それぞれ $1$ と $i$ で置き換えられる。これは2つの有向量(ベクトル)の積に対して、人工的ではあるが非常に有用な値を与える。4単位の代数にも同様の解釈を適用することができるだろう。すなわち、点 $\iota_0, \iota_1, \iota_2, \iota_3$ を記号 $\omega,i,j,k$ によって表し、したがって、それらの極平面 $\omega\iota_0, \omega\iota_1, \omega\iota_2, \omega\iota_3$ を記号 $1, \omega i, \omega j, \omega k$ によって表すのである。しかし、Gaussの数平面をこのように模倣することから何らかの有用な結果が導かれるとは、私は認識していない。


CLIFFORD, Professor. Applications of Grassmann's extensive algebra. American Journal of Mathematics, 1878, 1.4: 350-358.
ウィリアム・キングドン・クリフォード『Grassmannの拡張代数の応用』、1878
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