「難しいでしょうね」
昼食後の紅茶の時間に、フィーマは小説本に栞を挟んで言った。私はフィーマに対して専門家への敬意を払うつもりはあるが、彼女の意見を常に信用するわけではない。実際のところ、彼女の意見にはしばしば間違いとか勘違いとかが入っている。直感と雰囲気と経験で判断するというのはあらゆる人間にとって当然のことだが、当然のことながらそれらからは誤りが生まれるのだ。
「具体的に説明してもらえる?」
私の質問に、フィーマは小さく頷いた。
「電信線の帯域をそれだけ貸し切るのに必要な金については一旦置いておきましょう。そのあたりはミセス・ブラッケンと一緒に料金表を見てください。問題はその雑誌を誰が買うか、です」
「いやそもそも欲しい人はそれなりにいて……」
「ほう、お嬢様は欲しいものがどこかにあれば、誰もがそれを探し当てるだけの余裕があるとおっしゃる。実に賢い」
「はいはい、私以外には雑誌をわざわざ取り寄せる酔狂な人はいなかったわよ」
フィーマは少し不機嫌のようだ。原因には心当たりはないが、確率的に考えればその原因が私である可能性が百分率で二百五十というところだろう。すなわち二つほど危ない事をしており、追加で一個あるかないかということだ。
「とはいえ聞く限りは宣伝の問題に思えます」
「……買ってくれる人を探せ、ということ?」
「それもありますが、むしろ私が言いたいのは誰が読むのかをお嬢様は考えてなさそうだってことですね」
「うーん」
そりゃまあ具体的な顔を思い浮かべるということはできませんが、学術研究の中心場所の近くにいるにはいたのですよ。いただけかもしれない。私は確かに
「私が文章を書く時は、まずは誰に読んでもらって、どう思ってほしいのかを決めます。自分の思っていた違和感は正しかったんだと思ってほしいのか、あるいはこんな生意気な意見を許してなるものかと思ってほしいのか」
「後者が使えることがあるの?」
「敵の反撃があると、団結が生まれるものですよ」
フィーマはさらりと言うが、これを意図的にできるということは「敵」のことを心から憎んでいたり、あるいは理解できないと思っているわけではないのだろう。そういう意味では彼女は古い時代の傭兵めいた金さえあれば動くと言われるような人かもしれない。このあたりはきちんと歴史を踏まえておかないと問題になるからな。
例えば独立とか税収とかと引き換えに植民地として組み込まれている諸藩王国から徴兵を行うのはどのぐらい傭兵的行為なのであるかとか、正規軍であっても駒のように貸し出されて縁もゆかりも無い戦場で死ぬことはどうなんだとか、色々と。あまり詳しくないことをしたり顔で語るのはよくないだろうな。
「……今回はそういうのではなくて、純粋に情報を集めたり発信するのに私が作る雑誌を使ってほしいという考え方」
「競合はあるの?」
フィーマが聞いてくる。
「似た発想はあるけれども、狭い地域にとどまっているもの、陣営の枠をでていないもの、あるいは旗艦誌か准旗艦誌しか対象としてないものなど。というより旗艦誌自体がかなりそういう側面がある、というのは事実だけれども、うまく行っていない。行っていたら私が苦労していない」
各陣営の支配地域が概ね確定したときには、地上から国境線がなくなってしまった。すなわち、海軍こそが軍隊の中心となってしまったのである。もちろん陸軍なしには占領と支配はできないのだが、それは今は本題ではない。
つまりは軍艦の規模と数こそが、国家の力を見る指標の一つなのである。この種の競争はどうにか抑制しようというあらゆる試みにもかかわらず、残念ながら止まってない。私にもたらされている年金があれを作って走らせるだけで氷のように溶けていく代物であると考えると、いっそのこと一艦ぐらい張りぼてで作ってしまってもいいのではないだろうか。その金があれば科学基金を作っていくらでも実験ができるし、そもそも私が作る雑誌に相当するものを国家事業としてできるぞ。
話を戻そう。そういう海軍においては一つの船ではなく艦隊として戦う。光通信を行うとしてもある程度近づいていないといけないし、指揮統制を行う船が必要になる。そのために最強の船に国家の象徴たる旗を掲げさせ、司令官と各種高級軍人を乗せ、先頭を進ませ、そして来たるべき全面衝突を伴う大戦争の時には撃沈と同時に旧式艦船の処分、底にいる上層部に対する書類上の叙勲と出世、さらには効率的な人材刷新を実現するというものである。
それが旗艦。つまりは、陣営の科学技術の威信を賭けているという点において、そして攻撃を最も受けるという点において、
まあ経済と貿易によってそれなりに陣営が結びつけられてしまい、
「……
「そう。読めている人は少ないけれども」
あそこに投稿されるということが一種の格式になってしまっているし、その
「となると翻訳を前提として、という点が強みですね。そういう人達を本格的に探し出し、採用し、となると手間と金がかかりますよ」
「金ならこういう時に使うのよ」
私の言葉にフィーマは嫌そうな顔をした。まあ、これでは小説に出てくる悪徳貴族みたいなものであるからな。大抵は金で買えないものがあると婚約者に言われ、そして逃げられてしまうのだ。
著者が論文の出版のための媒体として学会を利用しなければならない理由は全く存在せず、もし特定の学会に対して正当な不満の理由があるならば、追求すべき現実的かつ常識的な対応はそれをボイコットすることである。もしそうされれば、アメリカやその他の様々な外国の定期刊行物と同様の路線で『英国数理物理学雑誌』を創刊することも可能となるだろう。そうした雑誌が存在しないことは、英国の科学的事業に対する極めて深刻な汚点を構成しているのである。
BASSET, A. B. Learned societies. Nature, 1904, vol. 69, no. 1794, p. 437.
アルフレッド・バーナード・バセット『学術団体』、1904年