石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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原子番号九十二より小さい元素の生成可能性 2

 インクの匂いであふれている、というわけではなかった。むしろ機械油と、摩擦で生まれた紙の独特の匂い。

 

「見学の方? ようこそ、お茶ぐらいしか出せるものがないけど」

 

 そう言いながら私達を迎えてくれた女性は「女性計算手(レックナー)」の編集長。眼鏡を掛けた方で、口調は軽いのだが表情は硬い人だ。声色もそこまで抑揚があるわけではないので、少し不気味である。ただ不機嫌というわけではなく、これが普段の様子なのだろうなとは思う。大学時代に変人はいっぱい見てきたので慣れているのだ。

 

「いただきます。……今度、自費出版をやろうかと思っていまして」

 

 ミセス・ブラッケンからは一緒に働いている女中が物理が好きでそういう本を出したがっているので話を聞きたい、ということで通してもらっている。そりゃあもちろん本当のことを伝えきっていないので話を聞くには不義理をしているわけであるが、かといって全部を伝える必要もない。金でどうにかなるわけではないが、焼き菓子の詰め合わせは受け取ってもらえた。ちょっと高級なやつで私もお気に入りである。贈答用にするのでなかなか食べる機会がないが、今回はすぐにお茶請けにしてもらえた。

 

「金と手間暇がかかりますよ」

 

「はい」

 

 最初から言ってもらえるのは助かる。というよりこの人はそういう細かな話し合いを通して勧誘するというよりもまずは現実をぶつけて様子を見てみる人だな。そしてたぶん自分の同類ができると聞いて少し楽しんでいるように見える。これは半分ぐらいは私の錯覚かもしれないが。

 

「でもですね、金と暇をかければいいものができるんですよ」

 

 そう言って、彼女は「女性計算手(レックナー)」の最新刊を渡してきた。いつも思うのだがこの表題は何なのだろうか。実際のところ、現代において計算手(レックナー)として働いている人の多くは女性である。もちろん大学とかでは実質的に計算手(レックナー)みたいな仕事をしている学生や研究者は少なくないし、男性でも優秀な計算手(レックナー)はいるとされているが。このあたりも労働の問題なんだろうな、と思う。

 

 医学が男性のもので看護が女性のものだとか、あるいは研究と計画が男性のもので計算と検証が女性のものだとか。そういうものは性のもたらす統計的差異にも起因するのだろうが、それ以上に社会がそういう基準を作っている、というのもあるだろう。このあたりはあまり深掘りすると面倒なことになるし、そういうものに落ちてしまうとフィーマに嘲られてしまう。思想は自らの方向を決める助けにするものであって、思想に自らの方向が引っ張られては意味がないのだ、というのが彼女の弁。

 

「基本的には文字ですね。原稿を集めて、それを並べていく。どこに何文字入るかを最初に決めて、それに合うように原稿を作ってもらうのが一番です。そうでないとこっちで全部書き起こして糊と鋏で頑張るしかなくなりますからね」

 

「活字製版にしろ行鋳造製版にしろ糊と鋏は不要では?」

 

「事前に組版を決めるためには実際にそういう事をやったほうがいいのです。本として出すなら文章をそのまま孔紙帯(ホールテープ)で流し込めばいいのですが」

 

 私は頷く。かつてサーロウ教授が屋敷の地下でやっていた時は文字を一つずつ組むことも珍しくなかった。彼は手描き時代の人間だが、今はもう打字機(ステイヴライター)で書く作家も多くなってきていると聞く。なにより出版社や印刷会社側がやりやすいというのもあるとか。

 

 そうして私は色々と説明を受けていく。基本的には時間がかかる。専門家に頼むと金がかかる。印刷にも他の業者を使うと手数料とかなんとか。代理人とかもいるが何かと大変。

 

「……例えばの話ですが、複数の雑誌をまとめて扱うような出版社というものを作れると思いますか?」

 

 私は聞いてみるだけ聞いてみる。

 

「……写真とかを最小限にするかどこかにまとめればいいと思う。文字が中心で、組版を丁寧にする必要がないなら、共同出資で孔紙帯(ホールテープ)を読めるものを買う、というのは選択肢になってはいるから」

 

「やはり画像は問題ですか」

 

「問題。本当に大変なの」

 

 そう言っているので、ちょっと持ってきた山岳会広報誌を見せてみた。フィーマは執筆と製本についてある程度知識はあるが、組版とか印刷とかについてどこまで知っているかと言われると怪しい。数式組版はもともとサーロウ教授のところで学生たちが従僕として働いていた時に教わったとか言っていた気がするが、この手の大規模製版ではなく試し刷りに近いものだろうからな。

 

 原稿を出版社に回す時、数式をちゃんとやるというのはなかなか難しい。だから丁寧に文字で書くよりも一回数式の版を作ってしまって、それを渡してしまうのも一つということらしい。

 

「……結構良くできているわね、これ。たぶん相当な暇人が作っているわよ」

 

「編集長もそう見ますか」

 

「こういうのができる人が欲しいのだけれどもね。写真製版は高いし、なにより送れないから」

 

「電信は便利ですものね……」

 

 植民地の事件が現地の支局から首府(トゥーン)に送られ、首府(トゥーン)の新聞社が編集した原稿が電信で戻ってくるのがわずか一日で終わるのだ。新聞の送信にかかる時間はおよそ二時間だと聞いたことがある。これは各種の頻出単語とかを置き換えて暗号みたいにした上で運算機関(レックニングエンジン)で復号して、という形だからな。

 

 というか雑誌とかもある程度そうすればいいんじゃないだろうか。要約をまとめた雑誌みたいなものもあるがそこまでしっかりと流通しているわけでもない。そのあたりは金にならないからやっていないという側面もあるのだろうが、少なくとも買う人はいるはずだ。途中で翻訳担当者とかを入れれば、市場は三倍になる。人件費に見合うかは怪しいが、それでも情報を私の所に集められるというのは嬉しい。

 

「……いいお話を聞けました。今日は本当にありがとうございました」

 

 私は深く頭を下げる。こういうところで礼を忘れるような存在になりたくない。

 

「もし本とか雑誌を作ったら見せて欲しい。色々と教えられることも教わることもあるかもしれないから」

 

「そうですね」

 

 私は微笑む。ここで不義理をしないようにするには実際に作る雑誌に何らかの形で私が関与している必要があるのでそれをどうするかになるよな。まああれだ、サーロウ図書館の司書としてそういう仕事をしているとかにしてしまおう。




In publishing on commission, the author pays the whole cost of production, and a percentage—usually ten—to the publisher for his services as agent. This is a very large branch of the trade: many works can indeed only be published on these terms, such as some on philosophy, science, technology, poetry, and at least three-quarters of modern fiction!

委託出版においては著者が製造の全費用を支払い、さらに代理人としての労務の対価として出版社に対して一定の歩合――通常は一割――を支払う。これは出版業界において非常に大きな一部門をである: たとえば哲学、科学、科学技術、詩に関する一部の著作、そして現代の小説の少なくとも四分の三がそうであるが、多くの著作はこの条件でしか出版できない!

JACOBI, Charles T. Some notes on books and printing: a guide for authors, publishers & others. 3rd ed. London: Charles Whittingham & Co. at the Chiswick Press, 1903.
チャールズ・トーマス・ジャコビ『書物と印刷に関する小考: 著者・出版社・その他の人々のための手引き』、1903年
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