石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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原子番号九十二より小さい元素の生成可能性 9

 河川同盟(レーノスブント)化学協会から原稿がまとめて箱で届くようになった。後々管理するためにフィーマが番号をつけて整理しているが、一人で追いつけるかは怪しいところである。ちゃんとした図書館として運営することにしたほうがいいのかもしれないが、この屋敷にあまり部外者を入れたくもないので難しい。

 

「……何が起こっているんだ?」

 

 送られてきたものは測定結果ほぼそのままである。助言を求められているのか、あるいは確認でもしろと言われているのか。こちらへの信頼がどうなっているかわからない分、リードフィントン教授よりも厄介だ。

 

 前提として放射性物質が作られる条件は核内部の水質(ワータシャフト)核と中性子(ニュートラオン)の割合の不均衡ではないか、みたいなことはある程度経験的にわかっている。そして単純に入ってすぐに出るのではなく、しばらく経ってからゆっくりと不均衡が解消されるということも見つかっている。このあたりは化学反応との類推で理解されているが、そもそも情報が不足している。

 

 そして大陸帝国(コンチネンタル)中部諸邦協議会内部、放射性物質の鉱床がある地域の鉱山大学付属冶金研究機関からの報告である。冶金学の誕生地とも言われるここが持っている高純度な線源は大物物理学者の謎の死とかもあって半ば畏怖とともに扱われているが、そのおかげで我らが共同連邦(コモンウェルス)とは比べ物にならないほどいい結果を取ることのできる第一種放射線(アウトビーム)を用いた研究ができるのだ。

 

 そこで行われた軽銀に対する第一種放射線(アウトビーム)照射とその結果について。化学的分離によって、どうやら燐が放射性物質になっているようだ、というのが結論。

 

「どうしたんです、お嬢様」

 

 フィーマが聞いてくる。私も自分の中で何がおかしくなっているのかをゆっくりと考えようとするが、興奮のせいでうまくまとまらない。

 

「第二種放射線(アウトビーム)が、つまりは電子が飛び出るような反応のはずなのにそれを起こしているのが燐なのよ」

 

「えーと軽銀が十三番、燐が十五番。何もおかしくないのでは?」

 

「その燐が問題なのよ。既に報告されている放射性の燐とは減衰時間が異なる。中性子(ニュートラオン)が出ているので、もともとの軽銀の二十七と第一種放射線(アウトビーム)の四を合わせて、中性子(ニュートラオン)の一を引いて三十。そしてその三十の燐は、第二種放射線(アウトビーム)を出している」

 

「ということは一つ原子番号が増えて質量数三十の硫黄ですか」

 

「そんなものはないのよ、軽すぎる」

 

 質量数だけ見るなら元素番号が一つ下がった燧質(フリントシャフト)になるとかだろうか。しかしそれなら別の種類の崩壊でなくてはならない。何か別の種類のことが起こっていると考えるしかないのだ。

 

「逆第二種放射線(アウトビーム)では?」

 

「そう色々と逆になってどうするのよ、ただでさえ原理がよくわかっていないのに」

 

 可能性はないわけではない、か。確認をしてもらうのがいいだろうな。というわけで私は何人か心当たりを思い浮かべていく。

 

 電子と逆電子の判定のためには磁場が必要で、はっきり見るなら普通の磁石ではなく電磁石のほうがいい。なのでまずは一つ、連合議会(コングレス)の質量分析をやっているところ。ちょっと過剰すぎる気もするが、まあ明確に曲がることがわかればいいだろう。

 

 次に逆第二種放射線(アウトビーム)なんてものが理論的に存在しうるのかについて議論できそうな人物。これについてはダムノニーシャー研究所のウォートルでいいだろう。追試験についてはエンツォ悪童団に頼むか。

 

 そこまで考えて、私は流石にこれを無断でやるのはまずいな、と思う。一応は公開された論文ではあるのだが送られてきたのは地方語のものと、おざなりにつけられたほぼ逐語訳の共通語(ウルガー)。現象が述べられているだけで詳しい考察も議論もなし、真っ当な学会の論文なら文句を言って突き返す代物だろう。というよりミスヴィッツ氏ももう少し解説を添えてくれ。私はこの値を信じることしかできないんだぞ。

 

 それにもしこれが逆第二種放射線(アウトビーム)の発生とかなら既存の観測の多くがひっくり返りかねない。放射性元素の特定の多くは減衰時間と化学的選択沈殿によるもので、放出されているものが第一種か第二種か第三種かについては霧箱を通してみた様子だけで判定されている。

 

 いや、もしこれが逆電子であれば消失時に第三種放射線(アウトビーム)を出す可能性があるのか。それについての測定が必要だが精密な機構が求められる、ならリードフィントン教授だな。複数の検出用放電管を並べて、どの組み合わせで反応したかを感光膜(フィルメ)に記録、あとは位置と時間で照合すればいい。

 

 こうやって見ると世間というものは実に狭いのである。もちろん大物がいない小さな場所もある。これぐらいの実験なら霧箱と乾板で撮影することは決して難しくないだろう。各地のそういう組織にも一応送っておくか。

 

 というかこれを第一弾にしてもいいんじゃなかろうか。うん、きっとミスヴィッツ氏もそう言いたいに違いない。

 

「で、ミス・バクスター。私が頑張って目録を作っている間にどのような素晴らしい発見をまたしでかしたのですか?」

 

「発見というほどではないわよ、ただ各所に連絡しておきたいことができただけ」

 

 線源と軽銀については比較的簡単に揃えられるだろうし、電磁石ではなくとも鋼鉄磁石があれば電子と逆電子の見分けはつく。各所のそういう同好会についても調べてあるので、まずは片っ端から送るとしよう。

 

 郵便というものはなんだかんだ言っても安い。なのでこういう雑誌を作るのでもし良かったら買ってね、これが創刊号ですという手紙と、あと大きな組織にはこの雑誌自体の孔紙帯(ホールテープ)の小包も添えて送っておこう。

 

「また私が手紙を書かされるんですか?」

 

「さすがに百枚ぐらいを手で書かせることはしないわよ、機械打ちよ」

 

「署名はちゃんとしてくださいね」

 

 そう言いながら、フィーマは背筋を伸ばしていた。ラドウィックは今のところ向こうでそれなりに準備をしているようだし、帰ってきたらすぐに最初の雑誌を出すことにしよう。それまでの間にさらなる結果が出てこないことを祈るほかない。




Une source de polonium de 20 millicuries couverte par une feuille d'aluminium est placée devant un orifice ménagé dans la paroi de la chambre à détente d'un appareil Wilson. Un champ de 400 gauss est établi dans le volume de cette chambre.
On observe l'émission de nombreux électrons positifs (environ un par détente) provenant de la source. Si l'on remplace l'aluminium qui couvre la source par une feuille d'argent, de paraffine ou de lithium, on n'observe pas d'électrons positifs. Ceux-ci sont donc produits dans l'aluminium et ne proviennent pas du polonium. Le phénomène se produit, si l'on remplace l'aluminium par le bore. L'émission des électrons positifs n'est pas due à l'action des protons de transmutation de l'aluminium sur l'aluminium.

軽銀(アルミニウム)箔によって覆われた20ミリキュリーのポロニウム線源が、ウィルソン装置の膨張室の壁に設けられた小孔の前に置かれている。400ガウスの場が、この室の空間内に印加されている。
我々は線源に由来する多数の正の電子の放出(およそ膨張一回につき一個)を確認した。もし線源を覆っている軽銀(アルミニウム)を銀、蝋、あるいはリチウムの箔で置き換えたならば、陽電子は観察されない。したがってこれらは軽銀(アルミニウム)内で生成されており、ポロニウムから生じているのではない。軽銀(アルミニウム)を硼(ほう)素で置き換える場合にも、その現象は生じる。陽電子の放出は、軽銀(アルミニウム)に対する軽銀(アルミニウム)の変換陽子の作用によるものではない。《/small》

CURIE, Irène ; JOLIOT, M. F. Électrons positifs de transmutation. Comptes rendus hebdomadaires des séances de l'Académie des sciences. 1933, vol. 196, pp. 1885–1887.
イレーヌ・キュリー、フレデリック・ジョリオ『原子核変換に伴う陽電子』、1933年
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