河川同盟化学協会の研究者からの報告。予告された題目は「中性子の透過性測定」とのこと。いや厳密に言えば河川同盟化学協会の会員であるが化学企業の研究員と大学の研究者の組み合わせである。まあでも一番包括的な組織が河川同盟化学協会だし、後ろにミスヴィッツがついているのでいいか。
「測定装置はこのような構造となっています」
色付き写真で投影されるのは定規とともに撮影される機構。具体的な組み立ての様子まで映っている。このあたりは実験を重ねることを前提に規格化とか再現性とかを気にするやり方らしいな。
木の机の上に、一直線に線源、障害物、そして金属箔と感光膜を薄紙一枚で張り合わせた検出器を並べたもの。透過度を測定する事が前提なら良い構造なのだろうな。つまり障害物だけを変えて、感光膜の感光量を分析する。
「中性子を照射された元素ごとの減衰時間定数および放射化性は以下のようなものであると判明しています」
そうやって示される表一つが、おそらくは百に届くような実験と測定の結果。そして銅や銀ではなく、藍質を用いている。おや、また珍しいものを。かなり高いとは思うんだがな。
理由は冷めるまでの時間だ。冷めるという表現がどこまで適切なのかもわからないが、今では特に誤解のない場所であれば引用符なしに使われる用語になっている。つまり物質が放射化された後にどのぐらいの減衰時間をかけて放射線を出さなくなるに至るか、というもの。
減衰時間定数で言えば銅なら一日弱。銀は数分。どちらも手に入れやすいので個人で測定をするような人は銅箔をよく用いている。藍質を用いたのは中性子で放射化しやすく、かつ減衰時間定数が一時間ちょっととちょうどいいところにある。一晩寝かせれば十分冷めるので、何枚か金属箔を用意しておけばいいというわけだ。
「測定によって、以下のような結果が得られました」
文字がずらりと並んだ表示。促進、無反応、毒性。化学反応における触媒の概念をそのまま使っているのか。部屋にざわめきが広がっていく。
促進、という枠がある。やってきた中性子を増やす、とでも言うのだろうか。蝋、水、木材、合成および天然の樹脂、瀝青、石炭、粘土など。本当に何でもやっているんだな。逆によく中性子を防ぐのは水銀、耐熱ガラス、黒鉛。それよりは透過しやすいが空気よりも透過しにくいのは各種金属。
「すなわち、障害物に水質が含まれている場合、中性子は易反応性に転換されるという現象が確認されました」
用語が化学だ。しかし理屈が微妙に噛み合わない気がする。中性子は蝋によってよく防がれることは確認されていた。いや、あれは霧箱によるものか。減速された方が反応性が高まる。一瞬納得しそうになるが、熱量で説明できるものなのだろうか。
「ですので、水溶液を用いた実験において中性子の過剰放出が確認された、という報告については実験環境に問題があった可能性を否定できるものではなくなるわけです」
ああ、だからこの話をぶつけてきたのか。過剰放出について速報を出したのはエンツォ悪童団。そして新元素ではなく分裂ではないかという予測と合わせて、河川同盟の化学者は脊梁同盟の物理学者の理論と実験を否定できたわけだ。いやあ、ミスヴィッツは満足だろうな。
「すなわち中性子反応における研究において、単に中性子の生産量を増やすのではなく、より反応を作りやすい環境を作るという方向からの試みも今後は重要になってくるでしょう」
中性子の生産と検出。私が懸賞問題として出したものだ。ここまで取ってくるのか。とはいえ外交的には厄介だな。これだと河川同盟の一人勝ちすぎる。一応は国際的な集まりであるのでそこでやられては困るのだが。
「それでは、質疑応答の時間です」
司会の人が共通語で言う。通訳が必要な参加者には小型の伝声器経由で裏にいる学生たちの言葉が伝わっているはずだ。
一人、手を上げる人物がいた。
「ガルディだ。この実験が示しているのは中性子の併合現象であると考えていいのだろうか?」
併合現象。つまり核の中に中性子が取り込まれるというものだ。そのまま安定することはあまりなく、その後に崩壊が起こることで検出される。
「物理的現象についての解釈は未だ行っていません。現状においては測定を行うことを優先しました」
「測定で検出に用いた金属箔と同種の金属で、透過率測定はやったか?」
「……費用の問題から、できていません」
そりゃそうだ。藍質はかなり高価な金属である。銅を電解して純度を上げる精錬の時にわずかに出る不純物だ。今回の測定は将来的に産業利用を目的としていることを考えると、全ての元素を試すというよりも測定する可能性のある物質を中心にしたと見るべきだろう。
「あとついでだ、これを行った実験装置の写真をもう一度見せてくれ」
後ろの方で学生が感光膜を切り替えて最初の頃のものに戻す。机の上に一直線に並べられた検出装置には、特に散乱とかを起こすような異物があるようには見えない。
「……わかった。実に有用な示唆を与えてくれる研究だった」
そう言って一礼してから、彼は座った。なにか面白そうな物を隠しているな。それについてここで話すんだよ、と思ったが言いたくないなら仕方がない。
それ以降は色々と質疑応答。例えば黒鉛と石炭で透過率が変わっているのは化学結合や結晶性の作用なのだろうかとか、特定の金属や元素が中性子を特に強く吸収するんじゃないかとか、既存の報告と傾向が違うがどう考えるか、など。
そう、面倒なのが最後のあたりである。今までこの種の研究は色々と行われているが、どうにも結果の整合性がないのだ。一度私も片っ端から資料を集めて表を作って国際集成でやろうとしたのだが、そもそも測定条件が違う上に結果が定性的にさえ食い違っているものが多くて諦めたのだ。今回の会議でそのあたりの探求もできたら嬉しいのだが、どこまでできることやら。
Då jag kallar den en ny kraft, är det dervid icke min mening, att det skall vara en af materiens elektrokemiska relationer oberoende förmåga, tvertom, jag kan icke förmoda annat, än att den är ett eget slags yttring af dessa, men så länge vi icke kunna inse deras inbördes sammanhang, lättar det våra forskningar att betrakta den, tills vidare, såsom en kraft för sig, likasom det skall lätta vårt afhandlande deraf, att derföre ega ett eget namn. Jag skall derföre, för att begagna en i kemien välkänd härledning, kalla den kroppars katalytiska kraft, sönderdelning genom denna kraft katalys, likasom vi med ordet analys beteckna åtskiljandet af kroppars beståndsdelar medelst den vanliga kemiska frändskapen. Den katalytiska kraften synes egentligen bestå deri, att kroppar genom sin blotta närvaro, och icke genom sin frändskap, förmå uppväcka frändskaper, som vid denna temperatur slumra, så att elementen i en sammansatt kropp, i kraft af dessa, ordna sig i andra förhållanden, genom hvilka större elektrokemisk neutralisering uppkommer.
私がそれを新しい力と呼ぶとき、それが物質の電気化学的な諸関係から独立した能力である、と言うつもりはない。むしろ、それはそれら諸関係の一種独特の現れであるとしか私には考えられない。しかし我々がそれらの相互の関連を理解できない限りにおいては、さしあたり、それをそれ自体で独立したひとつの力として見なすことが我々の研究を容易にするのであり、それはそのために固有の名称を持つことが、それについて論じることを容易にするのと同様である。ゆえに私は化学においてよく知られた語の派生に倣い、それを物体の触媒力と呼び、この力による分解を触媒作用と呼ぶことにする。これは、通常の化学的親和力による諸物体の構成成分の分離を、我々が分析という語によって指し示すのと同様である。触媒力は本来、諸物体が自らの親和力によってではなく、その単なる存在によって、その温度では眠っている親和力を呼び覚ますことができ、その結果、化合物中の諸元素が、それら目覚めた親和力によって別の比へと整え、これによってより大きな電気化学的中和が生じる、という点にあるように思われる。
BERZELIUS, Jac. Några idéer om en, vid frambringandet af organiska föreningar, i den lefvande naturen, hittills ej iakttagen medverkande kraft. In: Årsberättelse om framstegen i fysik och kemi. Stockholm: P. A. Norstedt & Söner, 1835, pp. 239–247.
イェンス・ヤコブ・ベルセリウス『生ける自然における有機化合物の生成に関与する、これまで観察されてこなかった力についての若干の考察』、物理学および化学の進歩に関する年次報告、1835年