「あー、これは別に早く帰って欲しいという意味ではないとは断っておくんだけれども」
そう言って、私はキージスの胸元を見た。懐中時計ぐらい入っているだろう。
「……時間、か」
「夕食ぐらいは用意できなくはないが、使用人と一緒の台所でのものになるよ」
「……お前はそれでいいのか?」
「司書でここの使用人としても働いているのでね、まあ色々あるのよ」
「大変だな……」
たぶん向こうが勝手に勘違いしているが私が言っていることは真実なので別に私は悪くないな。よし。そして色々話したのだが、彼は肝心なことを黙っている。
ここに来た理由。旧友との世間話にしては準備が相当だ。少なくとも雑誌の編集長を探るためにそれなりの手間と金をかけたわけだ。何らかの目的があったと考えるべきだろう。専門家に会いたかったとかであれば、普通に別の人物を頼ればいい。私は別にどこぞの大学で教鞭をとっているわけでもなければ、しっかりとした論文を書いているわけもない。
「で、提督はどういう無茶振りをあなたに?」
半分賭け。もし違ったらしらばっくれればいい程度の話。
「……物理ができるなら核熱炉もわかるだろうと言われて、専門家委員会の設立を任された」
「海軍の提督が、一企業の一研究員に?」
「彼はそういうのを気にしない人物なんだよ。だからこそ彼を敬愛する人物も多いし、味方もかなりいる。一方で彼に恨みというか、迷惑をかけられた人間も少なくない。海軍内部でも敵が多い」
「海軍卿にでもなっていればいいのにね……」
「軍人が政治などやるものではない、とか言って責任を逃れているだけじゃないのかと知り合いは言っていたが」
呆れたようにキージスは言う。ああ、こういうのを見ると仕事とか外交とかをしなくてよかったなと思う。屋敷に閉じこもって平穏に論文を読む生活ができるというのは特権であるが、その特権を手放さなければいけない理由がないなら守るべきだ。
「……で、私はどうすれば?」
「……ペレディル・バクスターとして、会議に参加してくれないか?」
ここの図書館の館長にして、
「通らないでしょう、そういう委員会だの会議だのというのはあくまで専門家に聞いたという形を取ることが目的なのだから、こんな無名の人物を連れてくるわけにはいかない。大学教授とかの肩書があるか、あるいは最近あった第一回国際核物理学会議の参加者から選べばいい。彼らについては一通り性格を知っているから、外した方が良い人物についての助言はできるけど」
「例えば?」
「ダムノニーシャー研究所のウォートルとかは話すのが苦手だから、事前に原稿を作ってもらうかそもそも呼ばないか、あるいは理論的な報告書だけを頼むとか、そういう方向ね」
「……そういう話ができるやつとの繋がりが、ないんだよ」
「可哀想に……」
そう言って思い浮かべるが、確かに
「なら、たまにでいいからこうやって相談をさせてくれないか?」
「軍事機密を扱う若手が定期的に東洋人のいる屋敷に? そういう意図を勘ぐられるならまだしも、もっと危ないほうに読まれたら?」
「じゃあなにかいい方法があるのかよ」
「委員会を二つ作る。一つは純粋に技術的なもの。もう一つは政治的案件を扱うもので、表に出せるような情報を厳選する。面倒な人間には本人が聞きたいことを聞かせ、その上で実現可能性がなければうまく閉じる、あれば続ける」
「……お前は詐欺師の経験でもあるのか?」
「外交官の手法をかじったことがあるぐらいよ」
まったく、私のような誠実な人間を捕まえて詐欺師とは酷い話だ。もう少し酷い代物ではあると思う。大使館の中で大人を見ていると色々とあるなということがわかるのですよ。それらが繋がったのは大学時代ではあるのですが、今思えば組織管理とかについて童女に色々教えていた職員達は本当に暇だったのか、あるいは私に相当な期待をしていたかのどちらかである。頼むから前者であって欲しい。そうでなければ私は酷い裏切り者だ。これについて勝手に期待したほうが悪いと言い切れるほど、私は外交官向きの性格をしていない。
「それでもお前が立てる場所がないだろ」
「前の国際会議で私は
「密偵が会議の記録を取っているというのは悪夢に等しいな……」
「そういうことをしたいのでしょう?」
私の言葉にキージスは頷いた。なるほど。この辺の話が通じるのはありがたいことだ。
「提督の周囲に政治的調整を担当している人がいるはずだからまずはその人物と繋がること。その上で技術的な調査にはしっかり金を出した上で、何を表にするかどうかは機密の裏の会議で決めればいい」
「助言を頼めるか?」
「記録者は何を残すか、あるいは残さないかを決定できる。それに私以上にこのあたりの技術用語に精通した人はいないから、他の人がやると酷いことになると思うよ」
「……そうか。委員会の名前はもう決まっているから、来週あたりから声がかかるようにする」
「おお、どういうものに?」
「海軍動力諮問第十三委員会」
「……偶然?」
私の偽名の名と姓、両方に関わる数字である。
「半分はな。適当な数字をつけるのは伝統の一つで、それを選ぶことができた。たまたま知り合いを思い出して、その名前にちなんだ番号をつけたわけだ」
なるほど、実に縁起の悪いものである。しかしこういう形で舞台裏を覗けるとは思っていなかったな。記録者というのはほとんどの人に無視される上に、勝手に書き足してもあまり文句を言われない立場だ。会議の内容を頭の中で全部覚えているなら、そもそも議事録なんていらないのである。
as contributing to the war effort; (il) To consider the recommendacions of the Technical Committee and to advise the Director of Scientific Research accordingly.
(i)
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