一週間の会議の日程の間には休日も挟まっている。そして会場の近辺には色々と観光する場所があるのである。例えばエンツォ悪童団の研究室とか。
「俺の研究室は見世物小屋じゃないんだがな?」
エニオのやつはそういうことを言っているが、周囲の同僚たちから責められている。曰く片付けをしろであるとか、日頃から整理をしておけだとか、実験をやりたくなってすぐできるようにするためというのは掃除をしない言い訳にはならないだとか。
しかしまあ色々と揃っているな。あと安全対策のためか鉛の箱が結構ある。線源は普段ここに入れておく、ということだろうか。あと
「これはなんですか?」
見学者の一人が聞いている。
「あー、気送管だ。中性子当てた液体の蓋締めてこれで測定場所まで送る。そうしないと
なるほど。こうやって一つ一つ説明されるとかなりうまく部屋ができているんだな。そして書きかけの式の黒板とか。たぶん
「気送管の先とは違ってここは物理の研究室ですね」
一緒に見物していたフィーマが私の隣で呟いた。
「どういうこと?」
「机が違うんですよ、物理のほうだと揺れとかが怖いので石の机使っているんじゃないですかね」
「ああ、確かに」
ものによっては水銀の上に装置を浮かべるなんて大掛かりなものもあるのだ。確かに頑丈な物質はたいてい重く、それらを滑らかに動かすとなれば浮かべるのは合理的で、そして浮かぶということはその装置の台よりも重い液体でなければならない、ということを考えれば当然なのであるがその当然というのは実際に言われなければわからないことが多い。
私個人の意見としては、天才というものはそういう当然を素早く見つけられる人のことを言うのだろう。私は言われればわかるし、言われるまで時間がかかる。そりゃあまあ今思えば
「おい覗き見るなバクスター嬢」
エニオに言われて私は目をそらした。見学者はエンツォ悪童団の化学分離とかの担当者の方に行っている。なお
「発表予定を無理に変更してこの隙に実験をねじ込もうとしているのは少し意地が悪いのでは?」
私は笑いながら言う。いやはや、こいつも碌でもない男だ。実験も理論もできる上、視野が広い。私が持っていない才覚もある。だから嫌いだ。
「まあ、一応確認は必要だからな。水溶液実験だの、透過率実験だので変な問題があるのはよくない」
「化学分離の迅速性を考えると最初から溶液にしてしまえばいい、というのは妥当だと思いますがね」
「そこから定量的に
「……ところで、あなたが気がついたことは会議が終わるまでにまとめられそうですか?」
「ああ」
自信に満ちた声でエニオは言う。
「それはよかったです。そうでなければ私はあと数日、ここで楽しく過ごす予定でしたから」
「……
「事務とか通訳担当の付き添いという枠ですからね、彼らも引率がないと帰れないような子供ばかりではないでしょうし」
「まあ、ならいい。それと俺の仮説についてはもう送ってある。今更君が気がついても遅い」
「どこに送ったのですか?」
「
「……もっと送るべきところがあるでしょう」
発想としては正しい。消印の偽造の手間とかを考える必要はあるが、そのあたりを破ることはしないというのは紳士の協定として存在しているし、それを破ればこの小さな業界からは追放されてもおかしくない。
つまり、彼は既に気がついた発想を絵葉書に書いて私のところに送っているのだ。そうすれば既に思いついていたという証明になる。もし失敗したとしても、私がその手紙をどこかに言いふらすことさえなければ問題ない。先取権の証明としては妥当だ。
「ま、だから自慢げに手掛かりを示して煽ることができるんだがな」
「煽るってなんですか、しがない淑女に嫌がらせをするのでしたらそれなりの相手に相談させていただきますが……」
「あー、すまない。ところで確認をしてもいいか?」
「何でしょう」
「この数字なんだが」
隅に寄せられて積み上げられた本や論文の中から、エニオは一つの冊子を取り出した。おお、
「なんですか?」
「軽銀のこの減衰時間定数は妥当だと思うか?」
「複数の報告で化学分離の上で得られている傾向が概ね同じだったので、まあ間違いないと言っていいかと。というより一つはあなたがやったものでしょう」
軽銀に
「だよな。いやあ発表が楽しみだ」
こいつは明らかに面白そうな話題を前に私が届かないのを見て楽しんでいる。もし私がここでそれを自分で解き明かそうとするほど元気であればこんなところで仕事をしていないということに気がついていないのだろうか。まあ、暇な時に考えるぐらいはしておこう。
注目すべきは
FERMI, E., AMALDI, E., PONTECORVO, B., RASETTI, F., SEGRÈ, E. Azione di sostanze idrogenate sulla radioattività provocata da neutroni. La Ricerca Scientifica, 1934, vol. 5, no. 2, pp. 282-283.
エンリコ・フェルミ、エドアルド・アマルディ、ブルーノ・ポンテコルボ、フランコ・ラゼッティ、エミリオ・セグレ『中性子誘起放射能に対する水素含有物質の作用』、1934年