「いやぁ君も大変だね、こんなところに呼ばれるなんてさ」
休憩ということで少し外の空気を吸いに来て、私は小さく笑いながら煙草の箱を取り出して相手に勧めたが、彼は断った。まあそうか。私だって吸えなくはないが頭痛が出るし、煙もほとんど肺に入れない。ラドウィックの用意してくれた小道具の一つである。あと健康に悪いし月の保険料が上がる。このあたりで嘘をつくと調査員が周囲の人物に聞き込みをして容赦なく支払いを減額してくるというからな。怖い時代である。
「僕も驚きましたよ、まさか呼ばれた先でバクスターさんとお会いできるとは」
「ペレディルで構わんさ」
私は煙草の箱を胸元に戻しながら言う。
「では僕のこともフレイスと」
そんな感じで私達は握手を交わす。フレイス・ニーリッジ。
「しかし私を知っているとはね」
「
「それは何より。……しかし君の本業は電気工学だったな」
私は
それならまだ私のほうが合わせればいいだろう、ということだ。昔からやってきただけであって努力をして身につけたものでもないから自慢できるわけではない技能だが、こういう時には役に立つ。あと相手に対して優位性を見せられる。いやまあ
「その電気工学の中でも精密測定のほうです。だから正直核物理学の
「ま、君の名前は私も見させてもらっているがね。あまり謙遜することはないよ」
大丈夫かなこの私の演技。ちなみに我々が会談の場所に使ったのは比較的できて間もない、綺麗な旅宿についている喫茶店である。たまたま仕切りがあって人の目が届きにくいところの奥まった場所。つまりはそういう悪巧みとか調整のために使われるような場所である。ラドウィックが言うにはまあまあの場所なのだとか。何がまあまあなのかはわからないが、特に何か警告されたというわけでもないので素直に話をするとしよう。
「……しかしあの二人には初めて会いましたが、なかなか強烈な人ですね」
「科学院の魔女ストヤルティに、政治屋クローツル。まあ私達からすれば大物には間違いないね」
とはいえ両方とも現役の物理学者というわけではない。彼らの弟子とかが今は現場に立っている。逆に言えば、私にもフレイス君にもわかりやすい後ろ盾がいないのだ。実は私の裏には初代ホイットマール男爵ヘズリン・ホルト、あるいは
あくまで今日は裏方に回った老人二人と、もとより裏方の雑誌編集者、そして
「もちろん本は読んでますし、噂は聞いていましたが、実際に見ると……普通の人にも思えるし、勝てそうにもないとも思えてしまう。不思議なものです」
「おや、私相手なら勝てそうだと?」
「そういうわけではないですよ。質量分光であれば勝てる自信がありますし」
おお、いい笑顔だ。私も微笑みを返す。というより専門分野で周囲の人をなぎ倒せるぐらいの自負がなければあそこに座っていても辛いだけだろう。
「さて、なら我々は若者らしく無知と蛮勇を武器としなければ」
「何か考えが?」
「私は純粋に科学というか物理学、
「
「まあ、それが特に気に入っているのは否定しないがね。そのあたりが中心の会議にさえなってくれれば、こちらとしてはあまり希望はないのさ」
「僕としては測定するべきものが欲しい、というのはありますね。もちろん片端から試すのもいいのですが、何かを狙うというのもやってみたくはあります」
「そういう事情が?」
「……基金からの奨励金を受け取るための報告などが」
「大変なものだな」
私からすれば出す側も受け取る側も大変なように思えるが、そもそも動いている額が大きいのであまり私のやっていることとは比較できないというのもある。こちらは一人で理解して一人で金を払っているが、向こうは出資者も調整者も審査担当も受け取る人も大勢なのだ。分野も多岐にわたっているし、どうやれば実用化するんだよという技術からかなり電気通信の難問そのものまで幅広く、というところだ。もちろん言語学や歴史、医学に文学のあたりも予算は出ているらしいがそもそもそのあたりの論文を読まないので噂でしか聞かない。
しかし大きければ多少の無駄も、あるいは失敗も許容されるというのは羨ましくはある。もちろんこちらだって失敗したところで死にはしないのだが、それでも賭けられる方向は限られている。
The Research Fellowships will for the most part be awarded to American citizens who have had training equivalent to that represented by the Doctor's degree. The salary will ordinarily be $1,500 for the first year. The Research Fellowship Board will not, however, be bound by rigid rules of procedure. Thus it may offer larger salaries to those of exceptional attainment or wider experience, and may give appointment to competent investigators who have had training other than that represented by the Doctor's degree. The Research Fellows will be appointed for one year; but they will be eligible for successive reappointments, ordinarily with increase of salary.
研究奨励員は主として博士号と同等の訓練を受けてきた米国市民に対して授与されることになる。給与は、初年度については通常は1,500ドルとなる予定である。ただし、研究奨励員委員会は厳格な手続き規則によって拘束されることはない。したがって、卓越した業績や幅広い経験を持つ者により高額な給与を提示するかもしれず、また博士号に相当するものとは異なる訓練を受けてきた有能な研究者たちに対して任命を与えるかもしれない。研究奨励員は一年間の任期で任命されることになるが、彼らは通常は給与の増額を伴って引き続いての再任を受ける資格を有する。
National Research Fellowships in Physics and Chemistry. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. 1919, vol. 5, pp. 313–315.
『物理学及び化学における国立研究奨励員』、アメリカ合衆国国立科学アカデミー紀要、1919年