誰が読むのか、というのは重要だ。そしてそういう問題においては過去の例を探るのが一番である。
というわけで、サーロウ教授の後継者としてあちこちに手紙を送っている。教授はそれなりの金で学会誌をまとめ買いしていたし、その多くは私が引き継いでいるからある程度はなんとかなる。その繋がりをもとに、作ろうとしている雑誌を手伝ってもらえる余裕があるか、もし雑誌ができたら記事を載せることに協力してもらえないか、などと聞いているのだ。
「……しかしまあ、どこも難しい話ね」
手紙のうち、返ってきたものは決して多くはなかった。
「お嬢様、どうですか?」
そう問いかけてくるのは執事のラドウィック。
「そこまでの手間を割くのは難しい、とのこと。もしそういう雑誌が出て、安価であれば買うかもしれないし協力できるかもしれない、というのが平均的な感想。社交辞令をどのぐらい差し引けばいいのかの見当がつかないのが難しいところだけれども」
差出人の名義はサーロウ記念図書館館長、ペレディル・バクスター。十二人座ることのできる円卓にて十三番目、ということであからさまな偽名であるが、一見すると普通の名前になってしまうのである。当然各種の紳士録で調べても名前が出てこないが、出てこないと確認するためには調べなくちゃいけないし、調べるのは実は楽ではない。そしてサーロウ教授の方はそれなりに知られている人間なので、間接的に信じてもらいやすくはなっていると思う。
とはいえ送った手紙の筆調は代筆人の女性のものになっている。フィーマが一番癖がなく書けるという文字にしてもらった。本当は全部
「なるほど。似たような組織を運用した経験からすれば、しばらくは大赤字でしょうな」
「今年の余剰金の過半をこれに突っ込むつもりなのよ。寄付を切り詰めるのは申し訳ないところがあるけれども」
予算的にはいける、というのは数字上の話だ。それを維持し続けることも、今の収入が続けば不可能ではないだろう。とはいえ、利益を出せるほどではない。これはそこまで相手が金を持っていないから搾り取れないという話である。
「仕方がないことですな」
「……わかってるわよ」
反論しているのか自分に言い聞かせているのかわからないような言葉だ。そしてこういうやり取りの中で、私の目が届かなかったところで行われていた試みがはっきりしたりするのだ。
まず一つ、科学文献目録自体は幾度も計画され、幾度も失敗してきた。大陸統一戦争、新大陸の動乱、財政支援の不足に、人員の欠如。つまり誰かの意思に頼りすぎていたのだ。必要なのはこれを自律して動かすための方法である。
石油機関とか石気機関で最初に動力を与えるようなものだ。あれは円筒内の蒸気やら気体やらを着火させることで爆発させ、その運動を回転に変換する。とはいえ、最初にはある程度の回転がなければ動かないのだ。
あくまで比喩、と思いながら必要なものを考えていく。人員。科学技術分野に精通し、翻訳のための言語力がある人。要約がないものについてはある程度まとめてもらう必要があるので、その能力も欲しい。
となると各地の大学の学生を使うのも一つの手だ、と私は考える。ある種の奨学金だ。金で人を使うのは良くないかもしれないが、それで若者を支援できるのならそこまで悪い取引ではないだろう。必要なら何人かに重複してやらせればいいな。問題は人を紹介してもらうことであるが。
本部の場所。これはいっそのこと総帥にでも頼んで各地の学術機関の中で人を出してくれるところを探してもらうのがいいかもしれない。百
とまあそんな感じで立てた計画をラドウィックに見せる。このあたりで本当なら使用人の持っている技能を発揮しろと女主人として命令したいところであるが、彼が本気で仕事をしてしまうとこの屋敷で肉体労働をしてくれる人がいなくなり、私とフィーマが協力して石炭を上の方に持ち上げる各種の機械を動かすことになるのだ。いや、年齢と性別の差があるにしろ石炭の入った袋を軽々と運ぶというのは今でもある程度は鍛えているということではなかろうか。
「……これがやることの意味を、ミス・バクスターは理解していますか?」
「法には触れないはず。それに、こんな数学やら物理やら化学の情報を集めることが相互理解と発展につながるとはいえ、直接的な優位性をもたらすとは思えない。共通化と同じで、誰もが損をしないはず」
もちろん共通化で相対的に損をする人もいれば、他が売上を伸ばすことでやり方を変える必要が出てくるなんてこともあるだろう。それに小規模な組織は生産量の前では潰れかねない。しかし学術出版は、正直に言えばその手のものとは多少ではあるが条件が異なるのだ。
「見えざる戦争という炎に油を注ごうとしているのですぞ」
「その炎で産業という汽缶を焚いて世界を回しているのよ。透過線や
そう、寄付だ。見返りを求めない、失敗が前提のもの。海に
「……私からは直接言うことはありませんが、有志の紳士が協力を申し出てくることがあるかもしれません。私が彼らの身元を保証した場合には、手伝わせてやってくれませんか?」
「
私の言葉にラドウィックは頷いた。まあ、ある意味では外交であり、戦争なのだろう。人があまり死なないという点で、兵器を使うものに比べれば幾分消耗が少ないのはいいことである。
第十四次年報の全巻が刊行され、1914年までの目録作成が完了しました。戦争、および出版費用の過度な高騰によって引き起こされた財政状況は、その後の目録の印刷を一時的に停止することを余儀なくさせました。1915年以降の資料の多くはロンドン中央事務局にあり、財政的支援が確保され、出版費用がより正常に近づき次第、刊行できる準備が整っています。
SMITHSONIAN INSTITUTION. Appendix 8, Report on the International Catalogue of Scientific Literature. In: Annual Report of the Board of Regents of the Smithsonian Institution for the Year Ending June 30, 1921. Washington, D.C.: Government Printing Office, 1921, pp. 104–107.
スミソニアン協会『付録8: 科学文献国際目録に関する報告書』、1921年6月30日を末日とする年度におけるスミソニアン協会理事会年次報告書、1921年