「リードフィントン教授の書いた文章、探してくるね……」
私がそう言って席を立つと、フィーマが後ろからついてきていた。ガラスと鋳鉄の重い安全灯を持って可燃物の中を歩くときは毎回緊張する。いやまあそもそも室内において灯りの下で本を読むということは炎の下で読むということでもあるので避けようはないのだが。
「……どこにあるか覚えているんですか?」
「
「やっぱり丁寧にその手の目録作ったほうがいいですかね」
ちゃんとした図書館ならその手のものを紙片にまとめて探せるようにしているのだが、そもそもここは一教授の蔵書だったのだ。ちゃんとした管理もされていないし、利用者は一人しか想定されていなかった。おかげで本には親切な環境ではあるが、人間にはそこまで優しさが感じられない空間になっている。
「年単位でかかる仕事でしょう、相当な手間になるわよ」
「もしこの図書室を長期的に使うならそういう事するんですがね、お嬢様が大学終わってからあまり依頼も来ていませんし」
「……ここにしかないもの、というのはあまりないから仕方がないところもあるわね」
偏屈というか社交嫌いで知られ、死ぬまで屋敷にこもっていたサーロウ教授はこのあたりでは有名人だった、らしい。本棚に並ぶ内容も偏っていて、植民地の大学帰りなら持っているだろうその手の諸藩王国関係の本はない。強いて言うならこの建物の暖房への偏重は熱帯帰りみたいなところと繋がっているのかもしれないが。
揺れる炎が並ぶ本棚の隙間を照らしていく。どこに何の本があるかはだいたい足が覚えている。フィーマの管理は独自の分類法であるが、それでも私としてはこの図書室に限れば、実によくできたものだと思う。
「お嬢様はどれぐらい読んだんですか?」
「目次に目を通したのが四分の一ぐらいだと思う。読み切れるものじゃないわよこれ」
「私もそもそも読めるかどうか怪しいものも多いですし」
フィーマが視線を向けた先には電磁力学の本。ちゃんと手入れはされているが、書かれたのはかなり昔だろう。手に取りたくなってしまうが、私は諦めて目指す本を探す。とはいえすぐに見つかった。
ただ、サーロウ教授はどうにも面倒くさがりの人だったようで十年間ぐらいの学会費であるとか購読費をまとめて払っているのもあって、逆に知名度が低いものとか専門的なものほど抜けがない。
「……ありました?」
「あったあった。文体模倣はお手の物でしょ?」
私は薄い冊子をフィーマに渡しながら言う。
「ええ。頑迷な紳士から革命家気取りの少女まで対応しております」
下側から照らされるフィーマの笑みは不気味だ。しかし私が灯りを肩の高さまで持ち上げるとその恐ろしげな雰囲気も消え、きょとんとした女性がそこに立っているだけだった。
「一応はリードフィントン教授の書くはずだった枠だから、多少は寄せておこうと思う」
「……別人が書いたのだから、別人の文体でもいいのでは?」
「私の文章の癖を見てもそれを言う?」
「そうですね、何か参考になるものがあるならそれを使うのが一番かと」
調子よくフィーマは意見を翻した。悪いことではないのだがね。私の存在をあまり表に出したくない人が多いらしいので、何か書くなら匿名か、あるいはミス・バクスター名義となるだろう。執事のラドウィックにちゃんと確認をしてから、というのも忘れてはいけない。
「……ミス・バクスターの署名って、頼んだら入れてもらえるかな」
「編集部名義にすると言ってましたよね」
「ほら、頭文字ぐらいならいいかなって……」
私の言葉に、フィーマは息を吐いた。
「あのですねお嬢様。そういう印を残したがるのは称賛を浴びたいという浅ましい人間のやることですよ」
「普通に真っ当な動機であって浅ましいとは思わないけれどもな……」
まあ、別に欲しいとは思わないが。そもそも称賛されて、承認されて何になるっていうんだ。総帥は男爵になって忙しくなってしまったし、そして叙爵は私絡みかもしれないというのがちょっと罪悪感がある。神を信じられるほど敬虔ではないので、祈りで頭の中を空っぽにできず罪の意識と付き合っていくしかないのだ。罪の意識を感じているあたり、私も微妙な信仰を持っているのは間違いないらしいが。
「しかしうちの図書室も何か新しい機材入れたいですね、気送管とか電信機とか、あとは
「活動写真でも見るの?」
「本の内容とか目録とかを
「あー、似たような話は見たことがあるわね。
「昔からある話ですね。光電話に光信号。今どきは光どころか電線電話も高くて使えないっていうのに」
私は頷く。どれもこれも金属の値上がりが悪い。電気技術は電線に銅を要求し、そして銅の精錬には亜鉛が要る。そして亜鉛は電池にも要求されるということで、いくらあっても足りないのだ。おかげで真鍮の部品が高級品になってしまった。
結果として今は作成費用を下げるために鋼鉄を高精度加工して使っている、という酷いことになっている。このあたりは技術系の話を読むとよく出てくるものだ。
「世の中嫌な話ばかりよね、肥料問題は解決しそうだけど煤煙による寒冷化だの石炭の枯渇だの若者の暴走だの政治の腐敗だの」
「昔からですよ、そしてたぶん少しは良くなってますよ」
フィーマは明るく言う。彼女が本当にそう信じているのか、はたまた強がっているのかは私にはわからなかったが、彼女の言葉が正しくあって欲しいと願うばかりだ。
要約すれば、科学研究の観点における「書籍」および「雑誌」の現状は次のようなものである : 図書は多数の図書館に散在しており、これらの図書館は互いに非常に離れた都市に位置している ; これらの図書館の利用は常に容易であるとは限らず、書物の伝達における遅さは、しばしば最も粘り強い勤労者たちの意欲をくじいており、それは科学の進歩にとって大きな損失となっている。
GOLDSCHMIDT, Robert; OTLET, Paul. Sur une forme nouvelle du livre: Le livre microphotographique. Publication de l'Institut international de bibliographie, 1906, 61: 1–11.
ロバート・ゴルトシュミット、ポール・オトレ『書籍の新しい形態について: 顕微鏡写真書籍』、1906年