石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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時事的諸問題を解明するための国際会議 9

 私はぬるくなりつつある珈琲を飲みながら、上品な二人が笑顔でしている会話を聞いている。交わされる共通語(ウルガー)の響きにもそれぞれの地域の訛りがあるな。ここで大陸帝国(コンチネンタル)の公用語であるコミュヌを使わないのはそうではない陣営から来た若手の私達への配慮ということであるが、実態としてはこの中にコミュヌが大好きな人がそこまでいないからというところである気がする。

 

「しかし、これは国際的な会議となります。だからこそどの地域の人であっても来訪者として広く迎えるべきでしょう」

 

 そう主張するのはストヤルティ名誉教授。笑うと口元と目の皺が目立つ、波打った白髪の老婆である。しかし服は上等で、話し方もしっかりしている。少なくともただの老人だと思うわけにはいかない。というより普通に話していて面白いんだよな。とはいえ、敵意は隠せていない。この種の嫌な感じというのはたぶんほとんどが思い込みであるが、それが悪い方向に転ばないならいいとしよう。

 

「会場は決して広いわけではないし、集めすぎても話が発散するだけだ。だからこそ、鋭気ある若者をしっかりと選ぶべきではないかね? そう、彼のように」

 

 クローツルはそう言って、連合議会(コングレス)から来た若者を手で示した。自分の利益のための発言ではなく、ここに来ている若手を推すためのもの、ということか。こちらも服はいい仕立てである。広い額で愛想のいい笑い方をする男だが、なんとなく目はこちらを値踏みしているような気がする。

 

「あなたはどう思う? ニーリッジ氏」

 

「難しい問題ですね……」

 

 ストヤルティ名誉教授から投げられた質問にフレイス・ニーリッジは対応しきれていない。可哀想に。まあ、そういう人選なのだから仕方がないか。あくまでこの会合は大陸帝国(コンチネンタル)における内部争いであり、それ以外については比較的若い現場の人の調整というわけである。本当ならクローツルの子飼いであるエンツォ悪童団の誰かがいてもいいのだろうが、そこまで連れてくるとそれはそれで面倒になるとかいう判断なのだろうな。

 

 とはいえ、基本的にはある程度固まっている。会場と人員の提供は脊梁同盟(レーガ・ドルサーレ)。主催は大陸帝国(コンチネンタル)科学院。その上で名目上の代表を河川同盟(レーノスブント)あたりから引っ張ってきて、参加者として各地から若手を集めてこようというもの。

 

「……主題としてはどうしましょう? 放射線にするか、あるいは核の話にするか。それともいっそのこと、割り切って中性子(ニュートラオン)に絞ってしまってもいい」

 

 議論がある程度落ち着いたところで私は言う。周囲の人間の様子を見るに、どうせ落としどころは核なのだろうというわけだ。まあそうだよな。

 

「人を集めて議論を戦わせるなら核の話ぐらいがちょうどいいだろう」

 

 クローツルに言われたので、私は鞄から刷っておいた名簿を取り出す。四人分ちゃんと用意してありますとも。

 

「では、これが使えますね。私の雑誌、国際集成(レペルトーリオ・インテルナツィオナーレ)で整理したこの分野の人達です。もちろん抜けがあるかもしれませんし、貴方がたはもっといい人を推薦されるかもしれないが」

 

 私なら選ぶだろう、という人達。若手研究者を中心に、周辺分野からも面白い話が聞けそうな人をまとめてある。この中で誰を呼び、誰を呼ばないかは政治になるのでそういうのは面倒くさいのが得意な方々に任せよう。

 

「……バクスター氏の御慧眼ですな、本職の知らない名前まである」

 

 クローツルが言う。うん、半分皮肉だろうな。こんな無名な奴等を集めてどうするのか、と。それを言わせてもらえばエンツォ悪童団だって物理の世界を出たら無名ですよ。普通の人が知っている物理学者の中で一番有名なのはたぶんストヤルティ女史ですから。とはいえこの呼び方は肩書を無視しているようで良くないと思うんだよな。夫人とかもそうだ。なら有名な女性の夫は誰かの婿と呼ばれるのだろうか、と考えて世界で最も有名な女性の夫はそう呼ばれていたなと思い出した。

 

「彼らをわざわざ呼び寄せるつもり?」

 

 眉をひそめながらストヤルティ名誉教授が言う。

 

「国際集成(レペルトーリオ・インテルナツィオナーレ)が出せる資金にも限りがあるので、遠方から来る人への支援程度であればなんとかなりますがね」

 

「連合議会(コングレス)のほうで奨励金を取っている人ならたぶん申請すれば基金から出ますね」

 

 当然のように言うニーリッジに、私を含めた三人が溜息を吐いた。ああそうでしょうとも、そちらには金がありますからね。海路を閉ざされて面倒な陸路を開拓しなければならず、通貨問題もあってあまり金を派手には使えない大陸帝国(コンチネンタル)に、国家支出の三分の一が資源と海洋覇権を維持するための海軍に吸われかねないような共同連邦(コモンウェルス)。それに比べれば、氷の大地から荒れ狂う海峡を望む岬までを軍事占領下に置いている連合議会(コングレス)は資源にも困らず、南北を横断する鉄道と東西を横断する運河を持ち、おまけに資源と資源もだいたいある。となれば有利に売る側にも有利に買う側にも回れるのだ。面倒な話である。

 

「……あとは大陸帝国(コンチネンタル)内部の調整だな」

 

 名簿を見ながらクローツルが呟いた。全体のほとんどとかになったらちょっと気になるかもしれないが、半分ぐらいまでなら仕方がないだろう。とはいえ共同連邦(コモンウェルス)のほうもそれなりに近場だから人を送り込むとなると、やはり私の支援金は植民地とか極東とかの人に使うべきだろうな。

 

 しかしこういう話をしていると河川同盟(レーノスブント)化学協会のほうには申し訳なくなってしまう。彼らは一応はクローツルに代表される脊梁同盟(レーガ・ドルサーレ)の勢力とは対抗しているわけで、大っぴらにこの会合に私が絡んだことを知ったら面倒になるかもしれない。

 

 まったく、外交官の真似事というのは嫌なものだ。恩人と呼ぶべき人々から嘘吐きと罵られても仕方がないことをしている。とはいえ、そこから逃げたくてどうやって関係者名簿から私の名前を外すか、あるいは以前雑誌を作る時に助言をもらったミスヴィッツの名前をねじ込むかを平気な顔で考えられるのだから、私は少なくともそこまで外交官に向いていないわけではないのだろう。




Wir können die vergifteten Waffen der Lüge unseren Feinden nicht entwinden. Wir können nur in alle Welt hinausrufen, daß sie falsches Zeugnis ablegen wider uns. Euch, die Ihr uns kennt, die Ihr bisher gemeinsam mit uns den höchsten Besitz der Menschheit gehütet habt, Euch rufen wir zu:
Glaubt uns! Glaubt, daß wir diesen Kampf zu Ende kämpfen werden als ein Kulturvolk, dem das Vermächtnis eines Goethe, eines Beethoven, eines Kant ebenso heilig ist wie sein Herd und seine Scholle.

私達は、嘘という毒の武器を私達の敵から奪い取ることはできない。私達はただ、彼らが私達に対して偽証しているのだと全世界に訴えることしかできない。あなた方、私達を知るあなた方、これまで人類最大の宝を共に守り続けてきたあなた方に、私達は叫ぶ:
私達を信じてくれ! ゲーテ、ベートーヴェン、カントの遺産が、自らの炉と土と同じように神聖である文化国民として、私達がこの戦いを最後まで戦い抜くことを信じてくれ。

[FULDA, Ludwig]. Es ist nicht wahr. In: Frankfurter Zeitung und Handelsblatt. 4. Oktober 1914, Jg. 59, Nr. 275 (Zweites Morgenblatt), S. 2.
ルートヴィヒ・フルダ『それは真実ではない』、フランクフルト新聞・商報、第二朝刊二面、1914年10月4日。
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