石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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時事的諸問題を解明するための国際会議 10

 雑誌の編集作業があるのであまり長居もできず、私はうつらうつらとしながら港から首府(トゥーン)へ向かう列車の中にいた。あくびが溢れる。

 

「眠たそうですな」

 

「眠いのよ」

 

 そう言ってから声色を変え忘れていたことに気がついた。幸い周囲には人がいなかった。危ないな。咳払いを何回かして、喉の調子を確認する。

 

「……実際の会議には、ミスター・バクスターは行かないほうがいいでしょうな」

 

「じゃあ適当な秘書か通訳として潜り込むか。私の妹なら大丈夫だろう」

 

 意図的に声を作る。意図的にやらなくちゃいけないぐらいに疲れているということだ。つまりは油断とか驚きとかでこれは維持できなくなる。それを数日間続く会議の間保てないとなれば、最初から女性としてそこに立っていたほうがいいだろう。

 

「……そうなれば、フィーマを連れていくのも良いかもしれませんな」

 

「共同連邦(コモンウェルス)組でまとめて移動することにするよ」

 

 今回の議論はそこまで何かが得られたというわけでもない。手紙のやり取りを続けていれば同じような結論に達しただろうし、それだけのゆっくりとしたやり取りであれば他の人にも徐々に伝えていくことができただろう。

 

 とはいえ、そうではなかったというだけだ。起こらなかった可能性についてあれこれ言っても仕方のないことである。そして公式には、これから初めて大陸帝国(コンチネンタル)科学院が動き出し、たまたま話が合った脊梁同盟(レーガ・ドルサーレ)が会場となるのである。そこの過程に私はいない。

 

 もちろん、ある程度は建前だ。裏側で事前に終わっていた調整を表に出しただけ。そして妥協すべきところも、ここまでなら譲歩してもいいという範囲も大体決まっている。決めたのだ。私達が。

 

「……ミスター・バクスター」

 

「なんだね、ラドウィック」

 

「社交というものを、案外楽しまれたのでは?」

 

 そう見えるか。見えてしまうかもな。嫌いではない。自己嫌悪さえ除けば、調整や読み合いみたいなものは結構悪くないのだ。やはり私は賭け事なんかに手を出さなくてよかった気がするな。

 

「悪いものだよ、これは。やりたくはない」

 

「労苦なしに面白いものが手に入る趣味がお好みとは」

 

 ラドウィックに笑われてしまった。まったく。疲れているんだから少しは休ませてくれてもいいのに。

 

「……私はたぶん、共同連邦(コモンウェルス)側での取りまとめ役の一人になると思う。代表者には当然入らないけれど、出資者の枠に入れてもらえるといいな、ぐらいだ」

 

 全体的な雰囲気として出資者はいるに越したことはない、というところだった。組織や企業から多少は出るだろうが、それにも限界がある。そもそも物理学の中でも特に先端分野、つまりは実用性が特にない範囲だ。

 

「十分な勝利ではないですか」

 

「敗北していないだけだよ」

 

「……それでも十分です。私はクローツルと顔を合わせないよう苦労していましたからね」

 

「どうしてだね?」

 

「私がこの件に絡んでいるとなれば、それが偶然だとしても彼にとっては重要なことになってしまうからです」

 

「科学の分野の威信の問題ではなく、共同連邦(コモンウェルス)が絡んでくるような重大な案件だと誤認されるということで?」

 

「誤認であって欲しいものですが」

 

 ラドウィックの言うように、この技術が将来的にはなにか大きなことになる可能性は否定はできない。でもそれは全てが電気で動くようになる特殊な技術が発見されるとか、光媒質(エーテル)の縦波を使って地球の裏側と配線無しで通信できるようになるとか、そういう枠の物語だ。一応両方とも片鱗はあるが、まともに動く形になっているわけではない。放射線(アウトビーム)や核絡みの物理の話だって同じだろう。

 

 それでもなお、今一番面白い物理学の範囲ではある。熱工学も運算機関(レックニングエンジン)も透過線も実験から先に始まって物理が追いついてきたことを考えると、この方面が実用になる気はやはりしてこないが。

 

「日程はおそらく半年後。秋の脊梁同盟(レーガ・ドルサーレ)になる」

 

「晴れた日はいいものですが、雨は降る時は降りますな。それもまとめて」

 

「憂鬱な首府(トゥーン)とはまるで違うわけか」

 

 傘を差すこともあまりなく、防水の外套でやり過ごすような天気とは違う。楽しみだな。きっと料理もいいものなのだろう。

 

「それと、私は脊梁同盟(レーガ・ドルサーレ)には行けません」

 

「おや、そこまで警戒を?」

 

 私の言葉にラドウィックは頷いた。となると信頼できる護衛無しで行くことになるのか。別に安全というわけではないとはわかっているが何人かでまとめて動き、現地の空気を知っている人と大通りを歩くなら大丈夫だろう。というより普通に生きているだけで大体の場所は危ないものである。男性よりも女性のほうが肉体的には狙われやすいが、財布の中身は紳士のほうが入っていそうだからな。

 

「私はあちらでそれなりに、いくつかの名前を使っていました。彼らに再会してしまえば、色々と面倒になります」

 

「絡みうる範囲のものだろうか? 大学近くの宿と大学を行ったり来たりするようになると思っているのだが」

 

「クローツルの周囲に、何人か面倒な関係になった人が」

 

「ああ、じゃあ仕方がない」

 

 ちょっと前まで大臣だった人間であるし、それ以前も学会とか議会とかで色々とに立場があったはずだ。調べた範囲では今は職を持っていないはずであるし、本人も引退したと言っていたが、それでも影響力はある。たぶん大学に何らかの形で繋がりがあるのだろうが、そういうものは職という形がなくても存在しうることは知っている。

 

 何より、私がそういうことをやっているのだ。少し金を出して、趣味で雑誌を作って、それでなぜか会議のための打ち合わせでそれなりの立場になっている。その裏で政治や外交が行われているが、まあそういうものは私には関係ない。最悪、ミスター・バクスターという人格そのものを消し去ってしまうことだってできるのだ。

 

 それは不義理なことであるが、まあ命の危機の前であれば許されるだろう。そういうふうに狙われないためにできることがまずあると言われれば、その通りなのであるが。




Si può quindi concludere che mentre si presentano come improbabili grandi progressi
della fisica sperimentale nel suo dominio ordinario, molte possibilità sono aperte sulla via
dell’aggressione del nucleo atomico, il vero campo della Fisica di domani.

したがって、通常の領域における実験物理学の大きな進歩は起こりそうにないものとして見受けられるものの、明日の物理学の真の領域たる原子核への挑戦の途上においては、多くの可能性が開かれていると結論づけることができる。

CORBINO, Orso Mario. I compiti nuovi della fisica sperimentale. In: Atti della Società Italiana per il Progresso delle Scienze (18ª riunione, Firenze, 1929), vol. 1. Roma: SIPS, 1930, pp. 157–168.
オルソ・マリオ・コルビーノ『実験物理学の新たな課題』、イタリア科学振興協会紀要(第18回会議、フィレンツェ、1929年)、1930年
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