見るからに上等な封筒だった。丈夫さにも上品さにも金をかけているというもの。私がいつも触っているのは上品さの方の金を削っている代物だからな。
「……フィーマ、少し遊びをしない?」
「気楽でいいですね、お嬢様は」
そう言って呆れながらも、彼女は私の渡した封筒を受け取った。
「……で、ここから何をしろと?」
「ちょっとした推理。私は知識である程度何とかなるけれども、フィーマならどう見るかなって」
私に頷いたフィーマは、その手紙を日にかざした。
「ちゃんと分厚いですね。中に入っているのは手紙でしょうか。紋章箔押しの封筒……第六学府というのは知っていますか?」
「番号学府ってやつね、
古くより大学は神学と法学と医学を教える場として洗練されてきた。とはいえ
そして私に手紙を送るような第六学府の機関は、あそこしかないだろう。というより
「ヘラー・ストヤルティ?」
「そう。大陸物理学の魔女、名誉司令官、女性科学者会議創設者の一人、
「そこまでの変な名前は聞いたことないんですが」
フィーマは言う。でしょうね。このあたりは内輪の話なので外側にはなかなか出てこないのだ。女性相手への悪口を言うのは男性同士だと気楽であるのかもしれないし、私も結構面白がっていたが普通に他人に陰口を言うのは良くないと思う。もっと紳士淑女としての礼儀に則り、相手が殴りかかってこれないぐらいの正当性を揃えた丁寧な修辞を磨くべきだろう。
「一部の人が言っているだけよ。で、これはストヤルティ研究所からと見て間違いないと思う。それにまあまあしっかりした話よ、なにせ個人ではなく組織として出しているわけだから」
ヘラー・ストヤルティの名前を冠した機関は医療分野における
というより彼女が引退したからこそ弟子の魔法使いや魔女が独立し、そして彼らに反抗する勢力も生まれ、物理研究界が動いたみたいなところはある。一応は
「いい封筒していますからね。どうします? 破らないで開けますか?」
「そんなことできるの?」
糊付けされているのだ。そう簡単に開けられるものなのだろうか。
「糊は水で緩みますからね。純粋にこの手の封筒に触れる機会がないので練習としてやってみたいんです」
「なるほど、おまけで紅茶も淹れる?」
「いいですね」
というわけで私達は台所でのんびり作業をする。封筒を少しずつ湯気に晒しながら、フィーマは真剣な顔で刃物を糊のついた部分に差し込んでいく。そうしているうちに、綺麗に剥がれたようだった。
「駄目ですね、やっぱり難しいです」
「よくできていると思うけど」
私は封筒を見ながら言う。もちろん糊が残ってはいるが、普通に手紙を開く時には気になるものでもないだろう。
「蒸気を吸って皺になるんですよ。乾燥させるにしてもうまくやらないといけないので、分厚い本に吸水性の紙と挟んでしばらく放置とかになるんですが」
「変なことやってるのね……」
「ラドウィックに聞いたら教えてくれましたよ」
何やってるんだあの執事。一応は普通の人がそういうことをするのを止める立場じゃないのだろうか。いや、むしろ開ける方の人だから方法を知っているのは道理なのであるが。
「フィーマは
「聞きかじった単語だけです」
「そう。じゃあこれは読みにくいかもね」
「どういうことです?」
「古典寄りの文法があるのよ。向こうの方の格式張ったやり方を
大陸における諸国家の宮廷と外交においては整理される前のコミュヌが事実上の公用語だったように、古くより学術では
しかし科学の発展は参入する人数も増やすものであり、そしてかつての博学者が持っていたような古典への教養を彼らが持っているという保証はなかった。結果としてただでさえ独自の用法とかかつてはなかった活用とかが溢れていたのに完全に混乱した状況になり、いっそのこと活用とか古い単語とかは最小限にしよう、となったのが現代である。
というわけで、丁寧な挨拶からの手紙の文面はそういうちゃんとした
内容が想定以上に重いな、と思ったので私は先に紙をめくって差出人を確認する。少し震えたような文字で、ヘラー・ストヤルティの署名がそこにはあった。
3週間、私は家を離れて不在でした、最初は最初はカールスルーエの自然科学者の総会、次にチューリッヒの休暇講座で8回の講義をしなければいけなかった。それに、数々の専門家談義と個人的義務! しかし今やブリュッセルの
EINSTEIN, Albert. [Letter to Michele Besso]. Prague, 21 October 1911.
アルバート・アインシュタインからミケーレ・ベッソへの手紙、プラハにて、1911年