石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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ミス・バクスターに伝えられたし 8

 結局キージスは夕食を食べずに帰っていった。正直なところ来られても困るというのは嘘ではないが、それでも誘わないと招いた側としての立場があるじゃないですか。

 

 そして夕食が終わり、私は二人を追い出してラドウィックと二人きりになる。

 

「……法律上、私はどこまで、誰に何を話せる?」

 

「誰もが公務秘密法を守っているわけではない、ということは断っておきましょう。例えば私は今は国家から明確に給与をもらっているわけではないため、お嬢様について仕事上知ったことを秘密とする義務はありません」

 

「……倫理としてどうなのさ、それ」

 

 古くは医神への宣誓のように、知ることができる人は自らを縛った。そうしなければ疑われる、というのもあるが。

 

 女王陛下に対する宣誓とかもそうだ。看護系についてはどの程度宣誓をするべきかみたいなどうでもいい議論が夜嵐連盟(ニクトゲール)のほうで起こっているとは聞く。もともと初代ウェレウ女男爵はこの種の宣誓であるとか資格とかを嫌ったようだが、その結果できたのは卒業生でなければ加わることのできない縁故と紹介に依存した制度である。なるほど、気に食わない人物を追い出すためには国家に認められた能力ではなく噂話と付き合いに依存する制度のほうがやりやすいとなれば納得である。

 

「個人の良心の問題でしょう」

 

「まあ、それもそうか。ラドウィックは言えないことはある?」

 

「言いたくないことも、言わないことを選んでいるものもございます」

 

「ありがとう」

 

 秘密を管理する、というのは容易なことではない。法律上は国益を侵害したかどうかという線が引かれていてその判定が面倒というのはどこかで聞いたが、とはいえ必要であればそのあたりに裏で話を回すぐらいのことは良くも悪くもできるのだろう。これを司法の腐敗と見るか、はたまた有能な人物たちによる協力と読み取るかは立場によるが。

 

「……さて、大まかではありますが予測しても?」

 

「何を?」

 

「キージス・エルガーは海軍の使者としてやって来た。目的は天神質(テューシャフト)を用いた核熱炉の製造可能性について」

 

「何も言えない」

 

 それすら言うことを禁じる、というのはないだろう。それにラドウィックが調べればある程度のものは出てくるはずだ。誰かが買った鉱山の話も、その資金がどこに繋がっていそうかも。

 

 世界にはおそらく、調べればわかることが溢れているのだろう。私だって今までの核物理学の結果を実証するような実験一式を、適切な道具と時間さえあれば再現することはできる。それは方法を知っているからであって、何か私に特別な力や才能があるわけではない。かつて難しかった理論は模型として直感的に把握できるものとなり、精密で特殊な環境が必要だった測定は統計と補正を組み合わせることで比較的容易に同じだけの情報を得ることができるようになる。

 

 それなのに、人は調べることができない。どこを調べればいいのかわからないことも多く、具体的な調べ方自体も知らなければわからないことがままあり、そして調べたところでその結果を把握することもしばしば容易ではない。政府に見張られていると言う人が述べるような運算機関(レックニングエンジン)があれば、多少はこのあたりも楽になるのかもしれないが。

 

「……かしこまりました」

 

「一般論として、こういう秘密って漏れるもの?」

 

「会議において議事録が残されないことも珍しくありませんし、一つの建物に複数の人が入ったところで同じ部屋にいたかどうかもわかりません。関係者の日記と記録を丹念に調べることができればあるいは、ということもありますが」

 

「そこまでやるならもっと直接的に聞く方法はいくらでもある、か」

 

「使用人というのは一つ、気をつけるべきものですな」

 

 ラドウィックが言う。私の話を聞いていたのだろうか。あるいはもう少し一般的な観点から述べているのか。

 

「……私用で、定期的に出かけることになる」

 

「私用ですか」

 

「給金が出たとしても王認自然学会(ザ・クウェーンズ・フェローシップ)の事務員として。あそこは特許団体ではあるけれども公務員ではないし、そこで話をするだろう人の中にも公務員はあまりいないはず」

 

 そもそもキージスが公務員ではないし、私も噂話を聞いた程度だ。あるいはあれだ、政府高官が新聞とかに噂を流した時の言い訳に使われる適切な権限ってやつがキージスにあったと考えるべきだろう。核熱炉のための専門家委員会を組むためには彼らに秘密を明かさねばならないし、彼には当然その権利がハッパム提督から与えられていると見るべきだ。

 

「……ふむ」

 

 ラドウィックは私の言ったことを考えているようだ。別に伝えるつもりで言ってはいないので裏を読まれても困るんだがな。読み取れるものがあるとは思うが、読み取れたものを補正するだけの情報を伝えてはいないので彼の頭の中でできるのは大まかな方向を推察すること程度だろう。

 

「あとそうだ、ラドウィックのほうの知り合いに少し助言したいことがある」

 

「何でしょうか?」

 

「海軍の側と対立しないように。必要であれば私の身元を調査した結果偶然に接触する形で向こう側に私の話を通して欲しい」

 

「……海軍においてこの手の仕事をしている人物を知っている男と懇意にしている知り合いがいます」

 

「間に入る人が色々といるのね」

 

「一介の執事が、女王陛下に任命されるような役職の人物と直接話す、というのは難しいものですので」

 

 平気で言うが、逆に言えば必要があれば数人を挟むだけでそれなりの立場まで繋がることができるというわけだ。

 

 しかし女王陛下に任命される、ね。もちろん、今の女王陛下が直接この人がいいと指示していることはまずないだろう。となれば閣僚であるとか法曹とか教会系とか、あるいは将校。もちろん地方長官なんて可能性もあるが、さすがにそれはないだろう。

 

 ああよくないな、あまり深く考えないことにしよう。互いに方向性が共有できればそれでいい、ということだ。言えないことがあると互いに伝えることができたし、言っておいたほうがいいと思うことも私はラドウィックに話せた。

 

 あとは海軍が出してくれる金で、私がどこまで趣味ができるかというものである。キージスのやつ、この分野で一番の趣味人のところにまずやってくるというあたりでその能力はかなり高いと言っていいだろうね。




where a person knowingly having possession of, or control over, any such document, sketch, plan, model or knowledge as has been obtained or taken by means of any act which constitutes an offence against this Act at any time wilfully and without lawful authority communicates or attempts to communicate the same to any person to whom the same ought not, in the interest of the State, to be communicated at that time

本法に違反する罪を構成する行為によって取得もしくは領得された文書、草案、図面、計画、模型、又は知識を、その事情を知って所持し、または管理下に置いている者が、いかなる時であれ、故意に、かつ正当な権限なく、その時点において国家の利益に照らし伝達されるべきではない者に対して、それらを伝達し、または伝達しようと試みる場合

Great Britain. Official Secrets Act 1889, 52 & 53 Vict., c. 52, § 1(1.)(b.)
英国、1889年公務秘密法、ヴィクトリア女王の治世25・26年、52章1条(1.)(b.)
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