石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

16 / 16
質量二の水質同位体 6

「生産施設を手に入れようとすると、金が足りないでしょう」

 

 各種の書類を囲んで、私は執事のラドウィックと昼食の終わった机で向き合っている。今日はミセス・ブラッケンとフィーマも台所にいるので彼は忠実な執事を演じている。どうせみんな本性を知っているんだから今更ではあるが。

 

「やっぱり産業投資って桁が違うんだよな……」

 

 私は液化酸素製造のための深冷分離を行う企業の会計書類を見ながら言う。こういうものの写真複製が銀貨数枚あれば数日で揃えられるというのは恐ろしい時代である。少し前にラドウィックがこの手の名簿で存在していないものを探すのは大変だと言っていたが、やり方さえ知っていればできてしまうということでもあるのだろうな、大変なだけで。

 

「……ラドウィックは『共同連邦(コモンウェルス)系の連合議会(コングレス)人』として大陸帝国(コンチネンタル)にいたんだっけ?」

 

 フィーマが書類を見ながら言う。ラドウィックは書類上は陸軍のよくわからない部署のしがない職員であったはずだ。つまりここには早期退職して来た、ということになるわけである。もちろん政府からの手当や年金というものはない。

 

「ええ。連合議会(コングレス)大陸帝国(コンチネンタル)の民間国際協力の担当者として、各地の文化の振興と調査を担当しておりました。各地の言語もその時に少し」

 

 さらりと言っているが、普通に考えて危ない行為である。大陸帝国(コンチネンタル)内部において帝政に対する反発運動と分離独立の試みであるとか、事実上の貴族制度への非難が多いのはいつものことだ。彼ら曰く、それは世襲ではなく実力で与えられるもので、名誉騎士と名誉連隊長と名誉司令官と名誉将軍と名誉元帥からなる名誉軍団勲章らしい。叙勲された人物には士官学校とか工科学校、師範学校に政治学校などへ第三者を推薦できる枠があるが、貴族制度は廃止されているそうだ。

 

 かつて複数の陣営を海峡を越えて操っていた共同連邦(コモンウェルス)の対外政策は大陸の統一によって破綻した。おかげで極東の大君藩国(タイクーンダム)と同盟したり各地の植民地に力を入れたりしているのだが、大君藩国(タイクーンダム)については足元を見られたところがあるはずだ。そして色々と削れたもの補うために、色々な調査であるとか活動とかをやっているのだ。もちろん公的な命令書であるとか予算などはないと思う。

 

「そんなことを軍人じゃなくて軍属にやらせているのだからこの国は衰退するのよ」

 

「お嬢様。数値に頼らない衰退論は、敵に対する無根拠の侮りよりも恐ろしいものです」

 

「反省する。……あれ、もしかして新大陸全土を統一した連合議会(コングレス)と比較するとおかしくなるだけで、共同連邦(コモンウェルス)って良くやっている方?」

 

「世界各地に持っている植民地と間接的に影響下にある地域、そして同盟国の範囲を含めれば、その陣営は三大陣営の一角と呼ぶのにふさわしいものでしょう」

 

「そこまでやって一角なのよね……」

 

 私は呟いて、曖昧な世界情勢を脳裏に思い浮かべる。連合議会(コングレス)は統一の過程で百万を超える死者を出して未だ混乱中。大陸帝国(コンチネンタル)は統一の混乱からは復活したが統合されたと言えるほどまとまっているとは言えない。そもそも我らが共同連邦(コモンウェルス)だってそこまで支配しているわけでも統一しているわけでもないからな。各地に置いているのは総督で、あとは現地勢力同士で争わせて利益だけ吸い取るという紳士的な手法を採用しているだけだ。

 

「本題に戻りましょう、お嬢様。目的を直接達成するためには、資金が不足しております。たかだか千金貨(クイッド)では、工場一つ建てることもできません」

 

「寄付とかでできるのもあくまで一時しのぎに過ぎない。理屈は理解できた。では、どうすれば?」

 

「一つは注文を取りまとめることです。この手の企業は小口の取引を厭いますが、大口であれば対応します。中間に入る組織を作り、その運営資金を提供すればよいかと」

 

「……起こりうる問題は?」

 

「類似の組織が既に多くの失敗を重ね、その対応をしております。協同組合や保険機能を持つ友愛会はほぼそれですし、統合投資を行っている信託もあります。運輸で規格木箱が用いられるのも、各地の荷揚げや契約が統一されているからと言ってもいいでしょう」

 

「結局は多くの情報を扱うから、運算機関(レックニングエンジン)の仕事、というわけね」

 

 ミセス・ブラッケンの言葉に執事は頷いた。ああそうか、返金を求めてくる人がどれぐらい出るかとか、掛け金が妥当かどうかを直感や手作業でやるのは難しい。だから数学と統計を用いて、多少はなんとかなる賭けをするのだ。それはそれとして負けるときは負けるのだが。

 

「事務所と会計士を用意するだけであれば、年に三十金貨(クイッド)もあれば足りるでしょう」

 

「私以下の給与でそんなことやる人がいるんですか?」

 

 ラドウィックの言葉に驚いたようにフィーマが叫ぶ。まあ彼女の仕事はかなりしっかりしているし、貰っている給金自体は少ない。ただ服も食事も生活費のほとんども経費ということで給与から引いたりしているわけではないのでかなりいいとは思うんだがな。

 

「ええ。彼らはこれ一つをやるわけではありません。この種の取引を数件抱えていれば、生活するには十分なものとなるでしょう。今回依頼する予定の信頼できる事務所では、助手を含めた七人程度で三十を超える法人を運用しております」

 

「法人を作るのも簡単ね……」

 

 私はそう言って息を吐いた。私がやりたいと思ったことは、私が思っている以上に先人がいて、方法が整備されていて、そしてなんとでもなるのだ。それを多くの人が知らないだけ。じゃあ誰に聞けばいいのか、というのも難しいところだ。私だって共同連邦(コモンウェルス)内部の科学技術の論争であるとか人間関係であれば大学で聞いた噂と論文を読んだ範囲で雰囲気自体は掴んでいるものの、それは実際の会話に割って入って聞いたものではないからな。現場からは離れてしまったとはいえ、ラドウィックのような実際の場所を知っているという能力はかけがえのないものなのだ。




COLONEL LOCKWOOD I beg to ask the Secretary of State for War what steps, if any, he intends to take with regard to the facts forwarded to him on the subject of the military men from a foreign nation who have been resident for the last two years, on and off, in the neighbourhood of Epping, and who have been sketching and photographing the whole district and communicating their information directly to their own country.
MR. HALDANE As the law of this country stands at present, everybody, whether he is an Englishman or a foreigner, is at liberty to go about and, if he likes, to sketch and photograph, excepting in places where there are fortifications. Nor am I aware that in other civilised countries the law is materially different. And I wish to add that I neither attach as much importance as does the right hon. and gallant Member to the results, nor in this case do I feel so certain as he does about the facts.
COLONEL LOCKWOOD Surely the right hon. Gentleman is aware that in foreign countries where similar proceedings are carried on there is a very speedy method of ending them?
MR. HALDANE If you go near fortifications, either here or there, you will find yourself very summarily dealt with, but you may go and sketch over the whole of Germany, so far as I am aware.
MR. TOMKINSON (Cheshire, Crewe) Is it not open to anybody to buy Stanford's 25-inch scale map, which shows the whole country, with every particular in regard to roads, elevations, etc. better than anyone could possibly sketch it?
MR. HALDANE Yes; and I believe on the Continent you can buy the general staff maps in addition. Very little importance is attached to that.
MR. ASHLEY Will not the right hon. Gentleman reconsider his action of two years ago in stopping the military reconnaissance of Great Britain, in case an invasion takes place?
MR. HALDANE The hon. Gentleman appears to have little confidence in the capacity of our people. The military reconnaissances were stopped because they were not suitable for the purpose for which they were intended. The most careful study of the ground will be made in the future by the forces charged with the defence of the country.
MR. ASHLEY Why not institute proper reconnaissances?
AN HON. MEMBER asked whether this state of things was increasing in this country, and whether the same process was not going on in the New Forest and elsewhere.
MR. HALDANE I do not think so. I was told that a most certainly authenticated case had been discovered of three foreign officers taking observations not long ago. They were living apparently in great luxury at a house down in the country, with motors and champagne. On investigation I discovered that they were three gentlemen of a quite different character, not in the least associated with military matters, nor anything so desirable. This is the kind of thing which is constantly coming up.
COLONEL LOCKWOOD Is not the right hon. Gentleman rather turning the whole matter into ridicule? Does he approve of the system which is apparently going on in our midst?
MR. HALDANE My Answer is that it is not apparently going on. If foreign staffs want to obtain that kind of information they would not be so foolish as to do it in the way the right hon. and gallant Member speaks of.

ロックウッド大佐 私は陸軍大臣に対し、エッピング近郊に過去二年間断続的に滞在し、同地域一帯の写生や写真撮影を行い、その情報を直接自国へ送っている外国籍の軍人らに関する件について、大臣のもとに送付された事実関係に関し、これについて大臣は、もしあるとすれば、いかなる措置を講じるおつもりであるか、お尋ねする。
ホールデーン氏 この国の現行法規下においては誰でも、英国人であれ外国人であれ、要塞の所在地を除いて自由に行き来し、望むなら写生や写真撮影を行うことができます。他の文明国においても、法制度がこれと大きく異なるという認識はございません。また付け加えさせていただくのであれば、私は武官議員閣下ほどその成果というものを重視してはおりませんし、今回の件に関する事実関係においても、閣下ほどの確信というものは抱いてはおりません。
ロックウッド大佐 大臣閣下の御承知の通り、外国において同様の行為がなされた場合、それを終了させる極めて迅速な方法が存在するのでは?
ホールデーン氏 ここであれ向こうであれ、要塞に近づくなら直ちに厳しい処置を受けることになるわけですが、誰でもドイツ全土を歩き回って写生することは可能です、私の知る限りですが。
トムキンソン氏 (チェシャー州クルー選出) 誰であれ、人間が手描き写生する以上に、道路や標高などのあらゆる詳細を国土全体にわたって示しているスタンフォード社の25インチ縮尺地図を購入できる状態にあるのではないか?
ホールデーン氏 ええ。そして欧州大陸においてはそれに加えて参謀本部地図も購入できると認識しております。その種のことにはほとんど重要性は認められておりません。
アシュリー氏 大臣閣下は侵略発生に備えるための英国国内の軍事的偵察を中止してしまった二年前の措置を再考しないのだろうか?
ホールデーン氏 議員閣下はわが国民の能力に対する信頼が乏しいようにお見受けする。軍事偵察が中止されたのは、意図された目的に対して適切でなかったゆえであります。将来においては、国土防衛を担う部隊によって、最も慎重な現地調査が行われることになる予定であります。
アシュリー氏 なぜ適切な偵察を導入しないのか?
某議員 この種の事態が国内で増加しているのかどうか、またニューフォレスト等でも同様の行為が行われているのではないかと質問した。
ホールデーン氏 そうは考えてはおりません。少し前、三名の外国将校が観測を行っているという、極めて確実とされた事例が発見されたと報告を受けました。彼らは田舎の屋敷で自動車や発泡葡萄酒(シャンパン)を伴う、明らかに大変な贅沢をして暮らしていたとのことでありました。ところが調査したところ彼らは全く異なる性質の三名の紳士であり、軍事問題とは少しも関係がなく、ましてや軍人のような望ましさとは無縁であることが判明いたしました。こうした類の出来事は、絶えず持ち上がってくるものです。
ロックウッド大佐 閣下はこの問題全体を嘲笑に変えようとしているのではないか? 閣下は、我々の只中で現に行われているとみられるこの活動を容認されるのだろうか?
ホールデーン氏 私から述べられる答弁といたしましては、そのようなことは現に行われているわけではない、ということであります。もし外国の参謀本部がその種の情報を手に入れたいとご所望であれば、武官議員閣下がおっしゃるようなやり方を取るほど馬鹿ではないでしょう。

HC Deb 06 July 1908 vol 191 cc1230-2
英国議会下院議事録、1908年7月6日
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ(作者:小沼高希)(オリジナル現代/戦記)

【完結】「一兆ドルで重力特異点制御ができますよ」と、アクリル板越しの彼女は言った。それを形にする方法を考えるのは、俺達の役目だった。


総合評価:1339/評価:8.91/完結:250話/更新日時:2026年08月20日(木) 00:00 小説情報

ハリー・ポッター 「オーグリーの旗を掲げよ」RTA 1938年シナリオ トム・リドル攻略チャート(作者:魔法省真理部記録局)(原作:ハリー・ポッター)

実績: 「Raise the Augurey Banner(オーグリーの旗を掲げよ)」 イギリスの魔法界元首がDelphiの状態で、「存在の権利」が「魔法族至上」、「存在間隔離」、「文化的排斥」以外である。▼トム・リドルはハゲません。多くの先駆者様に敬意を、そしてみんなも走ろう。


総合評価:1975/評価:8.72/連載:29話/更新日時:2026年08月30日(日) 18:00 小説情報

ハッピー『エンド』じゃ終われない(作者:雑Karma)(原作:超かぐや姫!)

ページを閉じても人生は続くよ。ありきたりな終わりなんかに、私たちは引き裂けない。▼だから待っててね、ヤチヨ。ハッピーエンドの向こう側まで、必ず貴女を連れて行くから。


総合評価:5086/評価:9.36/連載:49話/更新日時:2026年09月01日(火) 07:01 小説情報

家出人、別名「歴史の観測者」(作者:未来で勘違い)(オリジナル歴史/冒険・バトル)

ただ自由を求めた旅人が無自覚に歴史の転換点を踏み抜き黒幕扱いされてしまう勘違いもの▼未来で評価考察され、過去と落差があるやつが好きです。


総合評価:8849/評価:8.75/完結:9話/更新日時:2026年06月21日(日) 09:02 小説情報

魔法使い♯ちゃんの世界最適化計画(作者:ざし)(オリジナルSF/冒険・バトル)

科学と合理主義を信奉する転生少女シャロン・P・ウィッケンハイザー、通称「♯ちゃん」は、5歳にしてすでに複数の物理実験を成功させ、家族から“これ以上の実験禁止”を言い渡されていた。地球の技術で世界を変えるつもりだった彼女は、ある日ふと根源的な問いに突き当たった。▼「ここは、本当に地球と同じ宇宙なのか?」▼魔法の存在すら知らなかった天才少女が、科学と魔法の狭間で…


総合評価:7175/評価:8.9/連載:56話/更新日時:2026年08月23日(日) 03:53 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>