石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

40 / 62
原子番号九十二より小さい元素の生成可能性 10

 核物理学国際集成なる代物の第一号が創刊された。面倒なので普段は国際集成(レペルトーリオ・インテルナツィオナーレ)と呼ぶことにしている。核物理学(フィジカ・ヌクレアーレ)にするか、あるいは名詞優先の核物理学(フィジカ・デ・ヌクレオ)にするか、あるいはいっそのこと核物理学(ヌクレオ゠フィジカ)にするかで色々と悩んだのであるが、核物理学(フィジカ・ヌクレアーレ)を採用した。このぐらいの活用なら許されるだろう。語釈共通化委員会に送った往復料金電報の返信は「議論中、用例あらば優先される」とあったので好きにさせてもらった。

 

 巻頭の辞とかそういう贅沢なものはない。あくまで本当に表題と要約をまとめただけ、というものである。そしてそれを送り、半月もしないうちにあちこちから返信がやって来た。

 

「お疲れのようですな」

 

 ラドウィックが手紙と写真に埋もれた私を見て言う。

 

「帰ってからの荷物整理は終わったの、ラドウィック」

 

「ええ。向こうの情勢も色々と掴みました。今後出かけることも増えるかもしれませんが、ご容赦を」

 

「いいわよ、必要なら掃除を減らすだけだから」

 

 この屋敷の清掃は、たぶんあともう数段階減らすことはできる。そうすると誰かを招いた時に清潔ではないことが見られてしまうかもしれないが、逆に言えば問題はそれぐらいである。ここに直接訪ねてくる無礼者はそうそういないだろう。総帥が例外なだけだ。

 

 総帥が来たのはもう二年も前になるが、あれ以降まともな客は来ていない。フィーマが本を貸すためにちょっと人を入れているような気配もするがまあそれぐらいは見逃すとしよう。一般的にこういうのを咎めるのが女主人の責務らしいとものの本には書いてあったが、この屋敷には女主人がいないので仕方がない。私は同僚を密告するような人物ではないのだ。

 

「……対応の重要度別に分類し、順番に片付けていくことをおすすめします」

 

 ラドウィックが言う。なるほど、この手の書類整理の基本だろう。問題はその基本というのはある程度の事務作業の力量が求められるということであり、私はそれを見様見真似でしか学んでいないということなのだ。フィーマに頼んでこの種の秘書用の教科書でも買ってもらおうかな。夜嵐連盟(ニクトゲール)関係者ならちょっと割安になったりしないものだろうか。

 

「整理をするのにかかる時間がそれなりに必要なのでは?」

 

「一度体制を整えれば問題ありません。数学的に効率的な分類についてミセス・ブラッケンにお聞きください」

 

「ああ、一応何かあったわね……」

 

 条件付き最大値問題とかの類だろうか。産業効率で最適な状態を作るために運算機関(レックニングエンジン)を回すみたいな話を何処かで読んだことがある気がするがあれはミセス・ブラッケンが購読した雑誌の「女性計算手(レックナー)」を覗き見したやつだな。

 

「……それで、集まってきたものの中に興味深いものはありました?」

 

 ラドウィックが聞いてくる。どうせ専門用語を丁寧に説明したところで彼にとっては暗号文のようなものであるから特に説明なく言ってしまうか。

 

「逆第二種放射線(アウトビーム)とでも呼ぶべき逆電子放出は確認された。というかその証拠が多すぎるぐらいに出てきた。そして既知の写真を分析したらそれらしいものがあったというのも届いている。まったく、ちゃんと論文にすればいいものを私のところに手紙を送ってどうにかしようというのはどうにかしなさいよ」

 

 私は呆れながら言う。ここで私が悪人だったら普通にこれを丸ごと盗み見て自分の成果にしたりであるとか、他の人に回したりとかするぞ。普通はちゃんと学会とかのほうに文面を送ってからこっちにも送っているのだろうけれどもね。

 

 考えてみれば、ゴロヘシュト氏があれだけ苦労したのに比べれば簡単な機構で同じ逆電子が撮影できてしまうのである。電子と対になってできないのであれば宇宙からの放射線(アウトビーム)と比較してわずかな熱量のみで作り出すことができ、その結果運動熱量も少なくなるので、簡素な磁石で検出できるのである。人間が目で見て気合で撮影するなら炭酸雪(ドライスノウ)型の霧箱で十分だからな。

 

「よかったですな」

 

「よくないわよ、これを一人でやるのは無理な気がしてきたし、私並みにできる人があと数人欲しい、とはいっても代わりがいない」

 

 別に私が共同連邦(コモンウェルス)の物理学において最高の人材であるというつもりはない。しかし、成績だけであればそれなりに上位であるのは事実なのだ。多くの人は数学と理論と実験をそれなり程度の力量でこなせないからどれかに専念している。ただ私は実験をやっているわけではないのでこの議論だと弱くなるな。相手に求める条件が高すぎるのかもしれない。

 

 ダムノニーシャー研究所のウォートルからの手紙によれば未知の粒子を追加で仮定すればいいという主張のようであるが、第二種崩壊に絡む粒子の逆のものを仮定しろというのはなかなかに無茶な話である。式としては悪くないが、実験に無理やり合わせた形になっているのは否めない。

 

 そしてまた別のもの、これは河川同盟(レーノスブント)化学協会の雑誌だ。片っ端から天神質(テューシャフト)に中性子を当てた結果を化学的に分離している話をしている。エンツォ悪童団はこれに対抗して放射線(アウトビーム)の測定を重ね、どうやら天神質(テューシャフト)に中性子を当てると中性子が出ているらしいことを報告している。なるほど、これもまたそういう方式の崩壊なのか。なら軽銀と同じで一つ元素番号が減って九十一番とかができているのではなかろうか。

 

「……懸賞問題は次号ぐらいになりそうね」

 

 何が起こっているのかはよくわかってない、と言っていいだろう。特に天神質(テューシャフト)において特別に何かが起こると考える理由はないが、だからといって安易に新元素を仮定するのもよろしくない。四十三番元素が幾度も発見されては実は違うものだったみたいな話はあったからな。おかげで七十五番元素の発見者論争が大変なことになっているのである。

 

 とはいえ、これのおかげでかなり色々な話をまとめることができた気がする。結局のところ面白い結果を出している研究室は片手で数えるほどしかないのだがな。もちろん当然のことだが、そうではない小さな積み重ねと検証というものにも価値はある。




Diese Beweisführung ist nicht stichhaltig. Die Tatsache, daß Fermi nicht nur den bekannten unmittelbaren Nachbarn des Urans, das Protactinium, mit seinem neu entstandenen β-Strahler vergleicht, sondern mehrere Elemente bis herab zum Blei, beweist, daß er eine Reihe aufeinanderfolgender Abbauprozesse (unter Abgabe von Elektronen, Protonen und Heliumkernen) für möglich hält, die schließlich zur Bildung des Radioelements mit der Halbwertszeit 13 min führen. — Wenn er aber das tut, ist nicht einzusehen, warum er zwischen Uran (92) und Blei (82) das Element Polonium (84) nicht berücksichtigt, und warum er gerade beim Blei Halt macht; denn die alte Anschauung, daß die ununterbrochene Reihe radioaktiver Elemente beim Blei oder vielmehr beim Thallium (81) aufhört, ist ja gerade durch die anfangs erwähnten Versuche von Curie und Joliot aufgehoben.
Fermi hätte also sein neues Radioelement mit allen bekannten Elementen vergleichen müssen.

この論証は確実なものではない。フェルミが既知のウランの直接隣接であるプロトアクチニウムのみならず、鉛に至るまでの複数の元素を新しく生じた自身のβ放射体と比較しているという事実は、彼が最終的に半減期13分の放射性元素の生成へと至る(電子、陽子およびヘリウム原子核の放出を伴う)一連の連続的な崩壊プロセスを可能と見なしていることを証明している。──しかしもし彼がそうするのであれば、なぜ彼がウラン(92)と鉛(82)の間にある元素ポロニウム(84)を考慮に入れないのか、そしてなぜ彼がまさに鉛のところで止めているのかは理解できない。なぜなら、放射性元素の連続した系列は鉛、あるいはむしろタリウム(81)で終わるという古い見解は、冒頭で言及されたキュリーとジョリオの実験によってまさにすでに破棄されているからである。
したがってフェルミは、自らの新しい放射性元素を、すべての既知の元素と比較すべきであったのだ。

NODDACK, Ida. Über das Element 93. Angewandte Chemie, 1934, vol. 47, no. 37, pp. 653–655.
イーダ・ノダック『元素九十三について』、応用化学(Angewandte Chemie)、1934年
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。