閃瀝鉱から放出される極短波長光の原因を探り、各種の放射性物質が抽出された時代。まだ安全管理もなく、素手で各種の鉱石の化学分離と抽出を行っていたというのは、今からそう昔のことではない。私が生まれる前の話ではあるが。
閃質と、そこから崩壊によってわずかに生み出される気体である放質。閃質のほうは質量比で閃瀝鉱の数百万分の一しか含まれないというので、逆に言えば閃瀝鉱の鉱山を支配しているということは放射線の活用において優位であるということになる。
この種の放射性物質から出る第三種放射線は組織に害をもたらす。この種の抽出物を扱っていた科学者が皮膚炎に似た症状を起こし、時計の発光塗料として使ったら労働病が一つ増えたりもした。とはいえ、ある意味では不要な組織をうまく扱うことができるということで、透過性の高い第三種放射線のみをもたらせるように金属管に封入したわずかな放質を患部に埋め込むなんてものもある。
その放質を作るためには閃質が必要で、そのためには大量の鉱物とそこからの抽出のための手間が必要となる。そして主要な三陣営のうち、共同連邦だけは閃瀝鉱の鉱山を持っていない。いやまあ旧植民地のあたりにあるのですが我らが共同連邦は連合議会の軍隊が準備をしていると見るや彼らの独立を承認してあとは知らんとしたのである。結果として共同連邦は乱暴な長男によって長女を奪われたのである。だめだなこの比喩、良くない気がする。
「……で、その閃質を科学の同胞のために融通してやってもいい、と」
フィーマはそう言いながらストヤルティ研究所から送られてきた手紙を読んでいた。
「なんで私に送ってくるのかはわからないけれどもね」
いや確かに国際集成の管理は応用科学取引組合が行っているし、定期的に広告で線源買いませんかとかやっているからな。国外から注文が来ても困るし、連絡先はリードフィントン教授なのだが。
「とはいえ他にも色々書いてありますよね。雑誌分析に協力してもいいとか、こちらに一旦来てみないかとか」
「古典やっていればわかるけれども、なんていうか嫌味混じりよ。素直に行ったら怪訝な顔をされるでしょうね」
「そうなの?」
「言い回しが有名な遠征録のものだったりするのよ。私も引用の引用でしか知らないし、寄宿学校時代の教養としてやらされた以上のことはわからないけれど」
「文字通りに受け取っていいと思うんですけどね、どうせ共通語なんですから」
「私のことを思慮深い紳士だと思ってるのよ、この魔女は」
色々と彼女の噂は多い。というよりこの種の有名人には変な噂がつきものである。そのうちのいくつかは純粋に侮辱であるしつまらないのであえて語ることはしないが、彼女が拡大運動を唱えている故地の名前を新元素につけようとして周囲から頼むからやめろと全力で止められたのは有名な話ではないだろうか。
まあ、世間では逆境に負けずに女性蔑視の激しい学術界で名を挙げた人物として知られている。嘘ではない。彼女の実験の腕も、結果に対する洞察も、そして教育者としての能力も疑う余地はない。しかしそこまで持っている人を女性だからという理由で悲劇の登場人物に貶めるのはいかがなものかとは思う。平凡な女性はそもそもその手の世界に入れない? その通りである。私でもどこかで無名のまま消え去るしかできないほどの場所だ。
とはいえ女性に対する医師資格とか学位とかの点では大陸帝国はなんだかんだ進んでいるんだよな。夜嵐連盟創設者の初代ウェレウ女男爵を始めとして多くの女性が海峡を渡って資格を取って戻ってきて、そして夜嵐連盟設立以降はそれが半ば事業として行われたものだから共同連邦のほうでも渋々地方の医学教育機関が細々と女性を受け入れているのだ。
逆境によって才能が潰えるのは良くないことだと思うが、かといって現状を変えるために動くべきかと言われるとそこまでにはなれない。フィーマはどうなんだろうな、色々と危ないかもしれないことをしているが彼女にはそれをするだけの大義があるのだろうか。
そんな思索を止めて目を上げると、フィーマは辞書を見ながら手紙の解読を続けているようだった。とはいえ辞書には古典の引用文がそこまであるわけではないので難しいところだ。ストヤルティ名誉教授はそういう古き伝統が幅を利かせていた時代の人だからな。
「結局は友達になりましょうって書いてあるの?」
「……多分違う」
いや別に敵視しているわけでもなく、それなりに互いに理のある話を出して、そして協力していきましょうみたいなことであるから、友だと言えば友なのだろう。しかし共同連邦は最近大陸帝国というか科学院に対して半ば喧嘩を売るような招待をしたばかりである。一体誰だ、そんなきっかけを作ったのは。
だからこの手紙にもそういうのがあるのかもな、と邪推をしてしまう。彼女は普通に学術を取りまとめる方の活動でもそれなりに名前のある人だ。内輪の争い事を止めるような総帥よりも上手なのである。
「お嬢様は無駄に考えすぎなんですよ、こういう気取ったおばあちゃんは案外会って話をするといい人ですよ?」
「フィーマはそういう人をたらしこむ才覚があるだけよ」
とはいえ大陸帝国の首都たる帝府に事務所を置かせてもらえるなら悪い話ではないとは思う。このあたりについてはラドウィックに噂を聞きつつ、いい感じに組織を運用できるかどうかを考えていくか。あと大陸帝国の科学院は金があるからな。人件費はできれば向こう持ちでやってもらえないだろうか。かわりに色々と値引きするというか売上金額はそちらの収入にしていいので。
The needles I have used are ordinary steel serum needles as supplied by any medical instrument maker. I get them at Messrs. Smith and Sheppard, Dublin, for 6d. each with tops, and 3d. each without. Their external diameter is 1.4 mm., their thickness 0.3 mm., and the diameter of their bore 0.8 mm. The glass capillaries have as maximum dimension an external diameter of about 0.76 mm., an internal diameter of 0.46 mm., and a thickness of 0.15 mm.; 1 cm. of these capillaries would theoretically be capable of holding the emanation equilibrium of about 3 grams of radium at atmospheric pressure.
私が使用した針は、あらゆる医療製品店で提供される一般的な鋼製の血清用針である。私はこれらをダブリンのSmith and Sheppard社より、蓋付きが一本で6青銅貨、蓋なしで3青銅貨で入手した。その外径は1.4 mm、肉厚は0.3 mm、内径は0.8 mmである。ガラス製毛細管の寸法は、最大で外径約0.76 mm、内径0.46 mm、肉厚0.15 mm; 長さ1 cmの毛細管は、理論上では大気圧下で約3グラムのラジウムに由来する放射当量を保持することが可能である。
STEVENSON, Walter C. Preliminary Clinical Report on a New and Economical Method of Radium Therapy by Means of Emanation Needles. The British Medical Journal. 1914, vol. 2, no. 2792, pp. 9–10.
ウォルター・クレッグ・スティーブンソン『
射気針によるラジウム療法の新規かつ経済的な方法に関する予備的臨床報告』