石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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時事的諸問題を解明するための国際会議 6

「ラドウィック!」

 

 私は手紙を持って銀食器を磨いていた執事のもとに駆けつけた。

 

「なんでしょうか、お嬢様」

 

「えーとやられた! 私達の計画がエンツォ悪童団に抜かれてる!」

 

 私の言葉に彼は深く息を吐いた。そして呆れたような視線を向けている。なんだよこっちからすれば結構な事件なんだよ。

 

「まず前提を整理しろ、ミス・バクスター」

 

「はい」

 

 冷たい命令口調。とはいえ、私の思考の方向を定めるにはこのぐらいしてもらったほうがやりやすい。頭の中であらましを整理して、肩の力を抜いた時には、ラドウィックは紅茶を淹れてくれていた。

 

「……さて、その手の中の手紙は誰からですか?」

 

「ストヤルティ名誉教授から。計画していた核物理学の会議について、どうやらクローツルに知られたらしい」

 

 私の言葉に、ラドウィックは眉を動かした。

 

「クローツル、というのはあの元大臣の?」

 

「そう。……ラドウィックは彼を知っている?」

 

 フィーマに頼んで近所の図書館で詳しい経歴を調べてもらっているが、最低限は私も覚えている。脊梁同盟(レーガ・ドルサーレ)拡大主義者の代表的な人物で、少し前まで大陸帝国(コンチネンタル)の経済大臣をやっていた。とはいえ、あそこの大臣は各地域出身の人物に仕事を割り振る儀礼職という側面があるのだが。

 

 専門分野は建築学、離散数学、応用物理学。建築における弾性体計算の理論を発展させ、運算機関(レックニングエンジン)を物理学計算に活用した人物だ。そして今はエンツォ悪童団と渾名される若手物理学者集団の後援者である。

 

「飯を奢られたことがある。敵に回したくない男だ」

 

 ラドウィックがそういう形で知っているとは驚きだ。しかしラドウィックはかつて各地の文化の振興と調査の名目で色々やっていたわけである。そうすれば「未編入地域」への圧力をかけたがる拡大主義者と親和性はいいのだろうな、というのは理屈では理解できるがそこまで大物と繋がった経験があるとは思っていなかった。

 

「……結構な関係性の近さでは?」

 

 食事を誰かとするというのは、決して小さな意味ではない。私はあまりそういう機会はなかったが、学生時代に議論をしながら食べたものはたとえ冷めていたとしても格別の味がしたものだ。

 

「地理的な距離のおかげだ。共同連邦(コモンウェルス)と脊梁同盟(レーガ・ドルサーレ)は共に海洋に面しており、そして求める領域が衝突しない。協力することができ、かつすぐに敵にはならない関係だ」

 

「ああ、内海連邦構想……」

 

 私の言葉にラドウィックは頷いた。古き王国制が残る環湾岸同盟(クリングヴィーク・サンバンド)のあたりの成功を踏襲しようとして、内海南岸への影響力を強めて勢力圏を確保しようというものだ。当然ながらこれは大陸帝国(コンチネンタル)の中央集権的な立場とは真っ向から対立するが、彼らは大陸帝国(コンチネンタル)の拡大の尖兵としての責務などと言っているのでなかなか難しいところらしい。大変なことだ。

 

「具体的に、どこまで話が進んでいて、どこまでが彼に知られたと考えられる?」

 

「そこまでしっかりした話ではなく、研究者を招聘して会議を開くならどこがいいかとか、予算は各地の学会で分担するか、あるいは企業などに後援をもらうか、みたいな話をしていた。それを踏まえたとしか思えない提案が、クローツルのほうからやってきた」

 

 ストヤルティ名誉教授から送られてきたのは、科学院へクローツルの送った問い合わせの写し。今後核物理学についての国際的な会議を開こうと思っているが、科学院としてはどう思うか、というもの。なお、その手紙では逆電子を発見したゴロヘシュト氏の貢献の話が踏まえられていた。

 

 つまりは科学院は最近碌に仕事ができていないではないか、なら我々が独自にやることに文句は言うまいな、と告げたわけである。

 

「……彼らに理はあるのかね?」

 

「言語が共通語(ウルガー)に比較的近いから、通訳は集められる。クローツルの名声と立場があれば調整も容易だと思う。場所と人員の提供のかわりに、大陸帝国(コンチネンタル)の他の地域の人物を主催者にして大陸帝国(コンチネンタル)を一つの陣営として扱いつつ、さらに外側からの人員を増やすことで一応は均衡が……」

 

「言質を取られる、ということは物理の世界にはあるのですか? つまり、開催地が圧倒的に強い力を持つであるとか、あるいは主催者の名前に価値がある、というのは」

 

 私はラドウィックの言葉に少し悩む。そもそも私はこのあたりのものに詳しくないのだが、なら誰が詳しいのかというと難しい。総帥も直接運営に携わるわけではないし、あのあたりでは学会が直接名前を出すことも多い。

 

「……そこまでではない、はず。あまり知られない分野の物理学の会議であれば、主催者が有名人であれば集まる注目はあったとしても、主催者が有名人になることはないと思う」

 

 あくまで私の感覚だが、さすがに大きく外してはいないだろう。ラドウィックも頷いていた。

 

「それであれば大陸帝国(コンチネンタル)の揉め事は大陸帝国(コンチネンタル)で対応してもらうとするのがよいかと。人員の推薦や一部資金の提供、あるいは媒体としての活用で、我々ができることは十分ではないでしょうか」

 

「……確かに綺麗に纏まるけど、そういうもの?」

 

「おそらくはクローツルもそこを目指すよう考えていたのでしょう。事前に調整を対面でするのであれば、何らかの形で人を集めて直接話したほうがよろしいかと」

 

「となると連合議会(コングレス)の有力者が大陸帝国(コンチネンタル)に渡る時を狙うのがいい、と……」

 

 私は頭の中で関係者を思い浮かべていく。なんというかどうしても連合議会(コングレス)の層は薄いのだ。向こうでは企業とかが大学に研究室を作ることも珍しくなく、金はそれなりにあるし産業界が見世物の延長線上として物理を支援しているみたいなものもあるが、どうしても影響力のある中心人物というのは限られている。

 

 とはいえ、逆に言えばこの会議に呼んだ人物が連合議会(コングレス)の中心人物とみなされる可能性もあるということだ。そしてたぶん人選ができる共同連邦(コモンウェルス)の中の人は私ぐらいなんだよな。まったく、論文にないものを探すための会議に、論文で有名な人を呼ばねばならないというのは困ったものだ。




Daß die naturwissenschaftliche Forschung in Amerika im Begriff ist, auf manchen Gebieten die Führerrolle zu übernehmen, beruht nicht nur auf den Reichtümern des Landes, sondern auch auf dem Umstande, daß der reiche Amerikaner von der Ueberzeugung durchdrungen ist, daß er der Allgemeinheit viel schuldig ist. Dieses Gefühl, welches durch die mächtige öffentliche Meinung des Landes wacherhalten wird, bringt es zu wege, daß für öffentliche Zwecke große Mittel überall zur Verfügung stehen, ohne daß der Staat sich darum zu kümmern braucht.

アメリカにおける自然科学研究がいくつかの分野で主導的な役割を担おうとつつあるということは、国の富のみならず、裕福なアメリカ人が公衆に対する多くの恩義があるという確信に貫かれているという事情にも基づいている。その国の強力な世論によって支えられるいるこの意識が、国家の関与の必要なしに、公共の目的のために多額の資金が至る所で意のままに使える状態にあるということを成し遂げているのである。

EINSTEIN, Albert, 1921. Einsteins amerikanische Eindrücke: Was er wirklich sah. Vossische Zeitung. 10. Juli 1921, Nr. 320 (Morgen-Ausgabe), 1. Beilage, S. 1.
アルバート・アインシュタイン『アインシュタインのアメリカでの印象: 彼が実際に見たもの』、フォス新聞、1921年
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