石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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時事的諸問題を解明するための国際会議 8

「いやぁ君も大変だね、こんなところに呼ばれるなんてさ」

 

 休憩ということで少し外の空気を吸いに来て、私は小さく笑いながら煙草の箱を取り出して相手に勧めたが、彼は断った。まあそうか。私だって吸えなくはないが頭痛が出るし、煙もほとんど肺に入れない。ラドウィックの用意してくれた小道具の一つである。あと健康に悪いし月の保険料が上がる。このあたりで嘘をつくと調査員が周囲の人物に聞き込みをして容赦なく支払いを減額してくるというからな。怖い時代である。

 

「僕も驚きましたよ、まさか呼ばれた先でバクスターさんとお会いできるとは」

 

「ペレディルで構わんさ」

 

 私は煙草の箱を胸元に戻しながら言う。

 

「では僕のこともフレイスと」

 

 そんな感じで私達は握手を交わす。フレイス・ニーリッジ。連合議会(コングレス)指折りの富豪である亜鉛王ゴールソンが設立したゴールソン基金から給与を受け取る研究員であり、質量分光装置においてはおそらく世界有数の人物である。とはいえ、こうやって会うと髭もない若者である。年齢としては私の少し上のはずだが、大物たちとの会話で恐縮しているのもあって小さく見える。まあ、彼には今回そこまでの役目は求められていないからな。

 

「しかし私を知っているとはね」

 

「国際集成(レペルトーリオ・インテルナツィオナーレ)は読んでいます。分野解説のあたりがわかりやすくてとても助かりました」

 

「それは何より。……しかし君の本業は電気工学だったな」

 

 私は連合議会(コングレス)のジェネラルで話す。彼は一応それなりに大陸帝国(コンチネンタル)のコミュヌも共同連邦(コモンウェルス)のクウェーンズもできるし、最低限は共通語(ウルガー)もいけるのだが、それでも上手いとは言い難い。ところどころ詰まるし、ジェネラル由来の発音の違いや単語の並べ方の癖みたいなものは感じられる。

 

 それならまだ私のほうが合わせればいいだろう、ということだ。昔からやってきただけであって努力をして身につけたものでもないから自慢できるわけではない技能だが、こういう時には役に立つ。あと相手に対して優位性を見せられる。いやまあ連合議会(コングレス)あたりに金なら全部出しますよとか言われたら会議が全部壊れかねないからな。

 

「その電気工学の中でも精密測定のほうです。だから正直核物理学の連合議会(コングレス)代表みたいに扱われるのは少し……」

 

「ま、君の名前は私も見させてもらっているがね。あまり謙遜することはないよ」

 

 大丈夫かなこの私の演技。ちなみに我々が会談の場所に使ったのは比較的できて間もない、綺麗な旅宿についている喫茶店である。たまたま仕切りがあって人の目が届きにくいところの奥まった場所。つまりはそういう悪巧みとか調整のために使われるような場所である。ラドウィックが言うにはまあまあの場所なのだとか。何がまあまあなのかはわからないが、特に何か警告されたというわけでもないので素直に話をするとしよう。

 

「……しかしあの二人には初めて会いましたが、なかなか強烈な人ですね」

 

「科学院の魔女ストヤルティに、政治屋クローツル。まあ私達からすれば大物には間違いないね」

 

 とはいえ両方とも現役の物理学者というわけではない。彼らの弟子とかが今は現場に立っている。逆に言えば、私にもフレイス君にもわかりやすい後ろ盾がいないのだ。実は私の裏には初代ホイットマール男爵ヘズリン・ホルト、あるいは王認自然学会(ザ・クウェーンズ・フェローシップ)の総帥(アルダーフェロー)がいるのだが、それを出す必要も特にないだろう。

 

 あくまで今日は裏方に回った老人二人と、もとより裏方の雑誌編集者、そして連合議会(コングレス)の若手物理学者。建前としては若手を中心とした物理学会議を開いて、意見を戦わせようということになる。とはいえこれは脊梁同盟(レーガ・ドルサーレ)のクローツルのところに有能な若手、エンツォ悪童団がいるからであるが。

 

「もちろん本は読んでますし、噂は聞いていましたが、実際に見ると……普通の人にも思えるし、勝てそうにもないとも思えてしまう。不思議なものです」

 

「おや、私相手なら勝てそうだと?」

 

「そういうわけではないですよ。質量分光であれば勝てる自信がありますし」

 

 おお、いい笑顔だ。私も微笑みを返す。というより専門分野で周囲の人をなぎ倒せるぐらいの自負がなければあそこに座っていても辛いだけだろう。

 

「さて、なら我々は若者らしく無知と蛮勇を武器としなければ」

 

「何か考えが?」

 

「私は純粋に科学というか物理学、放射線(アウトビーム)のあたりが好きでね」

 

「中性子(ニュートラオン)ではなく?」

 

「まあ、それが特に気に入っているのは否定しないがね。そのあたりが中心の会議にさえなってくれれば、こちらとしてはあまり希望はないのさ」

 

「僕としては測定するべきものが欲しい、というのはありますね。もちろん片端から試すのもいいのですが、何かを狙うというのもやってみたくはあります」

 

「そういう事情が?」

 

「……基金からの奨励金を受け取るための報告などが」

 

「大変なものだな」

 

 私からすれば出す側も受け取る側も大変なように思えるが、そもそも動いている額が大きいのであまり私のやっていることとは比較できないというのもある。こちらは一人で理解して一人で金を払っているが、向こうは出資者も調整者も審査担当も受け取る人も大勢なのだ。分野も多岐にわたっているし、どうやれば実用化するんだよという技術からかなり電気通信の難問そのものまで幅広く、というところだ。もちろん言語学や歴史、医学に文学のあたりも予算は出ているらしいがそもそもそのあたりの論文を読まないので噂でしか聞かない。

 

 しかし大きければ多少の無駄も、あるいは失敗も許容されるというのは羨ましくはある。もちろんこちらだって失敗したところで死にはしないのだが、それでも賭けられる方向は限られている。国際集成(レペルトーリオ・インテルナツィオナーレ)だって周辺分野の文献は取り漏らしがあるし、そもそも一人で編集する以上は私の時間と体力という限界が明白にあるのだ。




Fellowship Appointments.—The appointments of National Research Fellows will be made only after careful consideration of the scientific attainments of all candidates, not only of those who apply on their own initiative, but also of those who are brought to the attention of the Fellowship Board by professors in educational institutions and by other investigators throughout the country. In making the appointments much weight will also be given to the judgment shown by the applicant in selecting and planning his proposed research.
The Research Fellowships will for the most part be awarded to American citizens who have had training equivalent to that represented by the Doctor's degree. The salary will ordinarily be $1,500 for the first year. The Research Fellowship Board will not, however, be bound by rigid rules of procedure. Thus it may offer larger salaries to those of exceptional attainment or wider experience, and may give appointment to competent investigators who have had training other than that represented by the Doctor's degree. The Research Fellows will be appointed for one year; but they will be eligible for successive reappointments, ordinarily with increase of salary.

奨励員(フェローシップ)の選任。――国立研究奨励員の選任は全候補者の科学的業績を慎重に検討した上で行われ、自己推薦のみならず教育機関の教授たちや全国の他の研究者たちによって奨励員委員会に推薦された業績も含められる。選任においては研究課題を選定、計画する際の判断力にも多くの重きが置かれる。
研究奨励員は主として博士号と同等の訓練を受けてきた米国市民に対して授与されることになる。給与は、初年度については通常は1,500ドルとなる予定である。ただし、研究奨励員委員会は厳格な手続き規則によって拘束されることはない。したがって、卓越した業績や幅広い経験を持つ者により高額な給与を提示するかもしれず、また博士号に相当するものとは異なる訓練を受けてきた有能な研究者たちに対して任命を与えるかもしれない。研究奨励員は一年間の任期で任命されることになるが、彼らは通常は給与の増額を伴って引き続いての再任を受ける資格を有する。

National Research Fellowships in Physics and Chemistry. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. 1919, vol. 5, pp. 313–315.
『物理学及び化学における国立研究奨励員』、アメリカ合衆国国立科学アカデミー紀要、1919年
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