というわけで楽しい旅行である。付き人はラドウィック。選んでもらった服は地味な合わせ生地の部屋着としての紳士服。つまりはこれで社交界には行けないが、学術的な集まりであればちょうどいいぐらいである。ただ周囲の上着もなくズボン吊りとシャツといった格好で日に焼けた人々と比べるとどうしても場違いな気がしてくる。
「久々の
料理を待つラドウィックが言う。
「……本当に美味しいのかね?」
私は少し怖くなって言う。船便で到着して特に何事もなく入国でき、そこから列車で
「保証いたしましょう。ここのスープはミセス・ブラッケンのものよりもある意味ではいいものです」
「ほう」
屋敷の女中長、ミセス・ブラッケンは料理が上手だ。しっかりとした量、旬の食材、そして風味を活かした味付け。家政書の料理を看護学の栄養食に寄せ、見栄えを削ったらそうなる、という形に近い。もちろん上品な食堂に比べてはいけないのであるが。
ラドウィックも私も「今日の魚の焼き」を選んだ。あと「今日の魚の揚げ」もあった。一応その下に小さく他の品も書かれているのだが注文者はたいてい「揚げ」「揚げ」「焼き」としか言っていないのでそれに沿う。
少し待つと運ばれてきたのはスープ、焼き魚、そして添えられた芋である。長机にラドウィックと隣り合って座り、机の上にあった籠からとったパンをスープに浸す様子を横目で見てを真似る。
「素早く食べましょう」
「わかりましたよ」
大きめのパンは硬め。スープはそれなりに油が浮いている。香りは……わからないな。店内の雑多な匂いもあるし、海の近く特有の潮風もあるので。
「……この味は、何だ?」
私は呟く。多少生臭くはあるが、魚とはそういうものだ。しかし香草とか香辛料とかのおかげでそれよりも強い旨味がある。濁っていて舌に少しざらつくものがあるが、色々と詰め込まれたような味だ。
「知りません。取れた魚を片端から崩れるまで煮込んだものに、昨日の余った汁を足しているものです」
「そういうことをしたら生臭くならないのか?」
「そうしないのがここの料理人の腕ですよ」
ラドウィックはぽつぽつと話しながら素早く焼き魚を切って口の中に放り込んでいた。
パンの入っていた籠を見るといつのまにか空になっていて、女給が補充していった。周囲のしっかりとした肉体の男性たちも口の中に色々なものを詰め込んで咀嚼していっている。
私も急いで料理を口に運んでいく。上品な食べ方など気にしない、しかし味を無視するというわけではないもの。豪快、というものなのだろうな。スープの中に入っていた小骨を口の中で転がして皿に置き、焼き魚から出た汁までパンに浸して食べる。柑橘の汁が入っているらしい水は生臭さを綺麗に口の中から消してくれる。うん、ラドウィックの言葉に嘘はなかったな。
「この味は量を作るからこそ出せるものです。単純な調理法、それゆえに出る身の残った骨や頭。下処理をしてから煮込めば、これだけの味のするスープになります」
「なるほどね」
そう言って私は最後まで食べた。いやあいいものであった。ここまで来ただけの価値があった。
そうして膨れた腹を抱えて駅まで行き、列車へ。到着は夕方頃なので、一泊して明日の会談に備えるとしよう。
「しかし代表者は四人ですか」
揺れる列車の中、向かいの席に座ったラドウィックが言う。流れていく車窓の景色は温かそうだ。まだ
「うち
私は論文があるわけでもなし、
「しかし
「国家同士の外交なら多少は見当がつくのだけれど、国内のものだと妙に感覚が狂うな」
一応は大使館育ちであるし、そのあたりの繊細な話し合いにおいては会場で使う部屋一つとっても問題になりうることは聞いている。しかし、それでも覚悟を決めて終わらせることに専念してしまえばある程度はどうにかなるのだとか。
「基本的に帝国の権力統合主義者にも二種類いるのですよ。一つは
「……何が違うので?」
「彼らが帝国の何を見ているか、ですな。
「ええと、つまり帝国に集めようとする勢力からすれば
「そうなりますな。言語によって統合し得ない南東軍政管区などでは、むしろ帝国の市民としての立場を見出すことしかできない。ストヤルティという人物はこちらでしょう」
「人間が何に愛着を持つかは面倒なものね……」
私は息を吐いた。一応は
とはいえ科学者としての中立的な立場、というわけにもいかないんだよな。そして今回は大物を揃えた
この状況は、知的な面で科学と産業の進歩に寄与すべき科学と産業の進歩に寄与すべきあらゆる知的活動における最大の教育者とさせてしまった我々の極端な中央集権化に起因している。長い間、我々のパリの諸学校は、言わば高等教育の独占を保ち続け、ある程度、自らをあらゆる真の科学の伝達者と見なしていた。地方の大学に教授を送り出していたのは、ほぼもっぱらこれらの学校であった。彼らは敬意からであれ、臆病さからであれ、あるいはしばしば無頓着さからであれ、師の思想を受け入れ、それを教え、広めたために、フランスのあらゆる科学拠点で、五十年前と同じ教義が唱えられ、同じ方法が用いられていた。この画一性は、国家独占の必然的な帰結であると同時に、当時の学界の理想そのものでもあった。しかし、科学において不変なのは、厳密に観察された事実のみであり、それらを解明する理論や、いわばその原動力となる学説は、絶えず進化し、刷新され続けているのである。しかし科学において不変なのは厳密に観察された事実のみであり、それらを解明する理論や、いわばそのパン種となる学説は、絶えず進化し、刷新され続けているのである。
HALLER, Albin. Arts chimiques et pharmacie. In: Exposition universelle internationale de 1900 à Paris. Rapports du jury international. Groupe XIV: Industrie chimique. Première partie, classe 87 (tome I). Paris: Imprimerie Nationale, 1902. Introduction, pp. 11–89.
アルビン・ハラー『化学工学および薬学』序論、1900年パリ国際万国博覧会、国際審査委員会報告書、1902年