石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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ミス・バクスターに伝えられたし
ミス・バクスターに伝えられたし 1


 国際集成(レペルトーリオ・インテルナツィオナーレ)二周年記念号。二十四巻目。これを記念して屋敷に電信線を導入しました。

 

「……収支上は釣り合いが取れています」

 

 ミセス・ブラッケンが帳簿を確認して言う。雑誌の売れ行きが上がった。これについては会議を主催してくださった皆様には感謝するばかりである。

 

「よかったです、部数が増えて」

 

「追加印刷に資金がかからないのがよかったですね。事業拡大に手間がほぼかからないのはいいことです」

 

「……ただ、懸賞金はすぐに尽きましたけどね」

 

 賭けた金額、二百金貨(クィッド)は私の個人的判断をもとに振り分けて、その理由についても述べた。一応分裂の示唆と減速可能性の提唱で配分を河川同盟(レーノスブント)化学協会とエンツォ悪童団にそれぞれ半分ずつぐらいにしてあるから許してもらえないだろうか。

 

 会議の内容とその予測する未来は保留込みで発表され、大騒ぎとなっている、らしい。ただしそれは一部の世界でだけだ。今日もラドウィックがとっている新聞には新型軍艦の何番艦かが竣工したとある。いったいいくつあるんだ。

 

 ちなみにこれらの船は維持が面倒なのでしばしば植民地や同盟国に押し付けられる。地球の裏側の大洋を管理するなら同盟国とか南洋植民地に任せようということだ。まあそれを見越して無茶な話とかもあるんだがな。

 

 同盟締結前の話だが、こんな冗談がある。大君藩国(タイクーンダム)が戦艦を買う、という話になった。まず彼らは各国の大使館に暗号電文を使って軍艦を六百万金貨(クィッド)で買うと主張した。当時の軍艦相場が三百万金貨(クィッド)と呼ばれた時代であるから、その倍額だ。なお、これは海軍の一部部局の独断によって行われたものである。

 

 この頃にはまだ大君藩国(タイクーンダム)は明確な同盟相手を決めておらず、各地と競りをさせて一番良い条件のものを買う、といったことを平気でしていた。となれば、その仕事を取る側からすれば全体の金額の一部を割いて少し便宜を図ってもらうなんてことも当然のように考えられるのである。特に極東の蛮地なんぞに送られる人物は東洋趣味者か本国に置いておけないような人物であるので、彼らの財布の口は軽かった。

 

 彼らはなぜか電文の内容を知っていて、その二割ぐらいまでであれば受注獲得にむけての経費だとして色々と注ぎ込んだ。三陣営がそれぞれ六百万金貨(クィッド)の二割、百二十万金貨(クィッド)ずつ出し合ったので合計で三百六十万金貨(クィッド)というわけである。この時点で既に軍艦一隻作れそうな額であることはまだ置いておこう。

 

 そして海軍は議政院に提出した予算として通常なら三百万金貨(クィッド)のところを二割安い二百四十万金貨(クィッド)として提出、これを通過させる。合計で電報で送った通りの六百万金貨(クィッド)が集まった、というわけだ。

 

 そして同盟締結と引き換えに色々と根回しをした上で「最強の軍艦を」という注文を受けた共同連邦(コモンウェルス)の新鋭企業ネイダーズ鉄鋼鋳造社が腕によりをかけて最新鋭装備を搭載した軍艦を作成したのである。

 

 ちなみにこの冗談は嘘だ。時代も予算も関係者も合わない。それに送られた賄賂は軍艦製造ではなくもっと地味なものに使われている。おかげで向こうの方ではお取り潰しになった藩国があったとかなんとか。向こうの方では結構簡単に領主が家ごと交代するのである。こっちも爵位はそういうところがないわけではないのだが。

 

 まあ、そんなことはいい。各地から送られてくる電報は未だに整合性が足りない。一つの研究室で丁寧に実験をやったところで、一つ大きな見落としがあればその測定自体が信頼ならざるものになるという結果が出たのはよく知られている。

 

 なおエニオが送ってきた絵葉書には「天神質(テューシャフト)は中性子(ニュートラオン)との反応によって連鎖可能性のある中性子(ニュートラオン)放出を行う」とだけあった。これだけの内容を配達人なら読めてしまうような葉書に書き記すのはちょっと怖いと思う。しかし大抵の人はこの共通語(ウルガー)を見てもよくわからないだろうな。一応読者からの投稿欄に載せておいた。たぶん私が個人的に作った第一回国際核物理学会議の参加感想および各発表の要約および背景補足資料のほうが読まれるだろう。発表者の文章よりもこういう解説のほうが世間では広く知られるものなのだよ。作者については知られないことも多いが。

 

 とはいえ電文ならどうか、と言われるとまた難しいところである。そもそも人間が話す以上の速度で文字が送られてくるし、読む方もしっかりと集中しなければ間に合わない速度で孔紙帯(ホールテープ)が吐き出されてくる。それらを千切って別の機械に流し込んで、というところでは下手な自動機械よりも人間のほうが楽にできるというのでうまく部品として摩耗を抑えながら産業効率を保つ、なんてことも試みられている。

 

 ちなみにこの装置は原則受信用である。送信は近場の郵便局で行います。そもそもそんなにこちらから送ることないしね。送信者側が金を払うのでこちらが必要なのは通信線を屋根裏から通す工事の費用と五年分の契約料などなど。近場の大学とか企業とかが電信を引いていたのもあって銅線代もそこまでかからずに済んだ。このあたりの複雑な工学についてはあいにく扱いきれていない。

 

 とまあ、そういうことで私は中性子発見から間もなく四年が過ぎようとする時代を吐き出された印刷用紙に埋もれながらのんびりと生きていたのである。いやあんまりのんびりできていなかったな。各地から集められた数字をまとめてそれぞれの実験条件を整理しておくとか大変なんですよ。一応発表があった河川同盟(レーノスブント)化学協会の測定方式が半ば基準となっているのですが、そこから色々とずらしたほうが見ることができる現象が広がるというのもあってあまり統一的な情報が整理できていない状態にあります。

 

 そして天神質(テューシャフト)と中性子(ニュートラオン)の連鎖反応についても、あまり芳しくない情報が得られている。わずかな不純物が強い毒性を反応に対して起こすことがわかり、それはそれで面倒になっているのだ。どうすればここから熱が取り出せるかもはっきりとしていない状況であるし、不可能だろという計算結果をもたらす実験もある。ただ誤差の範囲がそれなりにあるんだよな。




MET NIELS AND MARGRETHE RECENTLY BOTH WELL BUT UNHAPPY ABOUT EVENTS PLEASE INFORM COCKCROFT AND MAUD RAY KENT

最近ニールスとマルグレーテに会った 共に元気だが事態には心を痛める コッククロフトとモード・レイ・ケントに伝えられたし

[MEITNER, Lise] [Cable to O. W. Richardson]. [Spring 1940]. Quoted in: CLARK, Ronald W. The Greatest Power on Earth: The Story of Nuclear Fission. London: Sidgwick & Jackson, 1980.
リーゼ・マイトナーよりオーウェン・リチャードソンへの電報、1940年春

Owen Willans RichardsonがJohn Douglas Cockcroftに宛てたMaud Ray Kentについての問い合わせ(1940年5月)などに書き写された電文に基づくとみられ、原本は未確認。なお、他文献に基づいて原文「Margarethe」の綴りは修正されている。
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