石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

47 / 47
時事的諸問題を解明するための国際会議 7

 首府(トゥーン)から帝府(ラ・ヴィル)まで、そう時間がかかるわけではない。朝に出れば夕方には到着できるし、夜の船便と列車を使えば若いなら夜中の移動だって不可能ではない。もちろん審査とかで引っかかると時間が無駄にかかるが、そういうのは仕方のないことだ。

 

 というわけで楽しい旅行である。付き人はラドウィック。選んでもらった服は地味な合わせ生地の部屋着としての紳士服。つまりはこれで社交界には行けないが、学術的な集まりであればちょうどいいぐらいである。ただ周囲の上着もなくズボン吊りとシャツといった格好で日に焼けた人々と比べるとどうしても場違いな気がしてくる。

 

「久々の大陸帝国(コンチネンタル)ですな」

 

 料理を待つラドウィックが言う。

 

「……本当に美味しいのかね?」

 

 私は少し怖くなって言う。船便で到着して特に何事もなく入国でき、そこから列車で帝府(ラ・ヴィル)まで向かう途中、空腹はよくないということで港の近くで昼食をすることにしたのだ。ラドウィックが勧めてくれたのがこの店である。

 

「保証いたしましょう。ここのスープはミセス・ブラッケンのものよりもある意味ではいいものです」

 

「ほう」

 

 屋敷の女中長、ミセス・ブラッケンは料理が上手だ。しっかりとした量、旬の食材、そして風味を活かした味付け。家政書の料理を看護学の栄養食に寄せ、見栄えを削ったらそうなる、という形に近い。もちろん上品な食堂に比べてはいけないのであるが。

 

 ラドウィックも私も「今日の魚の焼き」を選んだ。あと「今日の魚の揚げ」もあった。一応その下に小さく他の品も書かれているのだが注文者はたいてい「揚げ」「揚げ」「焼き」としか言っていないのでそれに沿う。

 

 少し待つと運ばれてきたのはスープ、焼き魚、そして添えられた芋である。長机にラドウィックと隣り合って座り、机の上にあった籠からとったパンをスープに浸す様子を横目で見てを真似る。

 

「素早く食べましょう」

 

「わかりましたよ」

 

 大きめのパンは硬め。スープはそれなりに油が浮いている。香りは……わからないな。店内の雑多な匂いもあるし、海の近く特有の潮風もあるので。

 

「……この味は、何だ?」

 

 私は呟く。多少生臭くはあるが、魚とはそういうものだ。しかし香草とか香辛料とかのおかげでそれよりも強い旨味がある。濁っていて舌に少しざらつくものがあるが、色々と詰め込まれたような味だ。

 

「知りません。取れた魚を片端から崩れるまで煮込んだものに、昨日の余った汁を足しているものです」

 

「そういうことをしたら生臭くならないのか?」

 

「そうしないのがここの料理人の腕ですよ」

 

 ラドウィックはぽつぽつと話しながら素早く焼き魚を切って口の中に放り込んでいた。

 

 パンの入っていた籠を見るといつのまにか空になっていて、女給が補充していった。周囲のしっかりとした肉体の男性たちも口の中に色々なものを詰め込んで咀嚼していっている。

 

 私も急いで料理を口に運んでいく。上品な食べ方など気にしない、しかし味を無視するというわけではないもの。豪快、というものなのだろうな。スープの中に入っていた小骨を口の中で転がして皿に置き、焼き魚から出た汁までパンに浸して食べる。柑橘の汁が入っているらしい水は生臭さを綺麗に口の中から消してくれる。うん、ラドウィックの言葉に嘘はなかったな。

 

「この味は量を作るからこそ出せるものです。単純な調理法、それゆえに出る身の残った骨や頭。下処理をしてから煮込めば、これだけの味のするスープになります」

 

「なるほどね」

 

 そう言って私は最後まで食べた。いやあいいものであった。ここまで来ただけの価値があった。

 

 そうして膨れた腹を抱えて駅まで行き、列車へ。到着は夕方頃なので、一泊して明日の会談に備えるとしよう。

 

「しかし代表者は四人ですか」

 

 揺れる列車の中、向かいの席に座ったラドウィックが言う。流れていく車窓の景色は温かそうだ。まだ首府(トゥーン)には訪れていないしっかりとした春。きっと脊梁同盟(レーガ・ドルサーレ)のほうでは日差しの眩しい夏がもう来ているのだろう。

 

「うち大陸帝国(コンチネンタル)の二名は大物と言っていい。それに比べれば私も連合議会(コングレス)の代表も小物ですよ」

 

 私は論文があるわけでもなし、連合議会(コングレス)のほうも派遣された若手に近い。書いている論文を見る限り実力はしっかりしているし、質量分析の方面では立場もあるのだが、逆に言ってしまえばその程度だ。

 

「しかし大陸帝国(コンチネンタル)の科学院も大変ですな、あれこれと政治的に面倒なことが多い」

 

「国家同士の外交なら多少は見当がつくのだけれど、国内のものだと妙に感覚が狂うな」

 

 一応は大使館育ちであるし、そのあたりの繊細な話し合いにおいては会場で使う部屋一つとっても問題になりうることは聞いている。しかし、それでも覚悟を決めて終わらせることに専念してしまえばある程度はどうにかなるのだとか。

 

「基本的に帝国の権力統合主義者にも二種類いるのですよ。一つは帝府(ラ・ヴィル)に全てを集めようとするもの。もう一つは帝国に全てを集めようとするもの」

 

「……何が違うので?」

 

「彼らが帝国の何を見ているか、ですな。帝府(ラ・ヴィル)は統合を成し遂げた共和国の系譜とその地域を、そして帝国はそれ自体、すなわち法、通貨、統治を指している」

 

「ええと、つまり帝国に集めようとする勢力からすれば帝府(ラ・ヴィル)すら中央ではなく大都市に過ぎず、あらゆる市民が同じ力を持つことを望む、と?」

 

「そうなりますな。言語によって統合し得ない南東軍政管区などでは、むしろ帝国の市民としての立場を見出すことしかできない。ストヤルティという人物はこちらでしょう」

 

「人間が何に愛着を持つかは面倒なものね……」

 

 私は息を吐いた。一応は共同連邦(コモンウェルス)の臣民としてあの地には愛着があるし、金をもらっている以上感じている恩義もある。ただ、それ以上を持っているかと言われると難しい。

 

 とはいえ科学者としての中立的な立場、というわけにもいかないんだよな。そして今回は大物を揃えた大陸帝国(コンチネンタル)のほうに名誉を渡す形である。まあ細かいところで私の趣味の方向に進めつつ、面倒な負担と議論は連合議会(コングレス)のほうでやっていただくとしよう。




Cet état de choses est dû à notre centralisation à outrance qui a fait de la capitale la grande éducatrice de tout ce qui, intellectuellement, doit contribuer au progrès de la science et de l’industrie. Pendant longtemps, nos écoles de Paris ont, pour ainsi dire, gardé le monopole de l’enseignement supérieur et se considéraient, dans une certaine mesure, comme les dispensatrices de toute vraie science. Ce sont elles qui alimentaient presque exclusivement les Facultés de province en professeurs. Ceux-ci, soit par déférence, soit par timidité, soit souvent aussi par insouciance, épousaient les idées du maître, les enseignaient, les propageaient de telle sorte que, dans tous les centres scientifiques de France, on professait les mêmes doctrines, on employait les mêmes méthodes qu’il y a cinquante ans. Cette uniformité, conséquence fatale du monopole de l’État, constituait d’ailleurs l’idéal du monde universitaire d’alors. Or, si en science, seuls les faits bien observés sont immuables, les théories qui les éclairent et les doctrines qui en constituent en quelque sorte le levain, évoluent et se renouvellent sans cesse.

この状況は、知的な面で科学と産業の進歩に寄与すべき科学と産業の進歩に寄与すべきあらゆる知的活動における最大の教育者とさせてしまった我々の極端な中央集権化に起因している。長い間、我々のパリの諸学校は、言わば高等教育の独占を保ち続け、ある程度、自らをあらゆる真の科学の伝達者と見なしていた。地方の大学に教授を送り出していたのは、ほぼもっぱらこれらの学校であった。彼らは敬意からであれ、臆病さからであれ、あるいはしばしば無頓着さからであれ、師の思想を受け入れ、それを教え、広めたために、フランスのあらゆる科学拠点で、五十年前と同じ教義が唱えられ、同じ方法が用いられていた。この画一性は、国家独占の必然的な帰結であると同時に、当時の学界の理想そのものでもあった。しかし、科学において不変なのは、厳密に観察された事実のみであり、それらを解明する理論や、いわばその原動力となる学説は、絶えず進化し、刷新され続けているのである。しかし科学において不変なのは厳密に観察された事実のみであり、それらを解明する理論や、いわばそのパン種となる学説は、絶えず進化し、刷新され続けているのである。

HALLER, Albin. Arts chimiques et pharmacie. In: Exposition universelle internationale de 1900 à Paris. Rapports du jury international. Groupe XIV: Industrie chimique. Première partie, classe 87 (tome I). Paris: Imprimerie Nationale, 1902. Introduction, pp. 11–89.
アルビン・ハラー『化学工学および薬学』序論、1900年パリ国際万国博覧会、国際審査委員会報告書、1902年
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

永遠の火は煌々と(作者:紺野遍音)(オリジナル:歴史/日常)

1820年、新たな熱源の期待に沸き立つ世界のなかで、エルステッド嬢はふたたび不思議な光線を発見した。▼かくして、人類が火を絶やすことはない。


総合評価:7/評価:-.--/連載:6話/更新日時:2026年09月10日(木) 19:14 小説情報

クソ女大戦(作者:石崎セキ)(オリジナル:ファンタジー/コメディ)

顔と頭はいいがガチで性格が終わっている聖女たちが、遊び半分でお互いを破滅させようとする話。周囲の脳はなぜか焦がされる模様。


総合評価:433/評価:8.4/連載:5話/更新日時:2026年08月18日(火) 00:09 小説情報

超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ(作者:小沼高希)(オリジナル:現代/戦記)

【完結】「一兆ドルで重力特異点制御ができますよ」と、アクリル板越しの彼女は言った。それを形にする方法を考えるのは、俺達の役目だった。


総合評価:1374/評価:8.96/完結:250話/更新日時:2026年08月20日(木) 00:00 小説情報

幽幻生物圏(作者:彼岸花ノ丘)(オリジナル:ファンタジー/ノンジャンル)

百五十年前、流行り病により亡くなり、その後悪霊となった少女・エリィ。▼人が立ち寄らない屋敷に一人囚われている彼女は寂しさで苦しみ、哀れな犠牲者を求めて徘徊する日々を過ごしていた。▼ところがある日、彼女の呪力から一匹の『生き物』が生まれる。▼その生き物が、彼女の死後を賑やかなものに変えていく――――▼※不思議生物の進化・生態系についてひたすら語るだけのお話です…


総合評価:144/評価:9/完結:21話/更新日時:2026年06月29日(月) 18:00 小説情報

国際ニュースで追われる私ですが、記憶喪失の妹です。ごはん探してるだけです(作者:宙うし)(オリジナル:現代/戦記)

目を覚ましたとき、“わたし”は自分が誰なのか分からなかった。▼ここがどこで、どうしてこんな奇妙な身体になっているのかも思い出せない。▼ただ──▼「お姉ちゃんに、なにかしてあげたかった」▼その気持ちだけが、やわらかな残響のように胸に残っていた。▼けれど、何をしてあげたかったのかは思い出せない。▼お腹だけが、きゅうっとすいていく。▼「……まずは、ごはん……探さな…


総合評価:8849/評価:8.9/完結:86話/更新日時:2026年03月08日(日) 07:40 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>