石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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時事的諸問題を解明するための国際会議
時事的諸問題を解明するための国際会議 1


「金が無い」

 

 改めて私は言う。国際集成(レペルトーリオ・インテルナツィオナーレ)は無事に第三号まで出版され、比較的読まれているようだ。ありがたい。まあそうなるように仕組んでいるからな。

 

 一応これでもそれなりに物理学をやって来た身である、そして各地を流れる情報を読んでいけば、ある程度はどこに何が届いていないのかを分析することはできる。あとはそこからちょうど欲しがりそうな情報について手紙を送ればいいだけだ。

 

 そして原稿の送付についてもまあまあうまく回っている。問題も少なくないが、それでも大洋を渡って論文が届くようになっている。あと手紙については流石に量が多かったので適当に私の権限で抜粋して要約したものを紙の原稿と一緒に添えることにした。一応は総説とその分野の概要、あとは現時点で持たれている問題について述べているのでそれなりのものではあるだろう。

 

 そして個人的に嬉しいというかなんというか、気がついて欲しいものとしてペレディル・バクスターの名前をところどころで使っている。半分ぐらいは名義の水増しなんですけれどもね。そもそも個人としての私には信用がないので、あくまで取りまとめと出版担当ということにしてある。

 

「それはそうですよ、そんな全色刷りの目録を送ってくるような会社の製品が安いわけがないでしょう」

 

 分類を手伝ってくれているフィーマは私を見て言う。いやこれは休憩ではないですよ、ちょっと気になった装置とかがあったので見ていただけです。仕事に戻りましょう。

 

「いやまあ、金貨(クィッド)換算ならそれなりのものにはなるんだろうけれど」

 

 この目録は連合議会(コングレス)の電気企業から送られてきたものだ。かつては電気が次の時代の動力になるともてはやされたものであるが、結局蒸気のほうが安上がりになるし扱いが楽だというつまらない理由から通信以上の発展はしていない。空想科学小説の中にはある種の機構を組み合わせることで空中電圧から得られた電気を断続的な電磁石による引張として巨大な回転運動に変換して空を飛ぶ装置だなんてものも出てくるが、世界はそういうふうにはできていないのだ。

 

 もちろん研究途上のものとして水質(ワータシャフト)を合成樹脂の膜とかに詰めて宙に浮かせるみたいな話もありますよ? でも動力が問題になるわけです。浮いているだけではなく自由自在に進むとなると帆を張るわけにはいかない。そしてそういう飛行船とでも呼ぶべき代物に乗せられる小型動力機関は未だ故障が多い。

 

 とはいえその故障の多い機関を乗せて翼に風を受けて飛ぶ飛行機があるのだから今更ではあるのだが、あちらのほうはまだ動力機関が壊れても広い大地があれば着陸が可能であるからな。実際は落下傘付きで飛び降りたほうが生存率が高いんじゃないかという話もあるが、空を飛びたがる馬鹿どもにとっては関係のない話らしい。なお我らが共同連邦(コモンウェルス)においては軍以外では事実上の使用禁止である。純粋に危ないので。

 

 新聞によれば軍もこの飛行機を軍艦の上から飛ばしてあちこち偵察できるようになれば海上戦闘のあり方が変わるなどと議論しているらしいが、そもそもただでさえ砲があちこちにある軍艦のどこから飛行機を飛ばそうというのだろうか。たぶん写真映えしない見た目になってしまうのだろうな。

 

 そんなことはさておき、私は今日も今日とて打字機(ステイヴライター)に向かって文章を書いて署名をしていく。フィーマから手ほどきを受けたので、ミスター・バクスターの署名はフィーマと似た手つきで書けるようになっているのだ。

 

 それにしても手紙の送り主は世間知らずではないかと思ってしまうことがある。いや大君藩国(タイクーンダム)のほうで行われている理論的考察についての手紙までやってくるのは想定外だったんだけどさ。多少返答が遅れても許して欲しい。無人飛行機とか使えば手紙輸送ももっと高速になるんじゃないだろうか。あるいは気球とか。

 

 こういう発見があったという意見で特に注力すべきものがあればまとめておき、必要に応じて専門家に連絡。理論の間違いがあれば私個人で担当できるものは確認して突き返したこともある。というよりあれだ、私の雑誌は特に紹介も何もなしで受け付ける格式も何もない代物だからひとまず送っておくかぐらいのつもりで原稿をよこしているんじゃないだろうな。

 

 それはそれとして旗艦誌の普通の記事にも一応目を通しておく。時間がないのでかつてほどちゃんと読めるわけではなく、表題と図とあと結論ぐらいは斜め読みだ。こういうところで共通語(ウルガー)を頭に入れておかないとあちこちの文法が混ざりすぎてよくわからないことになってしまう。

 

 ただこういう仲介をするのは物理学の世界の裏側を見ているようである程度は楽しくはあるのだが、私は仕事をしたいわけではないのだ。舞台の裏を覗き見たいとはいえ、裏方として働きたいわけではないというか。

 

 いや、呼ばれて手伝いに行くぐらいならいいのですが、趣味の範囲でそう言うのはやるべきであって、労働法で定められた上限時間を超えるような業務は良くないと思うのです。夜嵐連盟(ニクトゲール)の政治的圧力がこっちにも回ってきてくれないかな。会費払っていないからだめか。

 

 いっそのこと全員を集めてしまえば、とも思う。かつて行われた世界科学会議。大陸帝国(コンチネンタル)科学院設立百周年を記念して行われたもの。我らが共同連邦(コモンウェルス)代表の科学者が挨拶で王政時代の偉人たちの話をしたことは、二度とこの種の会議が開かれなくなった原因とは特に関係がないと思う。あと純粋に祭りの一つだったんだろうな。

 

 しかし金がない。会場もない。それなりの旅費を出し、いい宿を用意し、そして議論の記録と通訳を用意する。少なく見積もって二千金貨(クィッド)。あるところにはあるのだろうが、私からはなかなか出せない金額だ。国際集成(レペルトーリオ・インテルナツィオナーレ)の売上は予想とほぼ同じぐらいであるが、それはまあまあの赤字ということでもあるのだから。

 

 夏の日差しが雲で少し途切れて視線を上げると、電鈴の音が響いた。どうせまた手紙だろう。一日に何度も届けに来てくれなくたって、一日に一回まとめて持ってきてくれればいいのだが。




Pour permettre à tous les invités de participer, j'offre à chacun d'eux une indemnité de mille francs pour frais de voyage.

全ての招待客が参加できるようにするため、私は彼ら一人一人に旅費として千フランの手当を提供します。

SOLVAY, E. [Invitation de Solvay à un "Conseil scientifique international pour élucider quelques questions d'actualité des théories moléculaires et cinétiques"]. [15 juin 1911].
エルネスト・ソルベー「分子論および動力学理論における時事的諸問題を解明するための国際科学評議会」への招待状、機密(Confidentiel)、1911年
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