専門用語集があったほうがいいな、というのが話を聞いていた感想であった。
海軍のほうが出してきた人材は、決して馬鹿ではない。まず肩書からして上級将校。艦長であってもおかしくない立場である。閉じた空間においてかなりの人数の命運を握るだけの立場が認められているというのは、軽んじるべきではないだろう。
しかし階級と官職が妙に入り組んでいるのが良くないところである。かつて艦長に与えられていた役職が儀礼化して階級名になった上でそれより下でも艦長になれるようになったとか、一般人が言われてわかるわけないだろう。
「……つまり、規模としては大型船舶であれば余裕を持って搭載可能、と言っていいのですか?」
「今のところの計算では、そうです」
研究者代表として語るのはリードフィントン教授のところの若いやつ。以前私を無視した男だ。いやまあわかりますよ、来客をじろじろと見るのは良くないことですし、あくまで付き添いでしたからね。それはそれとしてもう少しなんとかできただろうという思いはある。
しかし彼が語る内容は最先端からすると少しずれているな。各種の計算式が既に出ていて、そしてどれが正しいかを争っている段階だ。彼の言っている数字は金属
とはいえ、いきなり呼び出された若手が手元の資料をもとに説明したとしては上出来と言っていいだろう。
「ミーズ、これを進行役のエルガーに」
私は文字をできるだけ丁寧に走り書きしたかろうじて読めるかどうかぐらいのものを、学会からの担当者というか見届人として私の隣に座って時間管理をしているミーズに渡す。総帥の従僕として以前国際会議についてきてあたふたしていた青年だ。今日はまだ正式な会合ではなく前提の準備、かつ中核になるだろう人の顔を合わせて挨拶というところであったはずだが、既に話が結構進んでしまっている。
一応議事録もどきは作っていますがね、正式な委員会ではないのでちゃんとはやっていませんよ。海軍から本職の人が来て、私はあくまで技術用語の補佐という形で入ることになっている。うん、よく使う手口だ。
「……いいんですか、これを伝えて」
私が打鍵をしている横で彼が小声で聞いてくる。
「後で灰皿の上で焼いてもらえばいいわよ。ちょっとした伝言だし」
書いたのは純粋に数字が怪しいので未だ信じるに足らず、ぐらいのことだ。別に物理学者側を疑わせたいわけではないのだが、そもそも前提のすり合わせが足りない。というのを書いた紙片をミーズが渡してまた戻ってきた。姿勢は悪くないね。もう少し気配を消せればいいのだが、そもそも気配を消して歩くってどうやればできるものなのだろうか。今度ラドウィックに聞いておこう。
外交の場だと、まずは相手を知るところから始まる。友人になる、というのはその方法の一つだ。一緒にどこかに出かけ、食卓を囲み、家族ぐるみの付き合いをする。本当に友人になれるかどうかはともかく、そういう儀礼を終えれば私達は友人になったと言えるような関係になるのだ。
それが抜けている。いきなり部屋に集められ、海軍のほうから高圧的に尋問でもしているのかと思うばかりの態度だ。まったく、これに比べれば陸軍は丁寧なのだろうな。海軍はあまり石を投げられたことがないと見える。
しかし軍人も物理学者も相性が悪いね。企業のあたりで折衝をしたことがある人間を入れればいいのだが、本来その役割を果たすべきキージス・エルガーという私の同期は動けていない。まったく、彼の裏にはハッパム提督という大物がいるのだからそれを活用するべきなのに。
もちろん、そう思えるのは私が外野だからだ。あそこで机を囲んでいる人々は優秀で、それぞれの最善を尽くしているのだろう。とはいえ最善を尽くしたところで勝てるわけではないのだ。やはりキージスのやつの準備不足が原因だな。最善を尽くして勝てないのであれば、そんな場に来てしまったことが誤りである。
この後は二つの委員会を作ると言って、それぞれの代表をちゃんとした人物にして、というあたりか。委員長の候補は詰めてあるが、実際に提案してみてどういう反応を周囲がするかを確認しておきたいというのもある。
という感じのことをキージスが今やっている。反応は特にない。興味がないのか、あるいは人選が信頼されているのか。目の動きからすると少なくとも興味はあるようだ。ならいいか。これが国際的な共同開発とかであれば物理分野の代表へエニオ・ガルディを推薦することに私は何のためらいもないがね。
時間になって解散。呼ばれた人たちは散り散りになっていった。
「……ミス・バクスター、少しいいかね?」
キージスが私のほうに来て、声をかけた。
「よくない。彼らが煙草を吸っているところに今すぐ行って、申し訳なさそうな顔をしながら委員会をもっとうまくできる方法がないかを聞いてくる。実力者でこの手の経験がありそうな人物を狙うこと」
「はい」
素直にキージスは部屋を出ていった。まったく、私も煙草の一本でも吸いたい気分だ。別にそんないいものでもないし、実際に吸うわけではないがね。
「……あの、いいんですか?」
「なんでしょうかミーズ君、清書を今からするのだけれども」
そう言って私は
「エルガーさんに冷たくないですか?」
「……そうね、戻ってきたらちゃんと説明をしておかないと」
私も役者だということをすっかり忘れていた。もちろんただの記録係ではあるのだが、それでも委員会の流れを調整することぐらいはできる。誤解が生まれていると思ったらそのことについて指摘するとか、議論されたが結論が出ていない議題があればそれをきちんと残しておくとか。それに、進行役をしているエルガーからすれば私はちょうどいい内通者なのだ。賭場で手札の配り役が手を貸してくれているとわかっている賭けなら、少しは気も楽になるだろう。
連鎖反応は、半径がこの値以上となれば爆発的となるであろう。粉末状の酸化物U3O8(密度4.2)においては $\lambda$ = 10 cm(Uについては $s_d$ = 6 ⋅ 10-24、Oについては $s_{di}$ = 2-24)であり、$s_a$ = 10-25 cm2 および $\nu_0$ = 3 を仮定し、酸素による吸収を無視すれば、$1/a$ $\simeq$ 40 cm が得られ、したがって $\mathrm{R}_c$ $\simeq$ 130 cm となり、ここから40トンの臨界質量 $\mathrm{M}_c$ が導かれる。高速中性子をほとんど吸収しない元素(鉄、鉛など)からなる厚さ $\mathrm{L}$ の拡散層でウランを取り囲むことにより、爆発的反応を生じさせるのに必要なウランの質量を大きく減らすことができる。
PERRIN, Francis. Calcul relatif aux conditions éventuelles de transmutation en chaîne de l'uranium. Comptes rendus hebdomadaires des séances de l'Académie des sciences, 1939, vol. 208, pp. 1394–1396.
フランシス・ペラン『ウランの起こりうる連鎖的変換の条件に関する計算』、1939年