核と中性子 1
第一回国際核物理学会議の開催が
「このぐらいなら何とかコミュヌも読めますね」
フィーマが
「向こうに行ったらコミュヌか
「通訳としてのミス・バクスターに頼らせていただきます」
「やめてよ」
そう言いながら、私はやって来た手紙を確認している。議長はミスヴィッツだが、補佐役と会場設営との折衝役としてクローツルが名簿に入っているし、主催の枠はストヤルティである。これを見ればミスヴィッツが金のために呼ばれたと邪推するのはそう難しいことではないだろう。
「しかしよくまあこんな大物揃いの会議を用意できましたね」
「欲しいなら写真と署名でも貰えば?」
「賢いですね、やります」
「は?」
私が言うと、フィーマは印刷室にある木箱から紙を取り出した。何かと思えば見本紙か。
「絵葉書を売るんですよ、写真と署名入りの」
「何を言っているの?」
「逆電子が見つかったときの霧箱写真の複製権は山岳会から貰っています。つまり、こっちで刷ってもいいんですよ」
「そういえばそんな契約をしてたわね……」
一応会社設立の時にちゃんとその手の専門家に入ってもらって権利のあたりは小銭で対応できる範囲はなんとかしているし、相互利用条件とかで基本的にはこちらからの持ち出しはないようになっているて、確か要約とか画像の利用とかは許されていたはずだ。
「なのでこれらの写真を絵葉書にして、撮影者の署名を入れて、売ります」
「……写真用の光版画の機材は」
「
「よくまあやるわね……」
一応この屋敷の女中補と館長代理と
「まあ余ったら付録にでもすればいいと思います。あと参加者の写真と署名を全員分集めておいて後で困ったら売りましょう」
「そんなもの買う人がいるの?」
「私の知り合いにそういうの嫌いじゃなさそうな金持ちがいるんですよ」
「
「集合写真を絵葉書にもしたいですがこれについては向こうの印刷機材の確保ですね、一週間で間に合うか……」
そんなことを平気でこの少女は考えているのである。いや、少女という年齢ではないが。初めて出会った時は細い少女だったはずなのだが、今ではしっかりと良い肉付きの女性である。空腹は判断を誤らせるゆえに効率の敵である、というのはミセス・ブラッケンの言。
「どうせ写真はいくらでも手に入るわよ」
「といいますと?」
「ラドウィックが言うには宣伝に使うのがクローツルの得意な手段だと」
「なるほど、そういう方面でしたら挨拶をしておきたいですね」
「やめといたほうがいいわよ、慣れていないと飲まれる」
私はそれなりに外交が上手な人達から色々な方法を学んで育ってきたし、隅の方で外交会談の裏側を見たこともある。というより一応大使館で受けた教育はあくまで子供向けというか淑女向けとはいえ、侮られた上で舞台の隅から状況を把握するためのものだ。どう考えても私の将来を考えてくれていた彼らを無視したような生活をしてしまっているな。
「どうやったら慣れることができるんですか?」
「実際に会って話して騙されて、とかね……」
私は何度も騙されたが、せいぜい焼き菓子をもらえない程度の騙されだった。彼らも加減してくれたのだろう。彼らにとって私は暴力を振るったり手を出したりできる対象ではあったはずだし、最悪それをやってももみ消される可能性はあったのだが、そう考えるとみんな親切であったな。その優しさを他の人にも分けていきたい。親切というのは具体的には長期的な外交を見据えた戦略予備としての配置とかの話とかである。
「それで、
「十人は行かない、ぐらいだと思う。どれぐらい向こうが金を出してくれるかにもよるけど」
「文面を見る感じは結構金なら出すので皆来い、みたいな雰囲気でしたが」
「雰囲気だけよ」
私は呟くように言う。広告料みたいな枠で百
というよりこのあたりは大抵の学会の報告についてくる会計報告をミセス・ブラッケンに見せれば概ねわかる。会費と会員数の積を収入と比較して、一冊あたりの雑誌の値段と郵送料をあれこれしていくとどれぐらい持ち出しになっているのかがわかるのだ。この持ち出しというのは学会の中の人が研究や教育や家族との団欒を削って人類の知識の発展と地域の面倒な見栄の張り合いのためにかける時間のことを指している。
とはいえ実に楽しみだ。
では、
MARCONI, Guglielmo. Scienza e fascismo. In: Il Popolo d'Italia. 28 ottobre 1932, a. XIX, n. 257 (Numero speciale, parte prima), p. 11.
グリエルモ・マルコーニ「科学と