石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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ミス・バクスターに伝えられたし 4

 さて、今回の顛末。同窓生が家に遊びに来ることになった。

 

「うーんこれは恋ですよ間違いありません、大学時代に横目で見ていた男装の麗人が実は、というやつで」

 

「ミセス・ブラッケン、フィーマの給与を半額にしましょう」

 

「それは女中長の管轄であり、あなたの管轄ではありません」

 

 そんな三者三様の言葉が書斎に響く。冬明けの掃除もあるし、珍しくやってくるちゃんとした客への対応ということでもある。明日のために今から頑張るのはどうにも怠惰な私からすれば気に食わないが、ここで暮らして女中服を来ている以上役目であるので仕方がない。

 

 ラドウィックが頑張った調査のおかげで、どうやら向こうが私に会いたくて探しているらしいことがわかった。というわけで適切な紹介者、具体的には初代ホイットマール男爵ヘズリン・ホルトを通して図書館に来てくれ、ということになったのである。このあたりは知り合いの知り合いを辿ればだいたい誰かが繋がるという素晴らしき社交界の力を感じるな。

 

 いや別に私は学会の建物の空いている部屋とかネイダーズ鉄鋼鋳造社のほうに顔出すとかでも良かったんだけどね。向こうが会いたいのはミス・バクスターらしいので、その通りに受け取るとしよう。館長のミスター・バクスターならもう少し楽だったんだがね。

 

 一応ミス・バクスターの名前は表に出していないのだが、向こうがそう言った以上私はそれなりに淑女然として会わねばならない。しかし若い男が訪れた先の同年代の淑女と屋敷で会うには問題がある。というわけで彼は図書館にやってくるということになっている。全く、このあたりは面倒だ。

 

 普通はこういう面倒を避けるために規範であるとか作法とかがあるし、彼はたぶんそのあたりをちゃんと理解しているはずの人だ。可哀想に、と思う。よりにもよって相手がそのあたりを踏まえた上で全部破っているような悪党だとは。まあ、たぶん昔の知り合いだろうし向こうも私を知っているだろうからそこまで気負うことはないか。私が知らなくとも私を知っている人はなぜか珍しくなかったんだ。決して私の他人に対する人覚えが悪いというわけではないと思われる。

 

「造船業の人ですよね」

 

 フィーマが机の上の本を片付けながら言う。作業の過程で積み上がっていて、本棚に戻すよりも速く増えていくのでこういう機会でもなければ精算できないのだ。

 

「そう。羽根車の設計とかやっていたらしいとラドウィックは言っていたけれども、彼はそこまで軍需産業の専門家というわけではないから……」

 

 そんなことを言うが、私も特にそういうものに詳しいわけではない。最上級国家機密に認定されるような機関詳細がなぜか丁寧に載っている年鑑とかを見ても数字の羅列にしか思えない。まあ好きな人は好きなのでしょう、とは思う。私だって減衰時間定数の表を見るのはなかなか楽しいからな。その背後にあるものについてどれだけ知識があるか、ということなのであろう。

 

 蒸気工学について、私はしっかりやったわけではない。解伏制御とかは理論としてはやりましたが実際にどう動くかは知らない。軍艦の汽缶とか羽根車を制御するための技術は高度な機密ということになっていますからね。

 

「読み違いがある、と考えていらっしゃるのですか?」

 

 ミセス・ブラッケンが埃を払いながら言う。ほとんど何も汚れがないじゃないかと思ったが、そもそも掃除とは綺麗なままに維持しておくことであって、積もった埃を取り除くものではないのだ。寄宿学校時代はそのあたりがいい加減だったからな。

 

「そう。向こうを知らないと、私は正直怖い」

 

 相手を知っているということは重要だった。大学時代も基本的には若い紳士たちがどう動くのかの規範を知っていたから対応できたところがある。とはいえ、それは向こうにとっては実に怖いものだろうな、と今更ながらに思う。

 

 世界は非対称だ。それを無くすことができるとも、あるいは是正する方向に動かすべきだとも私は思っていない。殺人者を蔑むことと、病人を蔑むことと、貧者を蔑むことに果たしてどれだけの違いがあるだろうか。行為によってのみ評価すると言うのであれば、では予防的なあらゆる措置は認められないとおっしゃりたいのですねとなってしまう。

 

 もちろんそれは面倒な調整と取引によって決定されるものだ、という知識はある。だからこそ騒ぎ、自分たちの立場を示し、あるいは同情を引き、強者の助けを借りる。それが悪いことだとは思わないが、自分こそが踏みつけられた弱者であるという態度をあまり押し付けられると私はあまり楽しくない。強者だから言えることだが。

 

「向こうもあなたを知らないのでしょう?」

 

「たぶんそうですけど」

 

 私は本を戻しながらミセス・ブラッケンに返す。フィーマの手作りの合本の背表紙に並ぶ打字機(ステイヴライター)の文字。今はまだ参照のために読み返すことがあるが、あと数年もすればこれらも過去のものになり、誰も読まなくなっていくのだろう。もちろん、それはきっといいことだ。研究者が古典を読まずとも普通の教科書と最新の論文だけで新しい知見にたどり着けるようになっているべきだ。

 

「なら、普通に話しなさい。私は隅にいるから」

 

「……お願いします」

 

 社会規範というやつだ。全く面倒くさい。もし見知った顔であれば、あるいは話してすぐに打ち解けることができるような相手なら、そういう見張りは邪魔でしかないのに。

 

 はいはい、これも強者の言葉ですよ。規範というのはしばしば破綻を招かないために作られる。女性の貞操とか評判とかの値下が激しい今日ではありますが、それでも人間がまともに結婚をして子を生み育て人口を維持し社会を維持するという欺瞞を保っていられるのはこの種の規範のためでありましょう。さもなければ我々は部屋に閉じこもるのが一番だ。人間なんて信用できるものか。

 

 川の南側で色々と働いている衛生査察官の話を私は知らない。議会の女性議員がどのような議論をしているのかも。いやまあ過激主義者と宗教狂いであるという噂ぐらいは聞いていますが。逆に言えばそういうぐらい飛び抜けていないと議席が手に入らないという女性に対しての高い壁があるということでもありますが。

 

 私は持っていた本を全部片付けて振り返る。この屋敷にちゃんと客が来るのは久しぶりだ。四年前に来た総帥は予約もしてこない無礼な客だったからな、今回ばかりは誠実な紳士がやってくることを期待しよう。




If, on your inquiring for the lady of the house, the servant replies, "Mrs. So-and-so is not at home, but Miss So-and-so is," you should leave a card, because young ladies do not receive calls from gentlemen, unless they are very intimate with them, or have passed the rubicon of thirty summers. It must be remembered, too, that where there is a lady of the house, your call is to her, not to her husband, except on business.
The Roman Assembly used to break up if thunder was heard, and in days of yore a family assembly was often broken up very hurriedly at the thunder of the knocker, one or other of the daughters exclaiming, "I am not dressed, mamma!" and darting from the room; but ladies ought to be dressed sufficiently to receive visitors in the afternoon. As nerves have grown more delicate of late years, it is perhaps a blessing that knockers have been superseded by bells. Where they remain, however, you should not rattle them fiercely, as a powdered Mercury does, nor should you pull a bell ferociously.

もし女主人の所在を尋ねた際、使用人が「某夫人は不在ですが、某令嬢は在宅しております」と答えた場合には、名刺を残して立ち去るべきです。なぜなら若い令嬢は、非常に親密であるか、あるいは三十の夏というルビコン川を渡っているのでもない限り、紳士からの訪問を受け付けないからです。また、その家の女主人がいる家庭では、仕事の場合を除いては、あなたの訪問は彼女に対するものであり、その夫ではないことを覚えておかなくてはなりません。
古代ローマの民会は雷の音が聞こえると散会したものですが、昔の家庭の集まりでも叩き金の雷鳴のような轟音によって中断され、娘たちが「まだ支度ができていないの、ママ!」と叫びながら慌ただしく部屋から飛び出していくということがよくありました; しかし午後ともなれば、淑女は来客を迎えられる程度の身支度を整えておくべきものです。最近は人々の神経がより繊細となってきているので、叩き金が呼び鈴に取って代わられたのはおそらく幸いなことでしょう。しかしながら、それらが残っている場所では白粉を塗った使者(マーキュリー)のように激しく打ち鳴らしてはなりませんし、鈴を乱暴に引っ張ってもいけません。

The habits of good society: a handbook of etiquette for ladies and gentlemen. London: James Hogg & Sons, 1859.
『社交界の習慣: 紳士淑女のための礼儀作法手引』、1859年
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