石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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時事的諸問題を解明するための国際会議 4

 人を知るために一番いいのはその人に直接会うことであるとしたら、次にいいのはその人を知る人に会うことである。というわけでやって来たのは王認自然学会(ザ・クウェーンズ・フェローシップ)本部。まったく、電報を送って一時間も経たないうちに「明日夕方には暇あり」と返ってくるのはどうかしているだろ。それでいていつも忙しいとぼやいているのだ。

 

 あと総帥には他にもちょっと書類のことで色々頼みたいこともある。具体的には査証とか。いやもちろん旅券と査証はなくてもいいですし、向こうの方では地域の訛りとかもあるので違う発音であっても気がつかれないと思いますが、それでも用意できるものはしておいたほうがいいではないですか。

 

「……それで、名義はどうするのかね?」

 

 世間話をしていた時、前掛けを外した女中服というかいつもの気軽な既製服姿の私に、総帥はそう呟いた。

 

「名義というのは?」

 

「ミスター・バクスターで旅をするわけにも、ミス・バクスターとして会うわけにもいかないだろう」

 

「ああ……」

 

 考えてみればその通りである。そもそもろくに旅行をしたことがない人間が下手に色々とやろうとするのが良くなかったかもしれないな。やっぱりラドウィックに相談すべきだったか。

 

「まあ、私としてはあまりヘラー・ストヤルティに会うことはおすすめしないがね」

 

 総帥はそう言って、息を吐いた。

 

「なぜです?」

 

 私は尋ねる。

 

「気難しいというか、怒りやすい人物だ。もちろん私が共同連邦(コモンウェルス)人だからというのもあるだろうが、彼女は力を見せなければ女性が潰された時代を生きていた」

 

「今でもそうだと思いますけどね、私が異様なだけで」

 

 そもそも男性だって力を見せなければ潰されているではないか。前にラドウィックが馬鹿でも力さえあればやっていけると言っていたが、逆に言えば賢さがあったところで力の前には大抵屈するものである。すなわち私の母校にいたような肉体を鍛えた上で学術に挑む紳士の皆様は最強ということである。純粋に女性は体力の面で有利ではないからな。

 

 とはいえ同じ基準で測っていいなら男性は子を産めないので平均的な女性の方が生物学的には優れていることになる。すなわち種の効率を考えるのであれば男性は女のために酷使され、死ぬべきではなかろうか。なんだただの現代か。

 

 そんな悪い冗談を考えながら、一応は総帥にストヤルティから来た手紙について話を通しておくことにする。もしこの手紙の皮肉とかが私が読んだ通りで、かつそれで名誉の話は手打ちにしようみたいな投げかけであれば、私は喜んで両陣営の平和の礎となろう。

 

「……この前執政官の遠征録は、首府(トゥーン)も帝府(ラ・ヴィル)も訪れた人物によるものでは?」

 

「一応こっちは追い返すことには成功していますがね、それでも大陸から攻め入るという構図は見えませんか?」

 

「純粋に古典のちょっとした引用ではないかね? 彼女は、というよりこの世代の老人は知識をひけらかしがちだ。外交官ではないし、相手を外交官だとも思っていない」

 

「私の考えすぎだといいんですけどね……」

 

 確かに言われてみれば大陸帝国(コンチネンタル)は文化的にはそういう系譜にはあるが、その中心地帯は辺境扱いしているのだ。このあたりの話はよくわからないし、実際に大陸帝国(コンチネンタル)に住んでいる人がどのような歴史認識をしているのかもよくわからない。実際のところ、我らが共同連邦(コモンウェルス)であっても少し前までは辺境の島に住む謎の蛮族であったのだ。その頃から変わらないもののほうが、おそらく変わったものよりは多いだろう。

 

 まあそういう感じの確認をして、ひとまず手紙のやり取りだけは続けてもいいんじゃないかという話になった。よかった。返信はフィーマに書いてもらおう。一応文面は私が考えるが。

 

「しかし閃質(リームシャフト)であればリードフィントン教授なりダムノニーシャー研究所なり、あるいは医学用途として夜嵐連盟(ニクトゲール)経由でもいいと思うのですがね」

 

「君のところの応用科学取引組合(ワークケン・チャッピング・ボード)がそういう品を扱っているからだろう?」

 

「応用科学取引組合(ワークケン・チャッピング・ボード)とミスター・バクスターはあまり繋がりがないはずなんですよ。東洋人のミス・バクスターを間接的に知っている人がいたとしてもミスター・バクスターと繋げるには一手間かかるはずです」

 

「……なら、ただのいたずらではないかね?」

 

「は?」

 

 いや、確かにそう言われれば全ては通ってしまうのだ。気まぐれ、偶然、あるいは他の理由でもいいが。ただ、それは逃げに近い。もう少し合理的で筋が通る説明があるならそれを採用するべきではなかろうか。

 

「いや、この前君がゴロヘシュト氏を招聘しただろう? あの後に大陸帝国(コンチネンタル)科学院で起こった騒ぎについては聞いたかね?」

 

「新聞をちゃんと読んでいないんですよ、そして論文雑誌には噂の欄がない」

 

「作るべきだろうな」

 

 神妙に総帥は言い、私は深く頷いた。

 

「それで、どうなったんですか?」

 

「埋もれている人物がいないか探そうということになったのだが、各地域が人員を出し渋っている」

 

「……自分のところの人物であって、科学院の、ましてや大陸帝国(コンチネンタル)の人物ではない、と?」

 

「そこまでは言わないが、どこも上の方は恨まれるものだ」

 

 そう言って総帥は息を吐く。可哀想なことに、共同連邦(コモンウェルス)の科学についての遅れの少なくない割合が彼のせいにされるのだ。実験屋だから目に見えるものしか見ないであるとか、機材に金をかければ科学が進むと勘違いしているとか。私に言わせれば空気も光媒質(エーテル)も目に見えないがそれなりに信じられているし、金はそもそもないので機材にまずかけてから言ってくれというところである。

 

「それはわかりますが、なぜそれが私に手紙を出すことに繋がるんですか?」

 

「君の名前は最近まで誰も知らなかった。つまり、共同連邦(コモンウェルス)の通常の物理の人の繋がりから外れた、大学を出たかも誰の弟子ともわからない人物が、今の放射線(アウトビーム)物理学に飛び込んできたわけだ。なら今のうちに目をかけておこう、ということになる」

 

「その魔女から若い男扱いされていないといいですがね……」

 

 私は苦笑いをした。下心なしに世界は回らないのかもしれないが、それでもそれを出さないで振る舞うぐらいのことは紳士淑女ならできてほしいものだ。




5. Passports are granted to all persons either known to the Secretary of State, or recommended to him by some person who is known to him, or upon the application of any Banking Firm established in London, or in any other part of the United Kingdom; or upon the production of a certificate of identity, signed by any Mayor, Magistrate, Justice of the Peace, Minister of Religion, Physician, Surgeon, Solicitor, or Notary, resident in the United Kingdom.

5. 旅券は、国務大臣の知るところである者、国務大臣の知る人物から推薦された者、ロンドンまたは連合王国の他の地域に拠点を置く銀行からの申請に基づく者、あるいは連合王国に居住する市長、治安裁判官、治安判事、聖職者、医師、外科医、事務弁護士、または公証人の署名入り身元証明書を提示した者に対して発給される。

GREAT BRITAIN. Foreign Office. Regulations for Passports. The London Gazette. 27 April 1858, no. 22131, pp. 2054–2055.
英国外務省『旅券規定』、1858年
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