石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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核と中性子 9

 発表に資料はなかった。ただ口頭でなされただけ。事前の原稿の共有ぐらいしておいてくれと思う。ここで話した内容を打字機(ステイヴライター)で起こして清書して配るとなると一時間か二時間は最低でもかかるのだぞ。そういう機材が揃っているという大学はありがたい場所であるが。

 

 ともかく、実験の具体的な内容。水中に、具体的には大学にあった二つの池なのだが、その中に密閉した二重容器を入れる。内側の容器には中性子(ニュートラオン)線源を、その周囲には硝酸天神質(テューシャフト)を入れるか、比較用に別の硝酸塩を入れる。そしてその周囲の水に銅の箔を配置して一晩待つ。

 

 銅は中性子(ニュートラオン)の併合を起こして放射化する。できるのは銅66と銅64。銅66の減衰時間定数は短くて十分にも満たないので水から上げてしばらくすれば銅64の影響だけを見ることができる。

 

 計数で出てくる放射線(アウトビーム)は一秒間に数個。そうなるように測定にかける銅板の枚数を調整。結果は近すぎず遠すぎもしない、ちょうどいい銅板ほどよく放射化されている、となる。そして硝酸天神質(テューシャフト)を入れていた場合、入れていないよりもわずかに多くの放射化が起こった。

 

 これとは別に行った実験。水中で反応性を高くした線源の周囲に硝酸天神質(テューシャフト)と軽銀箔を入れる。こうすることで軽銀箔がやけに放射化する。

 

「つまりこう考えることができる。中性子(ニュートラオン)は減速することによって併合反応を起こしやすくなり、一方で水質(ワータシャフト)核や第一種放射線(アウトビーム)が飛び出る反応が抑制される。放射線(アウトビーム)を叩き出すような現象には、一定以上の速度が必要になる」

 

 測定結果もわかりやすい。ということは休日に二つの研究を同時に回していたというわけだ。よくまあ無茶をやる。

 

 しかし考えてみれば手掛かりはそれなりにあったんだよな。92番の天神質(テューシャフト)が割れるならその欠片は46番ぐらいになるはずだ。安定している46番の最大の質量は110。92番の天神質(テューシャフト)はほぼ質量238なので、中性子(ニュートラオン)が十八個ほど余る計算になる。

 

 もちろんその全部が中性子(ニュートラオン)として飛び出していくわけではないだろう。電子を出して水質(ワータシャフト)核に変換していくものが多いはずだ。しかしそうすると変化がほんのわずかではないか? 最初の池に沈めた銅板についても統計的にぎりぎり差があると言えそうなぐらいである。

 

「いやそれは測定誤差が十分起こりうるものだ、曖昧な研究結果を出すべきではない」

 

「いいや今回は討論の場だ、無礼を承知で皆様の知恵をお借りしたい」

 

 おっと発表者のエニオと聞いていた人がやっている面倒な争いの声が聞こえる。そもそも第一声で言っていることは過激に見えてかなり地味だからな。示唆だの可能性だの。そして数を考えれば中性子(ニュートラオン)が割れる時に多めに出てもおかしくない。

 

「しかし得られた差が微々たるものだろう? これがもし十倍とかであれば自己反応が起こったかもしれないが、この程度であれば連鎖は困難では?」

 

 質問者の一人が言う。確かに難しくはある。ただ、水質(ワータシャフト)の構造をうまく調整すればこのあたりはなんとかなりそうだ。水よりも密に水質(ワータシャフト)の詰まったなにか、液体水質(ワータシャフト)あたりでも使えばいいのではないだろうか。候補となるものを片端から探していくことになるのかもしれない。そして結局作れないという結論だったら笑えるがな。

 

 というかそうか、今までの測定が噛み合わなかった理由の一つは机だな。水中で測定したのと似たようなことが、水質(ワータシャフト)の詰まった木の机で起きていた。そうなれば化学系の研究室では併合反応が起きやすく、物理系の研究室は放射線(アウトビーム)が飛び出すような現象が起こりやすい。ああまったく、帰ったらこのあたりを全部確認し直さなくちゃいけない。いや、こういうのは別に外注でもいいか。

 

「具体的に中性子(ニュートラオン)を測定する方法を思いついたのですが、言っていいですか?」

 

 そう言った人物を確認したら連合議会(コングレス)から来たニーリッジだった。一応連合議会(コングレス)代表団の取りまとめをやらされたらしい。若いうちから苦労するね。

 

「よしそこの。どういう方法でやる?」

 

 なんかエニオが調子よく司会役をしていた。討論会の時間ではないし、記録担当者は焦ったような顔で打字機(ステイヴライター)を叩いている。私もそれなりにやってはいるがね。

 

「中性子(ニュートラオン)が透過しやすい部分と透過しにくい部分をずらして並べた円盤を用意して回転させます。うまく通過できたものだけを検出する」

 

「速度は秒速数千単位長(メンスーロ)になるぞ」

 

「ある程度の回転速度とずらしの角度の組み合わせで対応可能です。具体的な計算ですが」

 

 ニーリッジが言った数字を私も手元に書き留める。一秒で百回転程度、一単位長(メンスーロ)ぐらい離しておけばたぶん大丈夫だな。熱平衡の時の速度は以前エンツォ悪童団の研究室の時に見た黒板に書いてあった数字である。このあたりは距離や回転速度を調整すればどうにでもなる。

 

「ああ待て、透過しやすい部分の量が問題だろう。捻れた羽根車の構造にすれば通過する中性子(ニュートラオン)をうまく活用できる。作るのは数値制御加工から失蝋でやってもいい」

 

「回転速度は音叉で見ればいいだろう、共鳴で確認して調速機を補正すれば」

 

「うまく分光のように分離できればいいのだがな、いかんせん反射させるのが難しい」

 

「それだけの速度であれば波としての振る舞いが見られないか? ああいや、減速しているか……」

 

 どいつもこいつも好き勝手話しやがって。司会のエニオは楽しそうに回している。まったく、後で議事録にはとある物理学者による発言、みたいなものがずっと書かれるんだぞ。いっそのこと今回の会議で出た話は全員匿名の発言ということにして特許とかも取れないようにしてやろうか。ただ中性子(ニュートラオン)増幅汽缶とかが永久機関禁止令に該当しないかどうかを確認しておく必要はあるだろうな。




When the selector is run at a speed of about 2500 to 3000 r.p.m., such that it intercepts best particles with speeds of 225,000 to 270,000 cm/sec., there is the greatest decrease in the number of slow neutrons coming through. Hence the peak of the velocity distribution of these slow neutrons is in this region, which corresponds to the maximum of the velocity distribution to be expected if the neutrons were in thermal equilibrium in the paraffin. The precision in these experiments is not very high, and the exact energy distribution curve will require further data and further analysis.

その選別器が約2500ないし3000回転毎分の速度で運転され、それによって225,000ないし270,000センチメートル毎秒の速度をもつ粒子を最もよく遮断するようになるとき、通り抜けてくる低速中性子の数に最大の減少が存在する。したがって、これら低速中性子の速度分布の凸点(ピーク)はこの領域にあり、このことは、もし中性子が石蝋中で熱平衡状態にあるとした場合に予想されるべき速度分布の極大値に対応している。これらの実験における精度はあまり高くはなく、そして正確なエネルギー分布曲線は、さらなる情報とさらなる分析を必要とするであろう。

DUNNING, J. R.; PEGRAM, G. B.; FINK, G. A.; MITCHELL, D. P.; SEGRÈ, E. Velocity of slow neutrons by mechanical velocity selector. Physical Review, 1935, vol. 48, no. 8, p. 704.
ジョン・レイ・ダニング、ジョージ・ブラクストン・ペグラム、ジョージ・A・フィンク、デーナ・P・ミッチェル、エミリオ・セグレ『機械的速度選択器による低速中性子(ニュートロン)の速度』、1935年
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