石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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時事的諸問題を解明するための国際会議 5

 ストヤルティ名誉教授との手紙のやり取りは何往復か続いている。手紙の内容は比較的真面目なものばかりだ。閃質(リームシャフト)の取引、学術界における動き、雑誌が扱う内容についての議論。

 

「……まあ、こんなところね」

 

 私はそう言って原稿を見る。第八号の原稿に載せる、編集長名義のものである。こういうふうに雑誌の編集部が自らの意見を出すのは初めてになるのかな。今回は私の個人的な意思の話が強い。つまりは懸賞問題の話である。

 

 評価の基準は私の趣味、ということにした。厳密に定義された条件とかは決められなかった。いや発見の独立性とか予測と実証のどちらを重く見るかとか、参加者の貢献度合いとかって難しいじゃないですか。そういうわけで、懸賞金は二種類である。

 

 一つは低額のもの。間もなく解かれそうな、しかし注力が必要となるもの。もう一つは高額で、それが解かれることによって核物理学においてより深い理解が得られるもの。というわけで以下の問題を設定しました。

 

 低額のものとしては、より効率的な中性子の生産と検出について。これは今後一年ごとに選んでいく。そもそも作れているかどうかも怪しい代物だし、線源の質もきちんと把握できていないのだ。精密測定の技法確立か、あるいは面白い手法が見つかることを期待している。

 

 高額なものとしては、中性子が核内で果たしている役割と、天神質(テューシャフト)絡みの現象についての決定的理解。測定するたびに、このあたりはよくわからない結果が出ている。崩壊速度から未知の核種がいくつも見つかっているが、そんな多くの核種が生まれるかと言われると不明である。こちらの手元に集まる各地の情報も、整合性がありそうでない結果ばかりだ。これについては、理論と測定に対してそれぞれ賞金を用意してある。これはミスヴィッツ氏にした賭けのためのものだが、それ抜きでも面白そうなものだ。

 

 賭け金は合計で二百金貨(クィッド)。それなりの額であるが、百分の一単位質量(グラーヴォ)の閃質(リームシャフト)にもならない。何度見ても本当に個人の趣味で出せるものを超えている。医学分野で寄付とかをかき集めてきたストヤルティ名誉教授の腕は間違いないものだったのだろう。その一部を碌に使えそうにない基礎物理学に突っ込むのはいかがなものかと思わなくはないが。

 

 こう言うと私が勝ったときに誰が払うんだとなりますが、こちらは胴元である。つまり賭けに参加するために雑誌を買ってもらえれば、それ自体がある程度原資になるのである。とはいえ実際はそれなりに持ち出すことになるのだろうな。

 

 ひとまず、今必要なのは散らばった情報をまとめて整理することだ。できれば直接専門家を集めて議論させたいし、そういう話もストヤルティ名誉教授とやっているが、限界が多い。そもそも誰を呼ぶか、どこに呼ぶかだけで外交的な意味を持ちうるのだ。三陣営が世界を分割してしまっている以上、かつてのように中立な場所というものはあまりない。

 

 強いて言うなら大陸帝国(コンチネンタル)内部の独立色の強いところになるかもしれないが、それはそれで政治的な意味を持ってしまう。ストヤルティ名誉教授からは私の故郷にある大学とかどうですかと言われているが、その背景を知っていたとはいえ内部分裂問題にわざわざ火をつけるような提案に乗ったという言質を取られないようにするのが精一杯だった。

 

「入れ込みすぎですよ、表題を核物理学(フィジカ・ヌクレアーレ)ではなく中性子(ニュートラリオン)にするべきだったのでは?」

 

 フィーマが私の清書した原稿を見ながら言う。

 

「さすがにそれだとわざとらしすぎない?」

 

 私は反論する。もちろん中性子(ニュートラリオン)にはそれなり以上の愛着があるが、だからといって中性子(ニュートラリオン)だけを研究している機関はないのだ。核物理学と言いながら、結構放射線(アウトビーム)とか分光学とかの文献も混ぜているし、そういうところからも買ってもらっているが。

 

「いいじゃないですか、趣味なんでしょう?」

 

「趣味だけれどもね……」

 

 出す金額としてはかなりのものではあるが、この手のものは普通に資金支援をしたらその一桁上になることも珍しくない。それならこういう金の使い方のほうがいいかもしれない、というのもある。とはいえ、他にも間接的に金を使っているのだ。

 

 国際集成(レペルトーリオ・インテルナツィオナーレ)に情報を共有することを希望する小さな組織に対する支援とか、翻訳を手伝ってくれた組織に対する割引とか。あと要約をつけると国際集成(レペルトーリオ・インテルナツィオナーレ)の購読料を安くするという試みのおかげで対応してくれた小さな学会があったのは嬉しかった。

 

 とはいえ、これが拡大していくことはあまりないだろう。確かにこの雑誌は便利なものであるとは思う。翻訳まで用意されているのだから。ただ、そういうのは言語ができる人が何人かいる大きい分野であればもう少しどうにでもなるものだ。数式さえあればいいという理論系の物理学ではそもそも手法自体が内輪に留まるので参入が少ないなんて話もあるが、これは例外だろう。

 

 化学は金になるので、各地から文献を集めている企業の図書館がある。そういうものに金を投じないと批判される共同連邦(コモンウェルス)であっても頑張って収集を行って積み上げるだけは積み上げているのだ。それがどのぐらい整理されて読まれているかは知らないが。

 

 だとすれば、今ぐらいがちょうどいいのかもしれない。世界中のこの分野の論文であれば、私は大半に目を通していることになるだろう。そのために一日の大半の時間を使い、細かいものは流し読みになっているが、それでもだ。

 

 というより、私みたいな人も他の分野にはいるんだろうな。話したら楽しいのかもしれないが、それぞれの分野で閉じているのかもしれない。手紙のやり取りよりも、片言でもいいので共通語(ウルガー)で議論を交わすほうが互いに学びが得られると思う。少なくとも、私を仲介者として毎月行われる面倒な測定結果についての議論は避けられるだろう。河川同盟(レーノスブント)と脊梁同盟(レーガ・ドルサーレ)の争いを海峡のこちら側に持ち込まないでいただきたい。




An illustration may show that a serious practical question is raised. Just now nuclear physicists are writing a great deal about hypothetical particles called neutrinos supposed to account for certain peculiar facts observed in β-ray disintegration. We can perhaps best describe the neutrinos as little bits of spin-energy that have got detached. I am not much impressed by the neutrino theory. In an ordinary way I might say that I do not believe in neutrinos.* But I have to reflect that a physicist may be an artist, and you never know where you are with artists. My old-fashioned kind of disbelief in neutrinos is scarcely enough. Dare I say that experimental physicists will not have sufficient ingenuity to make neutrinos? Whatever I may think, I am not going to be lured into a wager against the skill of experimenters under the impression that it is a wager against the truth of a theory. If they succeed in making neutrinos, perhaps even in developing industrial applications of them, I suppose I shall have to believe—though I may feel that they have not been playing quite fair.

ある例は、重大な実際的疑問が提起されているということを示すかもしれません。ちょうど今、原子核物理学者たちはβ線崩壊において観察されるある種の奇妙な事実を説明することになっている中性微子(ニュートリノ)と呼ばれる仮説上の粒子について、非常に多くのことを書いています。中性微子(ニュートリノ)は、おそらく分離してしまったスピンエネルギーの小さな断片として最もうまく記述できるものでしょう。私はこの中性微子(ニュートリノ)理論にあまり感銘を受けていません。普段なら、私は中性微子(ニュートリノ)の存在を信じていない、と言うかもしれないでしょう。* しかし、物理学者もまた芸術家である可能性があり、芸術家が相手なら何が起こるか分からない、と省みておく必要があります。中性微子(ニュートリノ)に対する私の時代遅れの種類の不信では不十分でしょう。実験物理学者たちには中性微子(ニュートリノ)を作り出すだけの創意工夫がないなどと言えるでしょうか?私が何を考えようとも、理論の真理性に対する賭けであると思い込んで、実験者たちの技量に対抗する賭けへと誘い込まれるつもりはありません。もし彼らが中性微子(ニュートリノ)を作り出すことに、そしてそれらの産業的応用を開発することにさえ成功するならば、私は信じざるを得なくなるだろうと思いますね――たとえ彼らが完全に正々堂々と勝負してきたわけではないと感じるかもしれないとしても。

* Doubtless until a truer understanding of the spin problem is reached, it is better to make shift with neutrinos than to ignore the difficulty which they are intended to meet. I have no objection to neutrinos as a temporary expedient, but I would not expect them to survive—except that, as suggested in this paragraph, survival may not be wholly a question of intrinsic merit.

* スピン問題についてより正確な理解が得られるまでは、中性微子(ニュートリノ)が解決しようとしている困難を無視するよりは、むしろ中性微子(ニュートリノ)で代用するほうが賢明であることは間違いありません。一時的な便宜としての中性微子(ニュートリノ)には異論はありませんが、それが今後も生き残るとは思いません――もっともこの段落で示唆されているように、生き残れるかどうかは必ずしもその理論自体の本質的な価値だけで決まるわけではないかもしれませんが。

EDDINGTON, Arthur. The philosophy of physical science. Cambridge: Cambridge University Press, 1939.
アーサー・エディントン『物理学における哲学』、1939年
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