作法書通りの午後の来訪、執事による案内、そして私がやって来てフィーマがしずしずとお茶を出してくれる。今日のお茶はちゃんと高級品である。うちでは滅多に飲めないほどの。
部屋の隅にはミセス・ブラッケン。本来こういうのでは部屋の隅にいるのだろうが、部屋自体が大きいので端のほうの椅子にぽつんと座っている形になっている。春なのに少し寒くて、今日は来客向けに暖炉もつけているのだが、冷えが届いていないかが少し心配だ。
「あまり堅苦しくなっても困りますからね、気を楽にしてください」
私は笑って言う。顔を見たらああいたなこいつ、というぐらいであった。それでも少し老けたな。まるで二十代の後半だぞ。いやいやまさか彼が私の同級生なわけがないじゃないか。もしそうなら私もそれなりの年齢になってしまう。
彼が持とうとしていた上着も執事に回収させた。仕事の上で行う淑女への来訪だからすぐ帰る準備ができているという態度なのだろうが、それに返すこちらの礼儀は帰すつもりなんてないからのんびりとお茶と菓子を楽しめということである。
干し葡萄と柑橘の皮のケーキ。いやちょっと食べたいな。でも今は会話が優先だ。
「……ミス・バクスター、で良いのですよね」
キージスは言う。緊張かな。それなりに立場のある人だろうし人付き合いも多いだろうがそれでもこういう種の社交は慣れていないのか。
「いいよなんでも、ティッカーでも、バクスター嬢でも、ペレディルでも」
「館長もお前なのか?」
「男装時代の私を知っているでしょう」
「東洋人がいたのは覚えているし、そういう噂をしているやつがたしなめられているのも見たが、いや、ちょっと……」
「ケーキをどうぞ。面倒ごとの前には糖分は大切ですよ」
ああ、私に遠慮しているのかな。なら食べてしまおうか。たっぷり作ってあるからね。安心して食べて欲しい。味見と言ってフィーマがちょっと多めに食べていたことを私は知っている。
「あー、じゃあもうこっちも質問していくぞ。あの時奢ってくれたのはお前でいいんだな?」
「そう。
「お前に祝われるとこう、こっちとしても困るんだよ……俺達はお前を呼ばなかった側だぞ?」
いやまあ、たしかにそう言えるかもしれないんだがそこを気に病まれても困るんだよな。もし彼が大学の中で働いているか、あるいは公僕としてそれに関連する部署にいるかとかであればそういう仕事上の悩みを持つのも仕方がないだろう。
ただ、私を順位表に載せず、学位を渡さなかったのは大学である。それは大学の自治の範囲の自由というものだし、そもそも私の受験すら彼らは断ることができたのだ。それでも受けさせたというのは彼らにとっての譲歩であるのだろう。それを踏みつけてもっと寄越せと言わなければならないほど私は貧してはいないのだ。だから彼がこういう顔をするのは、私としては正直不本意なのだ。
「気にしていませんし、あと私は記念で受験したところがあるので……」
「……確認しておくが、核物理学についてはどのぐらい詳しいんだ?」
「私に勝てるやつが世界に……十人、いればいいほうかな」
読んだことのある論文やら報告やらであれば私がかなり上の方なのは間違いないが、それを理解していると言われれば話は別だ。真に理解できるだけの知性を持つ人で、かつ文献をそれなりに取り寄せている場所、となれば安全余裕を見て十人というのは妥当な数字だろう。一位になれると思えるほどの自信はない。
「やっぱりティッカーだな。あんたは」
「昔の名前で呼ぶのはいいけれども、あまり趣味じゃないということは断っておくよ」
私はあくまで軽い調子で言って責めた感じにしないようにしたいのに、キージスは気まずそうだ。それに飲み込まれないように、私は精一杯ケーキを味わう。おいしい。
「……ここから先は、本来は機密だ」
「ミセス・ブラッケン、下がってください」
私が言うと、視界の隅にいた彼女が静かに部屋から出ていった。すまない。同年代の紳士と部屋で二人きりであるが、私には失って困る評判とかはないので。
「それで、エルガー氏。サーロウ記念図書館のしがない司書に、どのようなご用件でしょうか?」
「海軍のハッパム提督を知っているか?」
「まあ、名前ぐらいは」
女王陛下の先任海軍において戦艦決戦を知っている数少ない人物の一人。つまりは
「彼が核熱炉に興味を持っている。軍艦の動力源として」
言われた言葉はわかった。構想としては普通のものだ。
「……馬鹿?」
私は思わず言ってしまった。それはまだ構想に過ぎないし、どのぐらいの大きさになるかもわからない。できそうだ、ということについては概ね固まっているが、ではどうやれば作れるのかについてはまだ議論が必要である。
「なぜそう思う?」
「我らが
「手に入れた」
「……どこの」
「『闇の中心』地域」
世界地図を思い浮かべる。ここから南にまっすぐ、いやちょっと東寄りに行ったあたりにある赤道下の巨大な森林地帯の通称。実際はその周辺の山岳地帯も含むが。ともあれ、傭兵の墓場とも呼ばれるような場所。
「陣営入り乱れる混乱した鉱山地帯の?」
「そこだ」
私は頭を抱える。理論上通ることはわかる。そして、その結果
石炭不要の艦。それは、
戦力が劣る海軍は港で好機を待つと想定される一方、戦力が優る海軍は常に海上に留まらなければならない。
HC Deb 17 July 1913 vol 55 cc1465-583
英国議会庶民院議事録、1913年7月17日、第一海軍卿(チャーチル氏)