一応送ることのできる第零弾の試作文面を用意できたころには、外はもう寒くなっていた。暦の上で計算すると雑誌を作ると決めてから半年が過ぎたはずであると結果が出てきた。もしかして最近夜が始まるのが早いというのは錯覚ではなかったのかもしれない。
できた内容としては各種の核物理学とでも呼ぶべき範囲の実験結果を取りまとめたものだ。旗艦誌以外にもできるだけ細かいものからも扱っているので、おそらく私以上にここまで本気になって収集した例はないと思う。一部の研究者には既にこの一覧を表題だけ回しており、こういうものがあれば買ってもいいという言質をもらった。具体的にはリードフィントン教授とか。
そんなわけで今日もやってきた雑誌に目を通して要約を書いて一日を過ごそう、と日が昇ってしばらくした時間帯のことである。遅めの朝食を食べながら思っていたら、ラドウィックが小さな封筒を持って食堂に降りてきた。ついさっき裏口の電鈴が鳴ったからな、たぶんそれだろう。
「総帥からです」
そう言ったラドウィックから私は封筒の中の紙を受け取る。略語が多いな。えーと
「……私がミスター・バクスターとして外に出る準備はできていますか?」
文面を改めて確認した私はラドウィックに聞く。ユツフマン館と言えば女王陛下とも縁のある化学者ユツフマンが建てた大屋敷であり、つまりは
そういえば
「いつでも対応できます」
「よろしい。午後すぐに学会に到着できるよう準備をしてください。髪はなんとかなりますかね」
「切りましょう。私は電報の返事を出してくるので、戻るまでに準備をしてください」
「はい」
そう言って執事が執事としての仕事をしている横で、私は印刷室で作業をしていたフィーマの方に向かった。
「あれ、何ですかお嬢様」
「
「館長じゃないんですよね」
「……館長代理でもいいわよ」
正直なところ、この手のものは別に届け出をしたわけではないのだからどうにでもなるのだが、私が手紙を送る時にペレディル・バクスターを図書館館長の名義にしたら少し不満がられたのだ。
「かしこまりました、ミスター・バクスター。辻馬車代は経費ですか?」
「もちろん。今できている原稿の複製と、あと名刺の準備をお願い」
「インクの匂いのする女中を連れ歩く若い紳士ですか、噂になっても知りませんよ?」
「今更よ」
まあ長期の旅行とかでは珍しいことではないし、そもそも女中がそういう相手であることもよくあると聞くからな。たぶん良くない話なのだろうが、では具体的に何がどう良くないのかと言われると怪しい。金で買っているようなものではないかと言われれば金で買えばいいのかよとなるし。しかしこのあたりは実際の困窮から目をそらしている人物が語るべきものではないだろう。
というわけで髪を切り、丁寧に油で後ろにまとめ、紳士服を纏い、厚底の靴を履き、つけ髭を整える。うむ。髭をつけるのは初めてであるがなかなか悪くない風貌になったな。金持ちの若旦那という感じがする。
「なんか普通じゃないですか?」
フィーマが私の方を見ながら言う。いや別に目立ちたいわけではないんだよ。もともと痩せ型なので服もすんなりと身体にあっていた。よかった、腹回りが太って入らないとかであれば悲しくなっていたぞ。
「こんなものです」
ラドウィックがフィーマに返した。
「もっとこう、男装の麗人というものは微妙な色気みたいなものを醸し出すべきではないかと」
「小説の読みすぎですな、女中にその手のものを読ませるべきではないのかもしれません」
「女は馬鹿でも愛嬌さえあればやっていけるとか言いたいのでしょうか?」
「男のほうが馬鹿でも力さえあればやっていけます。女性の方が頭を使わなければやっていけないでしょう」
二人が楽しそうにやっている間に、私は毛皮の外套を着込む。丈夫そうであるのに少し擦り切れていた。とはいえ手入れがされていないわけではなく、長い間使い込まれて生まれた痕に近い。
こういう細かいものもラドウィックが全部揃えてくれているんだよな。服はたぶん全部中古の品だ。それなのに私の身体に合っているということは色々と苦労して探したのだろう。全部新品で揃えたりなんかしたら日頃から棚に服をしまいっぱなしの偽紳士であることがわかってしまうからな。
「フィーマのほうの準備はできた?」
「仕事の服はこれでいいでしょう」
「確かに」
前掛けの下の制服は着ていればだいたいどこでも許される優れ物である。私も今の微妙に身体を拘束するし歩く時に違和感がある格好よりもいつもの服がいいのだが、今日総帥が招いているのはここの図書館の館長である。家名ではなく個人名で送ってきたということは知り合いという形だろう。おそらくはたまたまやって来た
「では行きましょうか、フィーマ」
「もちろんです、旦那様」
家の正面の扉を開けると、時間通りに辻馬車がそこに止まっていた。一頭輓き、二人乗りの二輪馬車である。つまりは安くて速いと評判のやつ。
「お二人をホイットマールの
「あいよ」
私達が座った席の背もたれの後ろ、台の上に立っていた御者はラドウィックの言葉に一言返し、鞭を鳴らした。かすかないななきとともに動き始めた馬車は次第に石畳の段差を軽快に乗り越え始め、目的地に向かって進んでいった。
L’introduction d’un nouveau métal dans les habitudes de la vie est une opération d’une difficulté extrême. Mais ici, je dois le dire et en exprimer hautement ma gratitude, j’ai été favorisé dès le début de mon entreprise de la manière la plus généreuse par S. M. l’Empereur, qui en a fait les premiers frais, par mes maîtres et mes confrères, dont la protection et l’amitié ne m’ont jamais manqué, enfin par la critique scientifique, qui a toujours été bienveillante dans ses appréciations.
私は、
新しい金属を日常生活の習慣の中へ導入することは極めて困難な事業です。しかしここで私が述べて、大いに感謝の意を捧げたいのは、私の事業計画の当初からその費用を負担してくださった皇帝陛下に、またその庇護と友情が決して私に欠けることのなかった私の師や同僚たちに、そして最後に、その評価において常に好意的であった科学的批評に、この上なく寛大な形で助けを与えられたことです。
SAINTE-CLAIRE DEVILLE, Henri. De l’aluminium: ses propriétés, sa fabrication et ses applications. Paris: Mallet-Bachelier, 1859.
アンリ・エティエンヌ・サント=クレール・ドビーユ『アルミニウム: その性質、製造、および用途』、1859年