石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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核と中性子 4

「なんかあんたが計算機持ち込んでくれたんだってな、礼を言っておけとそっちの嬢ちゃんから言われて」

 

 議事録用の記録を終わらせた私にそう言ってくるのは若く見える男性。彼が伸ばした親指の先にはフィーマ。話しているのは共通語(ウルガー)に聞こえるが訛りがあるな、地方語だろう。不敵な笑みが浮かんでいるが、これは名簿にあった写真でもそうなので性格なのだろう。胡散臭いやつだ。

 

「構いませんよ、計算結果はどうなりました?」

 

「なんか天神質(カエルム)が割れてそうなんだよな、我らが神に対して全く不敬なことだ」

 

 彼は大げさに肩をすくめて言う。思ったより無茶なことが起きているらしい。まったく、核物理学はなかなか飽きさせてくれなさそうだ。一応これで河川同盟(レーノスブント)化学協会のミスヴィッツに義理立てはできたかな。彼はこれを聞いたら大喜びになりそうだが、その後には化学的検証という面倒な仕事が残っているのだ。がんばってほしい。

 

「……あなたの信じている神は、予算を持ってきてくれる人では?」

 

「聖典にもあるだろ、日々の糧を与えてくれるのは間違いなく神だ」

 

「誘惑に遭わせることなかれというのは?」

 

「なんのことだか」

 

 まあこの不敬で馴れ馴れしいやつは一応少し手紙をやり取りしたこともある人物だ。エンツォ悪童団の代表格、渾名が「頭(カポ)」。核物理学における先端を突っ走る人物の一人。今回の会議は彼のためにお膳立てされたと言っても過言ではないほどの男。

 

「エニオ・ガルディだ。よろしく。こう見えて教授をしている」

 

 知ってるよ。これは相手を問わず外さない冗談なのだろうな。彼の教授職就任は成果はともかく明らかに年齢がおかしいので、裏から政治的なあれこれがあったと考えるのが妥当なものだろう。

 

「バクスターです。『核物理学国際集成』編集員」

 

 私は差し出された手に握手を返す。向こうは私の名前を知っているだろうなと覚悟はしていたが、こんなさらっと名乗られるとそれはそれで困る。あるいはフィーマが伝えたか、かな。まったく、外交儀礼を基準にするならそれなりの無礼になるところだったぞ。

 

「いやしかしあんたのところすごいな、あそこの嬢ちゃんも相当物理わかってたぞ、言葉はともかく」

 

「そっちに魔女が珍しくないように、こっちにも科学を学んだ少年少女がいるのですよ」

 

 半分ぐらい嘘。一応冬の講演会があるが、あれに参加している少女も科学の道に進むのが難しいように我らが共同連邦(コモンウェルス)の社会は組み上がっている。

 

 ちなみに二回目があるかどうかは誰も知らない今回の第一回国際核物理学会議において、女性を会議参加者としている陣営は大陸帝国(コンチネンタル)に限られる。そしてその全員が魔女、つまりストヤルティの弟子たちだ。

 

 いやまあストヤルティ以外にも物理系には女性が少なくないし、そういう人達の系譜にある人をストヤルティの弟子扱いするのは良くないのですが、それでも三陣営の中で一番女性が物理をやることに寛容というかそういう道が開けているのが大陸帝国(コンチネンタル)というのはストヤルティ名誉教授のおかげであると言ってもいいだろう。

 

「で、バクスター嬢は中性子(ニュートラオン)が好きなのか?」

 

「まあ」

 

 このあたりをあまりこのエニオという若造と話す気にはなれない。いや、私より年上なんですけれどもね? なんていうか、後からやって来たくせに中性子(ニュートラオン)まわりの研究をしているあたりとか、その背後に色々と動いている気配がするのがなにか気に食わないというのがある。

 

「俺も好きだ」

 

「……ええ」

 

「つまり俺達は恋敵(リヴァーレ)ってことだな!」

 

 聞かない単語なので一瞬意味を理解するのに遅れてしまった。私の語彙は基本的に論文を見て覚えたものなので、ほぼ母語みたいに日常会話をされてくると追いつかなくなるのである。

 

「それにしてはあなたにだけ彼女は秘密を明かしているようですが?」

 

「なんともあいつは浮気性でね、俺が家で妻といる時間に別のところで色々やっているようだ。あんたも手紙で読んでいるだろ?」

 

「ああ、少し待ってください。あまり冗談が得意ではないのと、共通語(ウルガー)もそこまで得意ではないので」

 

「なんだそうか」

 

 少し悲しそうに彼は肩を落とした。別にお前を喜ばせてやる義理はないんだよ。

 

「しかし天神質(カエルム)でしたっけ、あれは何なんですか?」

 

「もとより放射線(エマナメン)を出す物質だから多少何が起きてもおかしくはないだろ」

 

「じゃあいい感じに放射化した核種に対して中性子(ニュートラオン)ぶつけてくださいよ」

 

「無茶言うなよ」

 

「あなたならできるでしょう」

 

 共通語(ウルガー)で話していると思考が丸ごと切り替わっている気がする。訳の作業を多くやっているからまだいいが、あくまで情報収集のためだけに旗艦誌を読んでいるような人であればかなり大変だろう。こっちでは中性子(ニュートラオン)は定着したがそれ以外はいい加減だからな。自国の物理学者が発見して共通語(ウルガー)として命名したものであってもクウェーンズでの発音を残しているのだから無駄が多い。

 

「しかしこの感じだと測定とか全部やり直しだな。どうせ皆帰ったら天神質(カエルム)と線源をどうにか手に入れてあれこれ試すんだろう?」

 

「一応販売をやっているのでそれさえ買えば個人でもできますからね、こちら宣伝です」

 

 私は絵葉書を取り出す。名刺代わりにフィーマが何枚か刷っていたものだ。今のところ応用科学取引組合(ワークケン・チャッピング・ボード)という実態としては書類の上にある法人は液体水質(ワータシャフト)や放射性物質といった特殊な実験用材料の注文取りまとめと国際集成(レペルトーリオ・インテルナツィオナーレ)の販売関連の業務をやっている。

 

「……頂いておく」

 

 丁寧に扱われてしまった。いや別に適当に捨ててもいいですし会議参加の記念に誰かに送ってもいいのですがね。なんと料金前納なので宛先を適当に書くだけで届きます。というよりこの種の葉書の料金が安いのを活用すれば縮小投影で文献を埋め込んだ感光膜(フィルメ)を安値で運んでもらえないものかな。無くすのが怖いのでやらないが。




Diese Betrachtungen lassen bei dem Postwesen eine Einrichtung etwa in nachstehender Art vielleicht als zeitgemäß erscheinen.

Bei allen Poststellen, sowie bei den Briefträgern und Landbriefträgern kann das Publikum Formulare zu offenen Mittheilungen erhalten. Ein solches Formular: „Postblatt“ hat die Dimensionen eines gewöhnlichen Briefcouverts grösserer Art und besteht aus steifem Papier, entspricht mithin etwa nach Dimension und Beschaffenheit den in einigen deutschen Postbezirken neuerdings eingeführten Postanweisungen. Die Vorderseite würde oben als Ueberschrift die Benennung des Postbezirkes und eine entsprechende Vignette (Landeswappen etc.) tragen, links einen markirten Raum zum Abdruck des Post-Aufgabestempels, rechts die Postfreimarke gleich in das Formular hineingestempelt. Dann ein Raum zur Adresse (wie bei den Postanweisungen) mit dem Vordruck: „An“, „Bestimmungsort“ und „Wohnung des Empfängers“; sowie die vorgedruckte Notiz: „Die Rückseite kann zu schriftlichen Mittheilungen jeder Art benutzt werden; dieselben können gleichwie die Adresse mit Dinte, Bleifeder, farbigem Stift u. s. w. geschrieben sein; indeß darf bei Verwendung von Bleistift etc. der Deutlichkeit und Dauerhaftigkeit der Schriftzüge, namentlich auf der Adresse, nicht Eintrag geschehen.“

こうした考察を踏まえると、郵便事業において以下のような制度を設けることは、おそらく時宜に適ったものと思われる。

全ての郵便取扱所、ならびに郵便配達人および地方郵便配達員利用者は公開通信用の用紙を入手することができる。このような用紙、すなわち「郵便紙片(ポストブラット)」は、大型の通常の封筒の寸法を有し、厚手の紙で作られており、したがって寸法および性質において、いくつかのドイツ郵便管区で近年導入された郵便為替におよそ相応するものである。表面の上部には、見出しとして郵便管区の名称および該当する小装飾(国章など)を掲げ、左側には郵便引受印を押印するための枠を設け、右側には郵便切手を用紙にあらかじめ直接印刷しておくものとする。次いで(郵便為替と同様に)「〜宛」「配達指定地」および「受取人の住所」という文字が印刷された宛名用の枠、ならびに以下のようなあらかじめ印刷された注記が配される。「裏面はあらゆる種類の書面による通信に用いることができる。それらの通信文は宛名と同様に、インク、鉛筆、色鉛筆等で記されていてよい。ただし、鉛筆等を使用するにあたっては、とりわけ宛名において、筆跡の明瞭さと恒久性が損なわれてはならない。」

STEPHAN, Heinrich. [Den Mitgliedern der 5. Deutschen Postkonferenz in Karlsruhe außerhalb der offiziellen Sitzungen unterbreitet]. [30. November 1865].
ハインリヒ・シュテファン、カールスルーエで開催された第五回ドイツ郵便会議にて、非公式な提案、1865年
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