石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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核と中性子 8

 楽しい永都(ウルプス)での学会も間もなく終わろうとしている。かわりに積み上げられたのは帰ったらすぐに送る予定の原稿。孔紙帯(ホールテープ)起こししてあるものもあるし、一部は既に複製を送ってある。列車で帰る私達とどちらが我が家に先に到着するかは実際に着いてからのお楽しみである。

 

「……やっぱり計算がおかしいな?」

 

 昼食の時間、私は手元の紙を見ながら言う。天神質(テューシャフト)と中性子(ニュートラオン)の反応によって分裂していることを前提にするならば色々と説明できることが出てきたのだ。とはいえ、これはどこまで妥当なのかわからないものである。

 

 一つは未知とされた放射性核種に該当するものが既存の減衰時間定数の表から見つかったというものである。これは否定的に見れば似たような数字なだけかもしれないから化学分離を待たないと何も言えない。

 

 他にも経験的に知られていた欠損質量を出す公式に当てはめるというのもある。水質(ワータシャフト)核と中性子(ニュートラオン)の間で何らかの結合があるというのを前提に構成粒子がある種の占有体積を持ち、かつ捻れ数についての作用を持つだのの仮定を入れて成り立つやつだ。参考までに自由に決定できる変数は四つか五つ。それだけあれば何だって自由に説明できるだろう。

 

 実験系に一歩踏み込んだ理論屋というのはいつもそうだ。測定結果に対して適当な式を当てはめてからその式の意味を考えたり考えなかったりする。熱放射だって微小振動力学だって式の意味を真面目に考えたせいで世界がおかしくなったのである。ただ、それ以外に説明がつかない現象を前には多少自由な物の考え方をするべきかもしれない。

 

 ああ、それで欠損質量の式でしたね。これに天神質(テューシャフト)に含まれる水質(ワータシャフト)核と中性子(ニュートラオン)の数を入れてあげると束縛力が足りないという数字が出る。なら割れてもいいんじゃないかということだ。

 

 ではどこから核の中に働いている謎の結合力を破るほどの力が生まれるのですかという質問はもっともである。光媒質(エーテル)振動で後押しされる分ぐらいではとても足りそうにない。私もそう思う。謎の力がほんの僅かな距離でしか作用しないので電磁気的反発によって割れるのだという理屈であるが、これは結果から理論を出しているのか理論から現象を予言しているのかよくわからないところだ。矛盾がないので否定はできないが、矛盾がないことは正しいことの証明ではないのである。

 

 電磁気的反発が抱える熱量の見積もりは加速電圧に換算して数百万単位電圧(テンシオ)になる。摩擦電圧発生装置で作れるのでありえなくはないように見えるが、質量を忘れている。電子の二十万倍の質量を、割れた破片は持っているのだ。

 

 さて、粗雑な計算をしよう。このあたりは議論していた物理学者が食事の最中に食事をほったらかして紙手拭に書いた式を踏襲している。大君藩国(タイクーンダム)の舶来品だとか。しかしよくまあ面白いことを考える、消耗品を売ればずっと売り続けられるし、原料は木だから枯渇することもそうそうないというわけだ。

 

 放射線(アウトビーム)放出でちまちまと削れていくのであれば、指先の一欠片、千分の一単位質量(グラーヴォ)の金属天神質(テューシャフト)は五百万単位熱量(カロロ)、すなわち八千単位質量(グラーヴォ)の水を蒸気に変えるほどの熱量を出す。一辺が二単位長(メンスーロ)の立方体に詰まった水が全部蒸発するほどと言えばわかりやすいかと思ったがそうでもないな。そしてよく知られるように石炭は理想的にはそのおよそ七倍の質量の水を沸騰させる熱量を持つ。そちらで換算すると幹線列車の石炭車の十分の一ほどの量である。うーん、そこまで多くないな。

 

 ただし、これは地球の年齢を超えるような時間をかけて鉛になる過程を通してだ。それをもし中性子(ニュートラオン)によって分裂の形で熱量にできるのなら、速度もあるが引き出せる熱量が増える。鉛で止まらず、もっと核内部の束縛力が低い、つまり熱量を吐き出しきった状態まで一気に移動するので、出す熱量も増えるのだ。その結果、二千万単位熱量(カロロ)、三万単位質量(グラーヴォ)の水を蒸気に変えるほどの熱量、幹線列車の石炭車の半分ほどとなるのだ。

 

 四倍の熱効率と言えば工学者は大喜びであろうが、そもそもの前提があまりしっくり来ない話だったな。総帥らしく喩え話にしてみようとしたが湯船にぷかぷかと浮かぶ私が想像できただけだったので止めておこう。

 

 とはいえそれぐらいであれば崩壊を少し加速させるだけでもまあまあの熱源になりそうなものである。寒い冬に水に溶かした天神質(テューシャフト)あたりを胸に抱えて寝ると温かいかもしれない。

 

「何やっているんですか」

 

 フィーマが紙に囲まれた私を見て言った。借りてきた計算尺と読みにくい文字のおかげでこの思考を再現することは明日どころか今夜の私でも不可能だろう。

 

「計算よ、賞金を払いたくないからどうにかして眼の前の現実を否定しようとしている」

 

 そう言って私は色々と机の上のものを片付け始めた。積み上げるとも言う。次の講演は大物、エニオ・ガルディによるものだ。ちらほらと写真機とかを構えた見知らぬ人もいる。おおかた宣伝用だろう。

 

 まあ、それぐらいの面白いことを言ってくれるのだろう。私は期待して壇上の彼を見た。もし適当なことを言ったら編集部に送ってきた葉書をたっぷりの紳士的な文章をつけて紹介してやるぞ。

 

「では本題から入ろう。天神質(テューシャフト)と中性子(ニュートラオン)の反応によって起こる分裂とともに中性子(ニュートラオン)が生じることが実験から強く示唆された。これは連鎖的な天神質(テューシャフト)分裂の可能性を示すものである」

 

 その意味に気がつくまで、少し時間がかかった。会場の中であればまだ早い方だった、とは思いたい。

 

「まっさかぁ」

 

 隣に座っていたフィーマが呆れたように呟いていた。まあ効率的な中性子(ニュートラオン)の作り方がわかるのならそれを元手に中性子(ニュートラオン)をさらに作り出すことぐらいは不可能ではないだろうからな。ただ、おおかたこれを活用したところで熱量転換の速度が数万倍に加速されるとかいうぐらいの研究だろう。それぐらいなら暖房には使えるかもしれないな。




The Editor does not hold himself responsible for opinions expressed by his correspondents. He cannot undertake to return, or to correspond with the writers of, rejected manuscripts intended for this or any other part of NATURE. No notice is taken of anonymous communications.
NOTES ON POINTS IN SOME OF THIS WEEK'S LETTERS APPEAR ON P. 247.
CORRESPONDENTS ARE INVITED TO ATTACH SIMILAR SUMMARIES TO THEIR COMMUNICATIONS.

寄稿者によって表明された意見について、編集者は一切の責任を負いません。Nature誌の本欄、または他のどの欄向けに送られた原稿であっても、不採用となった原稿の返却や、その執筆者との個別のやり取りには応じかねます。匿名による投稿は一切受け付けません。
今週の書簡の一部に関する要点の注記は、247ページに掲載されています。
投稿者の皆様には、ご自身の投稿に同様の要約を添えていただくようお願いいたします。

Letters to the editor. Nature, 1939, vol. 143, no. 3615, pp. 239–247.
『編集者への手紙』、自然(ネイチャー)、1939年、143巻3615号

なお、該当号に投稿された手紙は以下の十五本である。

MEITNER, L.; FRISCH, O. R. Disintegration of uranium by neutrons: a new type of nuclear reaction.
LABY, T. H.; HOPPER, V. D. A novel thermostat.
LARMOR, J. Limitations on the modern tensor scheme of relativity.
MØLLER, C.; ROSENFELD, L. Theory of mesons and nuclear forces.
JEFFREYS, H. Frequency interpretations in probability.
DU TOIT, A. L. Antarctica and glacial ages.
APPLETON, E. V.; NAISMITH, R. Scattering of radio waves in polar regions.
CHALMERS, J. A.; LITTLE, E. W. R. Electric charge on soft hail.
FARKAS, L.; FARKAS, A. Catalytic exchange of deuterium and hydrogen in hydrocarbons.
SREENIVASAN, A. Availability of phosphorus in rice.
GATES, R. R. Self-sterility in Ånothera.
PAL, B. P.; RAMANUJAM, S. Induction of polyploidy in chilli (Capsicum annuum L.) by colchicine.
NICHOLLS, L. Period of gestation of loris.
WOOD JONES, F. The ‘thumb’ of the giant panda.
WILLIAMS, E. C. Electrified motor-vehicles.

リーゼ・マイトナー、オットー・ロベルト・フリッシュ『中性子によるウラニウムの崩壊: 新種の核反応』
トーマス・ハウエル・ラビー、ヴィクター・デイヴィッド・ホッパー『新型恒温器』
ジョゼフ・ラーモア『相対性理論の現代的テンソル形式の限界』
クリスチャン・メラー、レオン・ローゼンフェルト『中間子と核力の理論』
ハロルド・ジェフリーズ『確率における頻度解釈』
アレクサンダー・ロジー・デュ・トワ『南極大陸と氷河時代』
エドワード・ヴィクター・アップルトン、ロバート・ネイスミス『極地方における電波の散乱』
ジョン・アラン・チャルマーズ、E. W. R. リトル『雪霰の電荷』
ラディスラウス・ファルカシュ、アダルベルト・ファルカシュ『炭化水素における重水素と水素の触媒交換』
アルナーチャラ・スリーニヴァサン『米における燐の利用可能性』
レジナルド・ラグルス・ゲイツ『マツヨイグサ属における自家不稔性』
ベンジャミン・ピアリー・パル、シュリニヴァーサ(Srinivasa)・ラマヌジャム(Ramanujam)『コルヒチンによるトウガラシ(Capsicum annuum L.)の倍数性誘導』
ルシウス・ニコルズ『ロリスの妊娠期間』
フレデリック・ウッド・ジョーンズ『ジャイアントパンダの「親指」』
エヴァン・クリフォード・ウィリアムズ『自動車の帯電』
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