人を知るために一番いいのはその人に直接会うことであるとしたら、次にいいのはその人を知る人に会うことである。というわけでやって来たのは
あと総帥には他にもちょっと書類のことで色々頼みたいこともある。具体的には査証とか。いやもちろん旅券と査証はなくてもいいですし、向こうの方では地域の訛りとかもあるので違う発音であっても気がつかれないと思いますが、それでも用意できるものはしておいたほうがいいではないですか。
「……それで、名義はどうするのかね?」
世間話をしていた時、前掛けを外した女中服というかいつもの気軽な既製服姿の私に、総帥はそう呟いた。
「名義というのは?」
「ミスター・バクスターで旅をするわけにも、ミス・バクスターとして会うわけにもいかないだろう」
「ああ……」
考えてみればその通りである。そもそもろくに旅行をしたことがない人間が下手に色々とやろうとするのが良くなかったかもしれないな。やっぱりラドウィックに相談すべきだったか。
「まあ、私としてはあまりヘラー・ストヤルティに会うことはおすすめしないがね」
総帥はそう言って、息を吐いた。
「なぜです?」
私は尋ねる。
「気難しいというか、怒りやすい人物だ。もちろん私が
「今でもそうだと思いますけどね、私が異様なだけで」
そもそも男性だって力を見せなければ潰されているではないか。前にラドウィックが馬鹿でも力さえあればやっていけると言っていたが、逆に言えば賢さがあったところで力の前には大抵屈するものである。すなわち私の母校にいたような肉体を鍛えた上で学術に挑む紳士の皆様は最強ということである。純粋に女性は体力の面で有利ではないからな。
とはいえ同じ基準で測っていいなら男性は子を産めないので平均的な女性の方が生物学的には優れていることになる。すなわち種の効率を考えるのであれば男性は女のために酷使され、死ぬべきではなかろうか。なんだただの現代か。
そんな悪い冗談を考えながら、一応は総帥にストヤルティから来た手紙について話を通しておくことにする。もしこの手紙の皮肉とかが私が読んだ通りで、かつそれで名誉の話は手打ちにしようみたいな投げかけであれば、私は喜んで両陣営の平和の礎となろう。
「……この前執政官の遠征録は、
「一応こっちは追い返すことには成功していますがね、それでも大陸から攻め入るという構図は見えませんか?」
「純粋に古典のちょっとした引用ではないかね? 彼女は、というよりこの世代の老人は知識をひけらかしがちだ。外交官ではないし、相手を外交官だとも思っていない」
「私の考えすぎだといいんですけどね……」
確かに言われてみれば
まあそういう感じの確認をして、ひとまず手紙のやり取りだけは続けてもいいんじゃないかという話になった。よかった。返信はフィーマに書いてもらおう。一応文面は私が考えるが。
「しかし
「君のところの
「
「……なら、ただのいたずらではないかね?」
「は?」
いや、確かにそう言われれば全ては通ってしまうのだ。気まぐれ、偶然、あるいは他の理由でもいいが。ただ、それは逃げに近い。もう少し合理的で筋が通る説明があるならそれを採用するべきではなかろうか。
「いや、この前君がゴロヘシュト氏を招聘しただろう? あの後に
「新聞をちゃんと読んでいないんですよ、そして論文雑誌には噂の欄がない」
「作るべきだろうな」
神妙に総帥は言い、私は深く頷いた。
「それで、どうなったんですか?」
「埋もれている人物がいないか探そうということになったのだが、各地域が人員を出し渋っている」
「……自分のところの人物であって、科学院の、ましてや
「そこまでは言わないが、どこも上の方は恨まれるものだ」
そう言って総帥は息を吐く。可哀想なことに、
「それはわかりますが、なぜそれが私に手紙を出すことに繋がるんですか?」
「君の名前は最近まで誰も知らなかった。つまり、
「その魔女から若い男扱いされていないといいですがね……」
私は苦笑いをした。下心なしに世界は回らないのかもしれないが、それでもそれを出さないで振る舞うぐらいのことは紳士淑女ならできてほしいものだ。
5. 旅券は、国務大臣の知るところである者、国務大臣の知る人物から推薦された者、ロンドンまたは連合王国の他の地域に拠点を置く銀行からの申請に基づく者、あるいは連合王国に居住する市長、治安裁判官、治安判事、聖職者、医師、外科医、事務弁護士、または公証人の署名入り身元証明書を提示した者に対して発給される。
GREAT BRITAIN. Foreign Office. Regulations for Passports. The London Gazette. 27 April 1858, no. 22131, pp. 2054–2055.
英国外務省『旅券規定』、1858年