ストヤルティ名誉教授が壇上に立った。細い身体からは老いが感じられた。
「
誰も口を開かなかった。やっと終わる会議の疲れもあったのだろうが、それでも大物の言葉を聞き落としたくなかった、というのもあるだろう。
「結局は、そうはなりませんでした。かわりに起こったことは、研究者と女工の病でした。私達は未来を見ようとして、何かを避けようとして、それらに失敗しています」
何を言うか、と私は少し呆れる。老人の戯言だ。ああ、確かに
「今回の会議で、私達は今まで繋がっていなかった多くの核についての性質を見出しました。それらは世界についての理解を深め、同時に新しい用途への可能性も拓きました。例えばもし
一拍置いて、彼女は私達を見渡す。ゆっくりとした話し方が、聞くことと並列して考えるだけの時間を与えているのだ。演出なのか結果としてそうなっているのかはわからないが。そしてそれなら深部の病巣だけを狙えるわけだ。よくまあ考えつくものである。
「同時に、私は危惧することもあります。もし反応が連鎖的に起こるのであれば、それは僅かな時間で、止める間もなく膨大な量の
彼女は話を続けていく。会議の締めくくりにふさわしく、招待された人達の発表や背景を踏まえたもの。手元の原稿を見るに、かなりしっかり準備をしたのだろう。あるいは弟子である魔女や魔法使い達の手を借りたか。
「
いい言葉だ。我々は確かに
「私が研究をして、鉱石から物質を抽出していた時代には、その熱量がどこから来るのかはわかりませんでした。今やそれは質量の欠損が熱量に転化したものである、ということが計算から示されました。ではどのように質量が熱量になっているのか、という一段深い謎について、我々はまた挑むことになっています」
会場から笑いが出た。ただ、この方向だと永遠に我々は何もわからないのかもしれない。未知の現象があれば式の形や
「科学者の責務の一つは、自然界から見出したものを人々の幸福のために使える形にすることです。薬を、素材を、肥料を。物質の核が持つ力が、そのような幸福に使われることを私は強く望みます。だからこそ、我々は我々の理解を広く共有せねばなりません。物理学者と化学者が、生物学者と鉱物学者がいがみあっていては、我々の知識は狭くなってしまいます」
いいことを言うな。彼女の背景と科学院での地位を考えればそんなことができる組織はそうそうないし、そこにちゃんと研究成果を出せよということでもあるのだろう。そうだそうだ、どこの誰が作ったかもわからない雑誌もどきの読者投稿欄に変なものを送ってくるんじゃない。
「病を隠した女工も、その存在を隠蔽しようとした工場も、詳細を明かさなかった保険会社も、彼らは皆知識を繋げることを拒み、人々の幸福よりも小さな安寧を選びました。私達は学ぶ必要があります。隣人に成果を奪われると恐れて公開を止めるよりも、隣人と成果を分かち合うことを、そして分かち合えることができた成果を誠実に受け取ることを、科学者として選ばなければならないのです」
個人的感想であるのだろうし、彼女が見てきて、そして責められてきたことでもあるのだろう。だからこそ次こそは、ということかもしれない。そもそも実験の現場に立つことなく、
原稿を閉じた彼女に、ぽつり、ぽつりと拍手が湧き起こった。中には立っている人もいた。顔を見ると彼女の弟子の世代だ。こういうところにも派閥とか政治とかはあるし、その境界を壊そうという意見もまた一つの閉じた世界を作る意見であるのだ。まあ、それでも私はストヤルティ名誉教授の言葉に同意する者の一人ではあるのだがね。
I daresay you remember my ringing you up about a man working here who had a patent which he thought ought to be kept secret. I enclose a letter from him on the subject as you suggested. I am naturally somewhat less optimistic about the prospects than the inventor, but he is a very good physicist and even if the chances were a hundred to one against it seems to me it might be worth keeping the thing secret as it is not going to cost the Government anything.
With apologies for this hasty note, believe me, Yours sincerely,
親愛なるライトへ
秘密に保たれるべきだと彼が考えていた特許を持っていた、ここで働いている男について電話したことを覚えていてくれているだろう。提案どおり、例の件についての彼からの手紙を同封する。私は当然だが見通しについては発明者よりは幾分控えめに楽観的であるが、彼は非常に優秀な物理学者で、たとえ確率が百に一つでも、政府に何ら費用をかけない予定である以上、その件を秘密にしておくことには価値があるように思う。
取り急ぎ済まない、敬具
[LINDEMANN, Frederick A.] [Letter to C. S. Wright]. 26 February 1936.
クラレンドン研究所所長フレデリック・リンデマンより